第23話 現場に満ちる偏袒扼腕・3

 ───定例会議を終えたアランは、ジェロームとクレメッティを伴って執務室へと戻ってきていた。


「全く、最近の若い者はすぐ甘言に惑わされる。実際に遺跡からどれ程鉱石が出てくるかも分からないというのに、ほいほいと口車に乗せられるとは」

「まあまあ。労せずに皆の賛同が得られたと思う事にしておきましょうよ」


 ソファで紅茶に舌鼓を打ちながら不満を零すクレメッティに、ほんわかと穏やかな笑みを返すのは隣に座るジェロームだ。


 実は会議参加者達を説得する為に、アラン達の間である程度シナリオが練られていた。

 ジェロームが利点を提示し、クレメッティが問題点を差し向け、最後にアランがまとめる、という形で会議を進行させるつもりでいたのだ。

 クレメッティは難色を示していたが、何だかんだシミュレーションは前日まで行われていた。


 そして、最悪長期戦すら覚悟して会議へ赴いたのだが───考えていた以上に順調に話が進んでしまった為、シナリオを大幅に削ってアランが締め括った、という訳だ。


「彼らもまた、少数派の悪意に振り回されていただけだったのやもしれんな」


 アランは彼らの向かいのソファに腰を下ろし、ナイフで切り分けたカヌレを頬張る。疲れた時に限らず、杞憂に終わった時も甘い物に限る。


「それはそれで問題なのですがね」

「情報の真偽を見定めるのはとても難しいものです。今回は偽装があまりに露骨でしたが、今後手口が巧妙になっていくと厄介ですねえ」


 未来を憂えるジェローム達から、ほぼ同時に溜息が零れて行く。

 このふたりを執務室へ招く機会は、アランの代になってからは殆どなくなっていた。部署とのやりとりはヘルムートがやってくれていた為、壮年に差し掛かり足腰に不安がある彼らに無理を強いる事はなかったのだ。


 ───コンコン


 皆が一息ついたその時、執務室の扉はノックされた。扉は開かれ、衛兵が顔を出す。


「失礼致します。特務部部長ウルマス=アイロラ殿がお見えです」

「うむ、通してくれ」

「ははっ」


 衛兵によって執務室へ促されたのは、黒髪茶色目のどこにでもいそうな中年男だ。


 特務部に所属している者は、凡庸な雰囲気を纏う者が多い。派手過ぎず地味過ぎず、美人でも不美人でもなく、自然と周囲に溶けこみ自然と話しかけられ、そして去った後は誰の印象にも残らない───という人柄は、訓練などでは習得出来ない天性の資質だ。


 ウルマス=アイロラとは、そんな者ばかりの特務部を取りまとめている男だ。


「失礼致します」

「主犯が見つかったのかね?」


 特務部の部長が現れたという事は、嘆願書偽装を煽動した主犯を確保した、という事だった。

 しかしクレメッティの率直な問いかけに、ウルマスの顔は曇ってしまう。


「それが───」


 一見凡庸な男ウルマスの報告に、執務室にいた者達は言葉を失ったのだった。


 ◇◇◇


 ウルマスの案内でアラン一行が訪れたのは、ラッフレナンド城北の監獄1階。囚人の身体検査などを行う着替え用の個室だ。


 部屋に入るなり目に留まったのは、床に置かれた一台の担架だった。担架の上には一人の人間が乗せられており、白い布で全身が隠されている。そのシルエットを見る限り、アランよりも大柄ではないだろうか。恐らく男性だろうとも察せられる。


「調査の結果、煽動の主犯は一人に絞られていました。名はアンブロシウス=エングフェルト。総務課所属の男です」


 ウルマスの言葉から推測するに、担架に乗せられたこの人物がそのエングフェルトなのだろう。


 クレメッティは担架の前へ腰を下ろし、白い布をめくり上げる。その拍子に担架から長い金髪がはたりと落ち、土気色の顔が露わになった。口元や、着ている紺藍色のローブの胸周りを中心に血痕が見られる。


「毒死、か」


 クレメッティが苦々しげにぼやくと、ウルマスは小さく首肯した。


「我々が独身寮の個室へ入った時点で、エングフェルトは血を吐き既に事切れておりました。死後一日は経っているようです。部屋には毒入りと思われる酒瓶が見つかっており、現在分析を進めています」

