第7話
定期テストが近づき、プリント復習が授業内容に含まれるようになってきた。授業が自習形式になるため離席や居眠りが目立つが、時々このようなプリントもテスト問題になるので、しっかりやったほうが身のためである。
「ここってなんで進行形になるん?」
「え…なんとなく」
「俺原形だと思うんだけど」
隣の席の安芸と離席してきた笹川が答え合わせをしている。プリントを覗くと、正答しているのは安芸だとわかった。
「えぇ、でもこれはなんか…進行形なんだよ」
「そんなぁ」
納得のいかなそうな笹川と目が合う。
「安芸さんがあってるよ」
隣の席でやっぱりな、と安芸がつぶやいた。
問題は穴埋め形式で、今回抜け落ちていたのは連語の部分。添えられている和文を見ると、通常の感覚なら原型が適用されると判断してしまうが、この連語は現在形を用いる。
「え、まじ?なんで?」
それは、と口を開きかけ、向かいに矢中がいることに気づいた。
驚きと緊張で言葉が出てこなくなってしまう。
「どうしたの」
「あ、想太。ここってなんでこうなんの?」
「それは、その形で一つなんだよ。連語」
どうしようもなくなって、弥春は机に目を落とした。一緒に喋るチャンスのはずなのに、自分からそれを手放してしまう。まず、ここからどうやって会話に入りなおせばいいかわからない。とりあえずシャーペンの先を空欄にあてる。
「やっぱ想太頭いいわー」
回答を直しに席へ戻った笹川に続いて、矢中も去っていった。教卓にプリントを出した彼は塾の課題を引っ張り出す。目の前にいたさっきは顔も上げられなかったのに、今は目が離せないでいる。安芸と笹川に勉強を教えるという動作は共有できた気がして、うれしいような、惜しいような気持ちがした。
定期テストがやってきた。今回の数学は難しいと予告があり、生徒たちは震えあがっている。早見や矢中は満点かもしれないが、普段やっとのことで7~8割を保っている弥春には危機が訪れていた。考え方のセンスがないのか、注意力が足りないのか、数学はどうしても苦手なので、彼らの輝かしい点数は本当にうらやましいし、かなり尊敬している。そして、もしも矢中が教えてくれたら、良い点が取れるかもしれない、と思っている。席が近かったら聞きやすいのだが、二人は同じ班になったことさえない。機会があっても質問する勇気を出せるかどうかが微妙だが、とにかく状況が整ってくれないかと祈る。
一日中矢中の後姿を拝めるのはこの上ない幸せだ。これからテスト問題が配られるというときに、二重の緊張にさらされるのも悪くない。時々テスト用紙は一教科でも三枚ほどに及ぶ。ということは一科目のテストにつき三回も彼から手渡しで紙がもらえる。こんな体験ができるのは、クラスでたったひとりだけ。たった一人、弥春だけ。
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