水曜日のシャンプー

間宮 透

プロローグ


「おかあさん、シャンプー借りていい?」

「いいよ。」


 毎週水曜日の夜、吉川弥春よしかわみはるは母のシャンプーを借りる。妹と使っているのよりちょっとイイ、おしゃれな香りのするシャンプー。


 なぜなら明日は小テストだから。


 小テストの時は、矢中想太やなかそうたが前にいるから。






 白い夏服をまとった生徒約30人が小テストの座席に移動を始めると、教室の中はごった返す。


「弥春ー、消しゴム2個持ってない?忘れてきたっぽい。」


「持ってるよ。どーぞ。」





 机にざらっと文房具を置いて、矢中も席に座った。生まれつき茶色い真っすぐな髪が風に吹かれて揺れるのをこのまま見ていたかったけど、担任は問題用紙を配り始めてしまった。

 弥春はいつもこの時間、どきどきする。

 もうすぐ、もうすぐ彼が振り向く。


 ぺらり、と2枚の用紙が手渡された。31番の弥春のぶんと、32番の渡邊のぶん。


 彼の机には何も乗っていない。


 教壇のあたりまで行った矢中は余った紙を揃えている担任に声をかけた。

「先生、一枚ください。」

 ああ、足りなかった?ごめんね。教壇の前のやり取りから視線を引きはがして、弥春も渡邊に紙を回した。こういうとこがいいんだよね…


 席に戻ってくる彼にお礼を言わなければ。

 さあ、今だ。



 静まり返った教室で声を出すのはただでさえ緊張するのに、相手が矢中となってはもうどうしようもない。微妙にかすれた、ささやき声しか出なかった。


 彼はさっと視線をこちらに向けて、頷きとも会釈ともいえる動作をし、再び席に着く。

 開始の合図に慌てて気持ちを切り替えようとしたけれど、なかなか難しいものだった。この紙、さわっとこ。指の腹でプリントをそっとなでながら、弥春は回答を始めた。

きっと彼は今回も満点をとる。

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