第6話 迷い
翌日学校へ行くと、金子に声を掛けられた。
「最近、遅刻しなくなったね」
「うん。何でかわからないけど、家を出る時具合が悪くなることはなくなったみたい」
不思議だが、アスピリンに会ってから一度も遅刻をしていない。憂鬱な気分になることも減った。
「それで? 昨日じゃなかったっけ、スタジオMに呼ばれたのって」
「そう。行ってきたよ。ちょっと……事件が起きた」
「事件?」
金子が眉をひそめた。恭一は頷くと、
「これは誰にも言わないでよ。お兄さんにも」
「わかった。言わない」
真剣な顔をしているから、たぶん信じて大丈夫だろうと思い、恭一は昨日あったことを話し始めた。それに対して金子は、「えー」と大きな声を出し、すぐに口を手で覆った。
「それ本当?」
「本当だよ。ミハラさんはアスピリンをやめた。それで、何故だかわからないけど、津久見さんが僕を勧誘してきたんだ」
「それで、どうするつもり?」
「わからない。ただ、津久見さんのあの表情が忘れられなくって」
ポーカーフェイスが崩れた瞬間を見た。痛々しかった。
「だから、僕があのポジションにおさまって津久見さんがあんな顔をしなくて済むなら……」
恭一の言葉を、金子が遮った。
「それは違うよ。矢田部は間違ってる。津久見さんを助けたいなら、ちゃんと答えを出してあげなきゃ。やりたくもないのに、津久見さんがかわいそうだからやるとか、それは彼に対して失礼だと僕は思うけど。あ、でも、矢田部が優しいってことはわかるよ」
金子の言葉に、目が覚めたような気持ちだった。自分の考えは、津久見に対して失礼なことなのだ。真剣に答えを出すことが彼の為なのだ。
恭一は思わず金子の手を両手で握りしめた。金子は驚き、
「わっ。何だよ、矢田部」
「だって……。金子くん、ありがとう。僕、津久見さんに失礼なことをするところだった。僕、確かに間違ってたね。真面目に考えてみる」
「そうだよ。ちゃんと考えないと。で、歌詞って考えてみたの?」
「まあ、一応は。考えてみてって言われたし」
でも、全く自信がなかった。夜電話した時にジャッジしてもらおうと思ってはいる。
「ちょっとここで言ってみてよ」
面白がる金子に、恭一は顔をしかめ、
「え。嫌だよ。これは、津久見さんに最初に聞いてもらうんだから。今晩電話した時に読み上げる予定」
「そっか。残念。ま、仕方ないね。だけど、僕がライヴに誘ったばっかりに、何だか君の人生が変わって来ちゃったみたいだね」
「でも、いい方にだから。ありがとう、本当に」
心から感謝していた。考えた結果どうするのかまだわからないが、この出会いは恭一の中で大きなものだった。それに、数日前まで口をきくこともなかった金子とこうして話している、そのことがそもそもありがたい。胃痛は、この人が治してくれたのではないかと思っている。
「金子くん。もしも僕がアスピリンのヴォーカルになったら、聞きに来てくれるかい?」
試しに訊いてみると、
「行く。絶対に行く」
少しも迷わずに答えてくれた。心が温かくなった。
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