第10話
学校からそのまま塾へ行くというのはなかなかきついものだった。矢中がいなければ寒さの増す時期にこんなことはしない。
暖かな自習室でカリカリと英語の過去問を解いていると、矢中は何点ぐらいとれるのか気になった。数学なら確実に負けるが、英語は頑張ればまだ追いつけるはずだ。
「弥春、帰ろ。おなかすいた」
紗英に声をかけられ、静かに片づけを始めた。時計を見ると、矢中達が帰るのはまだ先だ。だが紗英も弥春も小さい兄弟がいるので、これ以上は残れない。残念に思いながら、教室を後にした。
「せっかくなんだから、矢中さんたちの塾の前通って帰ろ」
「え、紗英、本気?やばくない?あそこ、受付スタッフみたいな人いるじゃん」
「さすがに授業中だから姿は見えないだろうけどさ。ほら、情報収集できるし。どこに靴置いてるか見ようよ」
「いや、靴置く場所知ってどうするのよ」
前をさしかかるときに速度を緩めるくらいなら大丈夫でしょ、と背中を押され、ゆっくり歩いてそちらへ向かう。
近づくにつれて、何かおかしい、と思い始めた。同じ中学の体操着を着た生徒たちが、受付のあたりに屯っているのだ。
「え、なんで?無理通れない」
弥春が立ち止まると、紗英はお構いなしにどんどん進んでいく。これでは一人でそこを通ることになるので、心の準備をする間もなく慌てて追いつきに走った。
「休憩時間だよ。ちょうど半分くらいなんじゃない?」
人が多いのが幸いして、外に注意を配る生徒はいなさそうだった。せっかくなので矢中が見たい弥春は全力を尽くして彼を探す。ここまで来たからには、見つけぬうちは帰れない。
「あ、いるいるいる!!」
「見つけるのはっや」
「ほらあそこ、堀さんといる」
体操着姿の中学生の奥に、見慣れた茶髪と小柄な体躯があった。自分の知らない友人と楽しげに喋る彼が新鮮で、大人びて見えて、仕方なかった。
もう少し眺めていたい欲と気づかれることへの恐れに挟まれながら、弥春はそこを無事通り抜ける。夜の街を走る冷たい風とは反対に、弥春の心は明るく温まっていた。
冬が近づき、併願する滑り止めの手続きを考える時期になった。休み時間、一心不乱に問題を出し合う生徒もいれば、偏差値の近い二つの高校のどちらに出願するかを逡巡する生徒もいて、何かと騒がしい日々が続いている。弥春は特に迷いはないので、最近範囲がさらに拡大された小テスト勉強をしていた。
「矢中?」
「何?」
かすかに聞こえてくるやりとりに、じっと耳を傾ける。
「お前、合宿申し込んだ?」
…合宿?この時期に一体、なんの合宿があるのだろう。もはや小テスト勉強など頭に入ってきていない。
「ああ、うん。すぐ申込書出したから」
「ええぇ、まじかよぉ。抜かりないな。俺、今んとこキャンセル待ち」
そんなに人気なのか。現実に首がそちらを向きかけた時、隣で堀が立ち上がった。
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