第11話
「俺も行くよ」
その声にはっとして、思い当たる。
ゆっくりと視線をあげ、話題に加わっているメンバーをチェックする。
(塾……?)
「
お前ゲンゴロウ好きなん?知らんかったー、と言う男子たちの声が聞こえる。そこで確信した。
彼らは年末年始、勉強合宿に参加するのだ。
そういえば聞いたことがあった。どこぞの塾は大きなホテルを貸し切り、外部から講師を呼んで、年末年始の数日間、受験生たちの勉強合宿を行う。それが。矢中たちのところだったのか。それなら自分も似たようなスケジュールをこなしてみせよう。
弥春は誰にも気づかれない固い決意をその場で心に刻んだ。
その夜、例のシャンプーで髪を洗い流した時に、弥春は自分の髪が随分と長くなっていることに気がついた。最後に切ったのは、いつだっただろうか。受験が終わったら切るつもりでいる。時間短縮には切ったほうがいいのだろうが、切ったらせっかく覚えたことを忘れてしまう気がするから、今はまだこのままでいたい。
小テストは何事もなく終わった。試験時間の半分くらいは前を眺めていたと思う。あと10回もない小テスト。足元をヒーターの風が暖めている。普段の座席ではこの暖かさは感じられない。ここあったかいんだよね、と名残惜しそうに自席に帰っていく矢中を見る自分の目が、それ以上の名残惜しさを浮かべていることに、弥春は気づかなかった。
二学期末。年末の大掃除が行われる。
名簿順に清掃区域が割り振られ、約2時間かけて校舎を綺麗にしていく。寒いから教室担当になりたいな。そんな声が女子の間にはさっきから何度も上がっている。そんな願いも虚しく、弥春は生徒玄関に割り振られてしまった。しかしそこには当然ながら矢中もいる。名簿が前後とはなんと幸運な。矢中があるならいいや、と弥春はコートを羽織って玄関へと向かう。
寒いのが嫌だと文句を言う友人たちに相槌をうちつつ、黙々と砂を掃き、土を拭き取り、床を磨いた。下駄箱に隔てられて見えない向こうで、矢中が騒ぐ他の男子を諌めている声が聞こえる。あっち側でまともに掃除をしているのは彼だけなんじゃないかと不安になるくらいの私語が、少しおさまった。早く持ち場を終わらせて、あちらを手伝いたかった。
風と共に雪の吹き込む玄関はひどく冷えている。手がかじかんで、塵取りも上手く扱えなかった。なんとか集めた塵を片手に下駄箱の向こうを覗くと、矢中たち男子もゴミを1箇所に集めたところだ。大部分が矢中の成果だろう。塵取りを見せ、集めて捨てておくよ、と無言で伝える。わかったのかわかってないのか他の男子はぞろぞろと靴を履き替えたり、風の吹かない位置についたりしはじめた。
上手く動かない手で、これは矢中の集めたゴミだ、なんてことを考えながら塵を回収する。サ、サ、という音に目を上げると、矢中が追加でゴミを集めて寄せてきた。なるほど、足元を確かめずに戻った男子たちの置き土産。それらをまとめて塵取りにおさめ、弥春が腰を上げる途中、ありがと、と小さい声が聞こえた。しっかり立ち上がった時にはもう、声の主は箒を片手に靴を履き替えていて、いまのは空耳だっただろうかと疑ってしまう。
空耳なら随分重症だなぁ、と思いつつ、弥春はその背を追った。
水曜日のシャンプー 間宮 透 @aquarius_kaninchen
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