第8話

毎時間紙を手渡しされるのがうれしいけれど、取り落としそうで緊張する。緊張するから落としそうなのか落としそうだから緊張するのか、もうよくわからない。両面印刷の数学を解きながら、きっと今回も勝てないなあ、なんて思いがよぎった。


得意な国語と社会はさっさと解き終えて、見直しして、こっそり背中を眺める時間を確保する。休みなく首を振る大型の扇風機が、弥春達の席にも微妙な風を送っていた。さらさらした茶髪がその風に揺れている様子は、何度見ても飽きない。どうか来年も、この背中が目の前にありますように。





「紗英、数学の最後の解けた?」

「あー、あれ無理。解き方はわかったけど、辺の長さがわからなかったの」

解き方すらわかんなかったよ、と弥春はため息をつきながら靴ひもを結いなおした。テストが終わった日の玄関は浮かれた生徒たちで賑わう。その勢いに勝てず、靴をきちんと履かずに玄関口から離れたところまで来てしまった。人並みの向こう、喧騒から離れたところでたたずむ矢中が見える。早見を待っているのかと思ったが、同じクラスの堀と合流すると門に向かって歩き始めた。彼らと弥春とでは使う門が違う。家の方向が真逆なので仕方ないが、見送れるのはここまでだ。

「帰ろう」

目を細めて向こうを眺める紗英に声をかけ、弥春も歩き始めた。日が沈むのが少し早くなって、秋の気配がしている。秋が来て、冬が終わって、春が来て。お互いの桜がほころぶ高校に入ったら、同じ門から帰れるだろうか。隣なんか歩かなくていい。数メートル、いや、数十メートル後ろでいい。それでもいいから―――





テストが終わると、席替えがある。想定通り、弥春は矢中と同じ班にはなれなかった。正直、姿が見えるなら、あわよくば声が聞こえる距離であれば文句はなかった。学年で一番背の高い男子が視界を遮ってはいるものの、声は聞こえるし、まったく見えないわけではないので、許せる位置関係である。隣の席には堀がいて、もしかしたらしゃべりに来るのではと期待してしまう。

堀は早見と肩を並べる頭脳を持つ秀才だ。カリスマ性で言ったら早見のほうが上なのだろうが、弥春が話しやすいのは間違いなく堀で、隣の席になれたのは喜ぶべきことである。シャー芯を補充している堀に軽く会釈して、新たな席についた。



「弥春ちゃん、バレーやろうよ」

ほのかに誘われて、弥春は普段踏み入らない昼休みの体育館にいた。生暖かい空間、クラスで仲良くしている数人でボールを受け渡していく。誰一人バレー経験者がいないので、はたから見たら無様なんだろうなあと思う。離れたところで矢中達がバスケをしているのをぜひとも眺めたいのだが、観察とバレーを両立できる動体視力を持ち合わせていないのが残念で仕方ない。ほんの少しの合間に見えたのは、矢中のブロックがすり抜けられたところだった。何とも言えない声をあげ、悔しそうに相手を追う。シュートしなくても、ボールを奪えなくても、彼なりに一生懸命動いているのが見られたのだから、弥春には十分だった。






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