第21話 現場に満ちる偏袒扼腕・1

 ───こうして取りまとめられた諸々の情報は、二週間後の定例会議で挙げられる事となった。


「…さて、昨今城下を騒がせている魔女断罪に関する件ですが───嘆願書百二十六枚中、無関係と判断されたものが四十四枚、同一人物が書いたものと思われるものが四組三十五枚見つかりました。

 氏名が明記されていたもの十枚について、現在裏付けを進めておりますが、半分程は偽造の疑いありと結論付けております」


 ジェローム=マッキャロル国務大臣の旗振りで始まると、メイド達によってテーブルにくだんの嘆願書が並べられていく。それぞれ、”無関係”、”筆跡一致”、”氏名偽装”、”真”、と書かれたメモが上に乗せられ、誰でも自由に手に取れるよう配慮されていた。


 会議参加者達は席を立ち、思い思いに嘆願書を取っては隣にいる者達と語り合う。

 ”無関係”に分類されたものを見て「何でこんなものが」と呆れる者もいれば、”筆跡一致”に分類されたものを見て「文言も全く同じとは…」と顔を険しくする者もいた。

 嘆願書の偽装に息巻く参加者が多い中、肩を震わせて椅子から動けないでいる者も一定数おり、会議室内の二極化が際立っている。


「加えて、筆跡鑑定も行っております。日報など、役人が書くものは山とありますからね。筆跡が一致したものが数名見つかっており、現在身辺調査を進行中です」


 ジェロームから続けられた報告に、参加者からのどよめきが増した。

『役人達の中に嘆願書偽装に関与した者がいる』と国が判断したのだ。当然、役人達から非難が湧いた。


「わ、我々を疑うのですか?!」

「国政を第一に想うわたし達に対し、それはあまりにも横暴ではありませんか!」


 いつも柔和な雰囲気を纏う国務大臣も、今回ばかりは表情が堅い。


「このような事、本当は考えたくもなかったのです。王家に忠誠を誓い国の安寧を望む者達が、民の声を誤魔化し城下に無用な混乱を起こすなど、あってはならぬ事です。

 しかし仕分けの結果が余りにも露骨で、状況を重く見ましてね。クレメッティ=プイスト司法長官の承認を得て、特務部に裏付け調査をさせております」


 名が挙げられると、役人達の顔が一斉にクレメッティ=プイストへ向けられる。

 彼はアランに一番近い席で腕を組んだまま真顔で正面を見据えていた。集中した視線には一瞥もくれなかったが、代わりに零した溜息には怒気が籠っていた。


「…身内の潔白を証明する為だったのだがね。このような結果になろうとは………実に嘆かわしい…!」


 国の中枢の長たるふたりの表情からは、国王アラン側女リーファに対する忖度などはない。『このような形でまつりごとが動くような事態がまかとおっては困る』という、純粋な懸念から表れた憂いだった。


 ふたりの失望を目の当たりにして、非難していた役人達の面持ちにも悔恨が滲んでいく。


「───嘆願書は、国の中枢へ届きにくい民の小さき声を、一つでも多く拾い上げる為のもの」


 沈黙が落ちた会議室に、今まで成り行きを見守っていたアランの声がよく響く。優雅に足を組んだまま真っ直ぐにテーブルの先を睥睨する彼らの王は、その視線を誰とも合わせていない。

 しかしその低い声音は、その場にいた全ての者に向けられていた。


「自らの考えを押し通す為に歪めて良いものではない」


 狼狽する者、悔恨に俯く者、憮然と溜息を零す者───各々反応は違ったが、こんな当たり前な話が会議参加者達にとっては酷く堪えた様子だった。さすがにこの場にいる全員が件の不正に加担していた訳ではないだろうが、普段から大なり小なり何かしらの誤魔化しをしている、という事なのだろう。


「───続けてもよろしいでしょうか?抗議があれば受け付けますが、無い方は席へお戻り下さい」


 淡々とジェロームが促すと、彼らは自分の落ち度を謝罪するかのようにアランに首を垂れ、続々と自分の席へ戻って行った。


 全員が着席し居住いずまいを正したのを見計らい、ジェロームは手元の書類に目を落とす。


「此度の騒動は、側女を陥れる目的で起こされたものだと断定しました。既に扇動の中心にいた者達を特定しております。

 勤務日程を考慮して後日聴取を予定しておりますので、召喚に応じるよう各所通達をお願い致します」


 もはや抗議の声はない。元より決定事項なのだから文句のつけようもないのだから当然か。

 ただ疑問を覚えた者はいたようだ。一人の役人が手を上げた。


「…お言葉ですが、魔女断罪を願う嘆願書もあるのですよね?」

「はい。四十二枚中三十枚ほどが正しい投書だと判明しております。昨今の魔術師の介入を憂えた者もいたでしょうが、今回の騒動に煽られてしまった者もいたのでは、と分析しています」


 ジェロームの分析に、会議参加者達は黙して頷き合う。今回に限らず民衆が扇動に弱いのは、革命を起こし建国まで成していったラッフレナンドの歴史が物語っている事実だ。


「しかし、このラッフレナンド城を魔術システムで管理している今の状況、魔術師に対する民の理解なくば維持は不可能です。その為にも、まず城下の住民の誤解を解き、魔術師の必要性を認識させなければなりません。

 ゆくゆくは、ここだけが享受していた魔術の恩恵を、城下そして地方へと広げて行きたいと陛下はお考えです」


 長広舌はそこで一旦区切られ、ジェロームはごほん、と一つ咳払いをした。顎を上げ、厳格な国務大臣の”顔”で言葉を続ける。


「───その為にも、このラッフレナンド国に宮廷魔術師の職を新設。側女リーファ=プラウズをに据える案を提言致します」


 魔女断罪の嘆願書の偽造発覚から一転、魔術推進を示す案に、会議室のざわめきはより一層酷くなったのだった。

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