第22話 現場に満ちる偏袒扼腕・2

「側女殿を、国の魔術師に………しかも長にするというのですか?!」

「それはあまりにも飛躍しすぎでは…!」

「そうも言っていられない事情があるのです。

 これは、先のアロイス=ギースベルトの王城侵攻にも繋がる話なのですが………襲撃に加担した魔術師によれば、彼らは王城占拠後にラッフレナンド西にある遺跡へ向かうつもりだったようです」


 ジェロームの唐突な話に、会議参加者の誰もから二の句が継げなくなる。驚きではなく疑問に顔を歪ませた彼らは、他の参加者と目配せをして真意を察しようと必死だ。


「魔術大国リタルダンドでは『西の遺跡に魔術師王国の遺産が眠っている』と思われており、秘密裏に探索が繰り返されていたようなのです。

 封印は厳重で、内部への侵入は不可能と考えられていたのですが…。

 近頃の我が国の魔術躍進を知り、『ラッフレナンド国は西の遺跡の遺産を手に入れたのでは』などと流言飛語が出回っているのです」

「………その辺りはオルコット辺境伯からも話を受けています。行商に遺跡の話を振られ、『心当たりがない』と返すととぼけているように取られたと」

「ラッフレナンド城の侵攻にリタルダンド国の魔術師達が絡んだ話も、既にあちらへ届いている事でしょう。より一層、信憑性が増すでしょうな」


 ジェロームに続いてリタルダンド国の情報を得ていた者達が言葉を添えると、場がわずかに喧噪を取り戻す。意図はまだ掴めなくとも、状況の不穏さは伝わっているようだ。


「カール=ラーゲルクヴィスト上等兵によれば、あの遺跡は廃棄した術具の再資源化施設との事でした。

 保管されている廃棄品自体に使い道はなくとも、解体で手に入る素材の中にはミスリルやオリハルコン、アダマンタイトなども含まれているとか」

「お…オリハルコン…!」

「アダマンタイト?!」


 どこかからの荒げた声に反応して、ざわめきがより酷くなった。


 挙げられた鉱物は、鉱山の最下層でも滅多に見つからない貴金属だ。小指の爪程度の大きさでも見つかれば、向こう一年は遊んで暮らせる金額を手に出来る、と言われている。

 世界的に見ても産出量が減少しており、時には採掘権を巡って戦争に発展するケースもあるという。鉱物の輸出を貿易の主としているラッフレナンドにとっては、喉から手が出る程の逸品だ。


「い、いいいい、遺跡は、だ、だだだだだ、大丈夫なのですか!?」


 声をひっくり返して取り乱す者を苦笑いで宥め、ジェロームは続けた。


「幸い遺跡の封印は固く、不法侵入はまだ確認されていません。

 最後の管理者ターフェアイトが亡くなった今、あの遺跡の管理権限を有している者はいないのですが………ターフェアイトは、リーファ=プラウズならば権限を登録出来る、と上等兵に言い残していったようです」


 話の意図が読めた者達の納得の唸りが、其処此処で聞こえ始める。一見厄介の種でしかなかったリーファの存在が、価値ある者として再評価され始める。

 風向きが変わった瞬間だった。


「それは………なんとまあ、都合の良い…」

「いや、側女殿は城下の幽霊騒ぎも瞬く間に解決されていました。そして今回の植物の魔術………謙虚な方ですが、並々ならぬ才能をお持ちなのでしょう」

「そのお話、側女殿はご存知なかったのですか?それほどのお方が、何故知らされていなかったのでしょう…」


 首を傾げた参加者の疑問は、ジェロームには答えられない内輪話だ。アランはジェロームに目配せをし、代わりに答えた。


「側女は、元々護身目的でターフェアイトに弟子入りをした、と聞いている。城下での一人暮らしが少しでも楽になればいい、と考えていたようだ。

 遺跡に眠る品は生活を豊かにするだろうが、庶民にとっては過ぎた代物だ。管理に危険が伴う施設を、才能があるからとこころざしの低い者に任せる訳には行かない、とターフェアイトは考えたのだろう」

「おお…」

「確かに…!」


 得心がいったようで、参加者達から感嘆の声が上がる。カールを介さず直接ターフェアイトから聞いた事、リーファも遺跡の中身を把握していた事など、事実を若干歪めてはいるが、そこはまあ些細な話だ。


「噂が他国まで出回っている以上、撤回や弁明は困難であると思われます。

 そしてこちらとしても、貴重な物品が眠る遺跡を放置しておく訳にも行きません。物品を回収し、遺跡へ入ろうとする不届き者達を排除出来る管理者を、早急に立てる必要があります」

「ここで国民感情を優先して側女殿を処罰となると、他国に付け入る隙を与えてしまう…という事ですね」

「国益の為にも、是非国民には魔術への理解を深めてもらわねばなりません…!」


 浮かれた様子で賛同してくる参加者達を見て、ジェロームは複雑そうに顔を顰めていた。

 リーファ断罪に寄っていた彼らの意識を変える事には成功していたが、切り替えのあまりの早さに呆れているようだ。こんなに流されやすくて大丈夫なのだろうか───そんな感情が透けて見える。


「魔術、魔術師、魔女………か。やれやれ、今まではこのような事はなかったのに。側女が現れなければ、こうはならなかったのではないですかねえ」


 野暮なクレメッティのぼやきが、場に細やかな水を差す。彼の場合、これはリーファに悪意あっての発言ではない。場が一色に染まらないよう持論を示し、一考の余地を残しておくのが彼の立場みたいなものなのだ。


「それは違う。祖父王バルタザールは、父王オスヴァルトを介してターフェアイトとの交流を図ろうとしていた。既に二代前の王が、魔術の必要性を念頭に入れていたのだ。

 そして、ターフェアイトが死期を悟り来城したのならば、リーファ=プラウズがいようがいまいが私の代で魔術絡みの問題はわいた事だろう。むしろ弟子である彼女がいた事で、状況は円滑に進んだのでは、と考えている」


 アランがそうクレメッティへ返すと、彼は、ふん、と鼻を鳴らして恭しく頭を下げてみせた。憎まれ役の仕事はこれでおしまいだ。


 アランは参加者達に向けて語り出す。


「魔術師達を人柱に据えていた時代は終わり、かの大魔女は我らに城を明け渡した。

 そして今回の王城侵攻───城の者達の機転でどうにか防がれたが、またいつ同じ事案が発生しないとも限らない。周辺国そして魔物達を相手に、魔術の面で無策ではいられないのだ」


 説得の文言にリーファの名を含めるような真似はしない。リーファを側に置いておきたい本音は別として、国を運用する駒の一つと見做すのが王の務めだ。


「この国にとって、魔術は特別なものではなくなった。城は魔術システムで守られ、兵達は魔力の武具を手に華々しい戦果を収め始めている。

 私とて魔術の初歩程度は修めている。魔女がどうこう魔術がよく分からない、などと幼子のように怖がる時期はとうに過ぎたのだ。これからは、『魔術は誰にでも扱えるものだ』とここより発信していかなければならない」


 アランに注がれる参加者達の視線は熱い。嘆願書偽装に関与したと思われる者達の鬱々とした雰囲気を飲み込んで、王の言葉を待ち望んでいる。


 一呼吸置き、アランは最期にこう締め括った。


「今がラッフレナンド変革の時だ。───”魔術師嫌いの国”から、魔術師を迎え入れる国へ変えていく好機を、逃してはならぬ」


 魔女断罪によって始まった議論は、こうして魔術推進の方針へ拍手喝采で受け入れられたのだった。

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