第4話

 体育祭当日。

 曇天の予報に反し、朝から太陽が照り付けていた。いつもより少し早い時間に、紗英と長い通学路を進む。


「今日、矢中さんのいいところ見られるといいね」

 ニヤニヤしながら紗英が言った。

「見たいけどさ、あの人あんまり表出ないから」

 でも、まあ、それでいいのだ。同じ空間で、同じ時間を過ごせれば。




 日は高く昇っていた。じりじりと熱線を受けて、肌が焼けていくのを感じる。弥春達の軍はダンス披露の出番が終わり、休憩時間を迎えていた。彼が踊っているのを見るのは、今日が最後だっただろう。2人の志望校の体育祭は実に簡素で、応援合戦もパフォーマンスもないと聞く。この春そちらに進学した先輩曰く、「課題やテストに追われて、そんな準備している時間はない」のだそうだ。とにかく弥春は、今日見た彼の踊りを覚えていようと決めた。



 矢中は弥春の近くで水分補給をしていた。そろそろ切ってきてもよさそうな髪が、青いハチマキを覆い隠している。体育祭前は写真を意識して髪を切ったり、ちょっとアレンジをしたりとイメチェンを図る生徒が多いが、彼はそうではなかったようだ。そういうところが、今日も弥春の心をくすぐっている。


「涼平」

 矢中の声に耳を傾ける。

「具合悪いの?」

 予想外の発言に、弥春は思わずそちらを向いてしまった。谷涼平たに りょうへいは元サッカー部の、かなりやんちゃな男子だ。真っ黒に日焼けして部活に打ち込んでいた彼が体育祭当日に体調を崩すなど、考えられなかった。

「え…なんでわかったの」

 本人が驚いている。弥春にはいつも通りの谷に見えたので、同じ疑問を抱いた。

「なんとなく、わかった。」

 やわらかい声で答えると、矢中は彼に救護テントへ行くことを勧める。応援団なのに申し訳ないとこぼす谷に、「気にすんな、今日が暑すぎるんだよ」と返してプログラムでぱたぱたと煽ぎ始めた。救護テントまで付き添う矢中の手には、いつのまにか谷の水筒があった。なぜこの人はこんなに機転が利くのかと思いながら、弥春は二人の背中を見送った。



 しばらくして担任から、谷はおそらく軽い熱中症だと知らされた。みんなも気を付けて、水分とってね、と言われ、弥春ももう一度水筒を手にした。

 矢中のいいところばかり目に付くのは、自分が彼を好いているからだとわかっているが、それにしてもいい人すぎないかと自問自答する。悪いところやウラがあったりはしないかと探しているが、なかなか見つからない。ほのかとしゃべりながら互いに煽ぎあっていると、背後に集まっていたキラキラグループの男女が何やら盛り上がっているのに気付いた。

「ねぇ、今日の早見かっこよくない?」

「いや、いつもでしょ」

「もうあいつパーフェクトヒューマンじゃん」

 今日も早見は大人気だ。先ほどは後輩に囲まれていたし、先生方にも労われていた。ほのかも気づいて、やっぱり早見君は人気者なんだね、と小声で呟く。ああいうのをカリスマ性というのだろう。先ほどリレー選手に集合がかかり、早見はトラックで待機している。背の高い彼はひときわ目立っていた。




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