第2話
空がオレンジと水色に染まった帰り道を、幼馴染の紗英と歩いていた。
「弥春的にそれはどうなの?」
「うーん、残念な気もするけど、知られるのもちょっと嫌かなぁ」
あのあと、クラスに戻る早見に続いてどんどん人がいなくなってしまった。下校時刻も迫っていたから仕方のないことなのだけど、軍旗や小道具に使った絵の具は飛び散ったままだった。色合いや飛び散り方からして気づかないのも無理ないが、このままでは減点対象になりかねない。生徒会が来る前に拭き取れるだろうか。心配しながらパネルを片づけていると、ポンポンを運び終えた矢中がぞうきんを持って現れた。かがんで何度も床をこすり、汚れを落としていく。前髪の奥の目を伏せて床を見つめ、手早く、確実に色を拭い去った。
彼は絵の具を使っていない。本当はほかのだれかが忘れてしまった仕事だった。こういう時、彼は決まって静かに代わりを補うのだ。自分が使っていないものによる汚れに気づくのは難しいし、気づいても放っていく人が多いけれど、そうでない人もちゃんといる。早見に隠れて目立たないが、彼のいいところだ。
それを知っているのは、弥春だけでいい。
ああそうだ、と紗英が思い出したように言う。
「矢中さんの志望校わかった?」
「多分一緒。すべり止めも一緒だし。」
「え、まじ?いいじゃん、お互い受かればもう3年は見てられるってことでしょ?」
紗英は眼鏡越しの目をキラキラさせて言った。どうしても上がってしまう口角を見られるのが恥ずかしい。
「そうなるね。」
あの人落ちるわけないから、あとは私が頑張るだけだよ、と付け足して、弥春は夏の空を見上げた。
そう、あとは自分が頑張るだけなのだ。
卒業まであまり時間はない。でも弥春は特に何をしたいとか、どうなりたいとか、そういうことは何も考えていなかった。ただ、黙っていようという漠然とした決意だけが胸にある。早見の陰になりがちな矢中よりも自分が目立たない存在だと分かっているし、コミュニケーション能力もない。こんな女子に好かれてうれしい人などいるわけもない。いわゆる陰キャに分類されるであろう自分には、勇気を出す資格があると思えなかった。
数か月前にクラス写真を撮った満開の桜の根元には、ナズナが揺れていた。桜は息をのむほどきれいで、みんなが首を上に向けたけれど、足元でハート形の葉をそよがせるナズナには、たぶん誰も気づかなかった。あの時のナズナの気持ちが、弥春にはわかる気がする。
でも___
もし、同じ高校に進学できたなら。
その時には、すこし勇気を出してみたいな、と思うのだ。
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