第24話 架空のお兄ちゃん騒動・1

 ───所変わって、ここはラッフレナンド城の南東にある兵士宿舎。

 一年前、城の改装と一緒に建て直されたこの建造物は、城に常駐する兵士達の起点となる施設だ。


 外観は凹型おうがたで地下も含めた4階建てとなっており、中央の中庭を抜けた先が正面玄関だ。左右に寝床となる部屋が設けられており、階級が高い者は上階に個室が宛がわれている。


 1階以外の中央は共有スペースとなっており、兵士達の行き来が一番多い。4階の集団浴場では日頃の汚れと汗を流し、3階の多目的室では多人数でゲームに興じる事もある。


 そんな中、一際兵士達が賑わいを見せる場所がこの2階の休憩所だ。

 テーブルや椅子が置かれている兵士憩いの場ではあるが、そちらはさして重要ではない。かなめはキッチンスペースが設けられている点だ。


 自分が食べたい時に自分で調理して食べる───それは、従来の兵士達にはない発想だった。

 食堂もさすがに真夜中までは開放していない。その為夜勤があると、菓子や乾物、そして飲み水などを予め確保しておく必要があった。

 夏はまだ良いのだが、体を冷やしやすい冬は飲食で暖を取る事が難しい為、調子を崩す者は一定数いたのだ。


 しかし兵士宿舎にキッチンスペースが設けられた事で、小腹が空いたら何かを作り、食べ物で温もりを得る、という考えが兵士間で広まっていった。


 基本的な食材は本城の保管庫から提供を受けているが、兵士達が自分で調達する事も許可されている。宿舎地下に食材専用の保管室が設けられ、より使い勝手は良くなっている。


 使い方も人それぞれだ。一人用の夜食を簡単に作る者もいれば、菓子をたくさん作って同僚に振る舞う者もいる。

 国を守りたくて城入りしたのに、料理の腕が上がってしまった、なんて兵士もいると聞く。将来城下に店を出す事を夢見て、カクテル研究に精を出す者もいるとかいないとか。


「あんなん、惚れるしかないじゃん!」


 そんな休憩所の一角で、絶叫に近い男の嘆きが聞こえてきた。

 キッチンスペースすぐ側のカウンターテーブルに複数の兵士が腰を落ち着けており、コーヒー片手に一人の兵士の話を親身になって聞いている。

 頭を抱えている男の名は、ペッテル=アディエルソン。少し前に不眠の治療を受けた兵士だった。


「夢ん中で色々思い出してさ、情緒ぐちゃぐちゃで涙止まんなくてさ、どうしていいか分かんない時にさ、優しく声かけてくれて、手ぇ握っててくれて、笑いかけられたら、そりゃ恋落ちるよ好きになっちゃうよぉ…!」

「うんうん、分かる。好きになっちゃうよなぁ」

「でも、陛下の側女なんだよねぇ」

「お勤め終えて城から出ても、元彼が王様ってのがつきまとうと思うと………なぁ」


 兵士達のどこからも、はぁ、と溜息が零れて行く。


 ペッテルに限らず、テーブルについている他の兵士達も、不眠に悩まされ件の治療を受けた者達だ。治療の過程で、ある女性の優しさに触れ、癒された上で心を縫い留められてしまった。

 彼らの心を乱すお相手の名は、リーファ=プラウズ。現王アランの側女だ。


「はぁ…手握ってほしい…声聞きたい…もう一度あの治療受けたいぃ…!」

「あの不眠治療…いいよな。すっげえ頭スッキリするし、悩んでた事気にならなくなったし、夜もよく眠れるようになった」

「魔女魔女言われてるけど、あの方は天使だよなぁ…」

「お近付きになれそうもないって意味でも、天使なんだよなぁ」

「「「「はぁ…」」」」


 彼らの鬱々とした感情とは対照的に、休憩所にはふんわりと甘い焦げた香りが漂っている。非番の兵士がバターロールを焼いており、今は粗熱を取っている所なのだ。


 悲しくなると空腹を覚えるのか、空腹だから悲しくなるのか。ペッテルは調理器具を片付け始めているオリーブグリーン色の髪の青年に声をかけた。


「………エルメル、それ食べていい?」

「ん、おお、いいよ。まだ熱いから気を付けてな」


 同期のエルメル=ポルッカは嫌な顔一つせず、キッチンミトンで持ち上げた天板をカウンターテーブルへ持って来た。


 目の前に広がっているバターロールは、パン屋で並べられているものと遜色のない出来に見えた。生地を巻き取った跡はちゃんと残っており、表面の艶めきが美しい。


「一つ貰うぞ」


 喉を鳴らし、どれを食べようか、と目を皿にしているペッテル達の横から唐突に手が伸びてきて、バターロールを一つ攫って行く。

 思わず目が追いかけたその先にいたのは、黄金色の髪を結わえた兵士。ペッテルやエルメルの同期、カール=ラーゲルクヴィストだった。


 カールは既にバターロールを頬張っていた。パンの断面からほんのり湯気が立ち昇っているが、熱いのは慣れてるのか気にする素振りもない。

 彼はしばらく出来立てを味わうと、納得した様子で嚥下してエルメルに顔を向けた。


「ふむ、いいな。エルメル、お前また腕上げたんじゃないのか?」

「まじ?今度食堂に置かせてもらおうと思ってんだけど、いけるかな?」

「いけるかもしれんが………一体どこを目指す気なんだお前は…」

「側女殿だって菓子を置いてるんだ。俺だってパン置いて、色んな人から褒められたいじゃん」

「………承認欲求か」

「お前の魔術と似たようなもんだと思うけどなぁ」

「そう言われるとな…」


 図星だったのだろう。カールは渋い顔で残ったバターロールを口に放り込んだ。


 カール、そしてエルメルとの会話を聞いて、ペッテル達は忘れようとしていた事を思い出してしまった。


 落ち込んでいるペッテル達を見やり、カールが不満げに眉を顰める。


「…なんだお前ら。人の顔を見て辛気臭い溜息など」

「お前はいいなあ」

「はあ?」

「どうせ陛下に内緒で側女殿とよろしくやってんだろ?」

「うん??」

「はあ…おれも側女殿にお近付きになりたい…」

「治療、もっと受けたい…」

「側女殿、まじ天使…」


 項垂れるペッテル達の取り留めのない内容に、カールは黙したまま疑問をエルメルへ投げかけた。側で話を聞いていたエルメルは、カールに苦笑いを返している。


「例の治療を受けてから、側女殿の事が気になって気になって仕方ないんだとさ」

「ああ」


 カールは自分の事のように誇らしげに、ふん、と鼻を鳴らした。


「魅了されて当然だろう。彼女がもたらした治療は、魂すら揺さぶる美技なんだ。その緻密な技巧は天使以上───もはや神の手と言っても過言じゃない。

 お前らにも彼女の良さを分かってもらえて嬉しいよ。オレも兄として誇りに思う」

「…ん?」

「…お?」

「…は?」


 ベタ褒めと共にしれっと発せられた問題発言に、ペッテル達は思わず聞き返してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グリムリーパーと花の魔女 那由羅 @nayura-ruri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画