「…陛下直々に調査を行う、と布令は出していましたし、偽装に気付かれ追い詰められた末の自殺、という事でしょうかね…?」


 口元をハンカチで押さえていたジェロームが、ウルマスに青ざめた顔を向ける。


「………それが、何者かがいた痕跡は、見つけられなかったのですが………」


 ウルマスの歯切れの悪い返事に、アランは眉根を寄せた。


「間違いを咎める気はない。何なりと申してみよ」


 アランが促してやると、ウルマスは軽く咳払いをしてアランに向き直った。


「…どこか、不自然な感じが致しました」

「どこか、とは?」

「グラスは一つしかなく、他の誰かが出入りした痕跡は見つけられませんでした。

 ただ、あまりにも生活感がなさ過ぎたというか…長年城に勤めていた者の部屋にしては、殺風景に思えたのです」


 ウルマスの話は状況説明に寄っていて、結論までは示して来なかった。ただ、ジェロームの『自殺』の説をやんわりと否定したのだ。大体は想像がつく。


「………何者かがエングフェルトを毒殺し、痕跡を消した可能性がある、という事か」

「否定は出来ない、という程度のお話です」


 ウルマスの回答に、アランは勿論ジェローム達からも唸り声が上がる。


(ヘルムートからの定期報告によれば、ギースベルト公爵は北の国境アキュゼへ移送が完了していたな。

 ならば公爵の失脚を後追いで知り、自棄やけとなって毒をあおった…と考えるのが自然だ。

 しかし…もしこの騒動が、公爵以外の何者かの手によるものだとしたら…?)


 妄想の域を出ない推理の中で、架空の人物を思い浮かべる。エングフェルトを操り、リーファを魔女として貶めたい者───アランを厭うギースベルト派以外で、そんな事を望む者が果たして存在するのだろうか。


 思慮を巡らし黙してしまったアランに代わり、ジェロームがウルマスに顔を向ける。


「………いずれにせよ、この場では結論は出せませんね。

 引き続きエングフェルトの周囲を洗って下さい。エングフェルトの死は、自殺と公表しておく事にします」

「ははっ」


 ウルマスは恭しく頭を下げ、個室を後にした。

 彼と入れ替わる形で牢役人二人が顔を出し、担架を監獄の外へと運び出していく。


「とりあえず、悪意ある噂は止められそうですが…」

「何やら、きな臭いですな」

「…後味の悪い幕切れではあるが、こればかりに時間を割く訳にもいかん。我々に出来る事をしていくしかあるまい」


 担架を見送りながら、渋面を作るジェロームとクレメッティにアランはそう説いたのだった。


 ◇◇◇


 ───同時刻。本城3階、正妃の部屋。


 ソファに座って独りまったりと本を読んでいたリーファの視界に、青白い炎のようなものが入ってきた。


「「ア…ア………マジョ…メ、ナゼ、ココニ…」」


 リーファは本を閉じて青白い炎───魂───に目をくれる。どうやら『マジョ』とはリーファを事を指しているらしい。魂はこちらを認め、じりじりと近づいてくる。


「「…オマエ、サエ、イナケレバ、コンナ、コトニハ───」」


(私を恨んでる………この間処刑された人達の残りかな…)


 リーファは周囲を飛び回る魂を目で追い、つい溜め息が零れてしまう。


 少し前、件の襲撃に荷担した者達の処刑が行われたのだが、その後処刑された魂達の幾ばくかがこのラッフレナンド城に現れていたのだ。

 城には結界が張られているが、昼間なら開かれた門から魂も入る事が出来てしまう。その時に入ってきてしまったらしい。


(未練ならともかく、怨嗟を撒く魂は大亡霊になりかねないのよね………宝珠へ収めると、他の魂達にも悪さするし…)


 さっきお菓子を食べていて小腹は空いてないのだが、絡まれても鬱陶しいし、アランに悪さをされても困る。

 仕方なく、リーファはうろつく魂の尾を摘んだ。


「「ユル、サン………ケ、シテ………アルトマ───」」


 そして何事かを言おうしていた魂を、リーファはパクリと口に銜えた。暴れそうになる前にゴクリと嚥下してしまう。

 味わう事なく喉元を過ぎれば、残るのは空虚な満腹感だけだ。


「さようなら、どなたか知らない方。そして、ごちそうさまです」


 ケフ、と小さくゲップをして、リーファは丁寧に両手を重ねたのだった。


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