第5話

 早見の戦果もあって、軍の得点成績は少し上がっていた。矢中にお疲れ、と声をかけられた本人も晴れ晴れした表情を浮かべている。常に一緒にいるわけではない2人の仲が親密なのが伝わってきた。身長差から若干早見を見上げる彼もふんわりと笑っていて、弥春は早見を羨む。

 

 早見が全力疾走する間、大勢の人が声援を送っていた。叫ぶように名前を呼ぶ男子、高い声を上げる子、かすれ声の先生。弥春も応援してはいたけれど、彼らの声量には全く及ばない。矢中はというと、周りの男子と飛び跳ねたり叫んだりはせず、静かに友人の走りを見守っていた。自分の近くに差し掛かるころ、がんばれ、と一声出した以外には、特に目立ったことはしなかった。彼にしては大きい声だった。


 

 矢中想太は別に冷めているわけではない。早見がゴールテープを切ったときには友人と顔を見合わせて満面の笑みを浮かべ、拍手を送っているのが見えた。落ち着いた見た目の中で、しっかり喜んでいるのがわかる。少しわかりにくい彼の感情に気づけるのは、弥春にとってうれしいことである。いいものを見た気がして、思わず笑みがこぼれた。



 順位発表と表彰式が始まった。

 太陽の光で温まった地面に腰を下ろし、体育座りをする。少し離れたところにある矢中の背中を見ながら、点数に耳を傾ける。まだ少しまぶしい太陽に、抵抗した。

「…第二位。」

 校長が、若干ためを作って、生徒を見渡す。静かなグラウンドで、おそらくみんなの心臓が、通常より大きな音を立てている。

「青軍」



 何とも言えない声があがった。準優勝。弥春は悪いと思わないけれど、最後に優勝したかった気持ちもわからないではない。少し離れたところで歓声が起こり、今年の優勝が緑軍だったとわかった。

 閉会式が終わり、解散の指示が出るが、どうしても沈んでしまう空気が重たくのしかかる。うまくいかないことだってある。順位なんてどうでもいいやと思っていた弥春も、なぜか少し残念だった。乾ききったグラウンドの上に、矢中はいつもと変わらぬ様子でたたずんでいる。彼はこの空気を、どんな風に受け止めているのだろう。


 早見と反対に、競技面では戦力外に近い彼をたたえる人はいなくて、寂しい気持ちがした。誰も気に留めない陰で立ち回った彼に、弥春は心の中でおつかれさま、とつぶやいた。





 撤収作業に追われながらも、グラウンドは静けさを取り戻してきた。ずいぶん傾いた日差しが、砂埃と汗にまみれた生徒にそそぐ。男子の一部はテントや得点板の解体に駆り出され、最後まで体を使っている。弥春はパネルを土台からおろし、校舎内に運び入れようとしていた。パネルの乗っていた土台も、すぐに分解されていく。重たいパネルを数人でもち、開け放した掃き出し窓からなんとか室内に滑り込ませた。さっきから矢中の姿が見えない。おそらく本部の機材を任されてしまったのだろう。足元には生徒たちが振り回したポンポンのくずが漂っている。青軍の使った青と白のスズランテープだけでなく、他軍の残骸も青軍側に侵入していた。矢中なら、これらを無言で集めるだろうな、と想像する。代休の予定を相談し始めたクラスメイト達を背に、弥春は色とりどりのゴミを拾い上げていった。

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