第16話 父

 飲み物を口にしながら津久見と話をしていると、誰かが部屋に入ってきた。津久見が大きく息を吐き出した。

「キョウちゃん。あの人が、オレの父です」

 津久見に言われ驚いた恭一は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「初めまして。矢田部恭一です」

「矢田部……くんなんだね、本当に」

 津久見の父も、恭一の母と同様に驚いている様子だ。


「親父。心当たりは?」

 津久見に訊かれ、父は頷き、「あるよ」と低く言った。

 津久見はソファに寄りかかり天井を見ると、

「じゃあ、キョウちゃんとオレは血がつながってるってことか」

「わからない」

 父の言葉に津久見は視線を父に戻し、やや強い口調で、

「わからないって何だよ」

「彼女から何も言われてないんだから、わかるはずないだろう」

 津久見から目をそらして言う。恭一は立ったままでいたことに気が付き、ソファに座った。それにつられたように、父もソファに座ると、両手を組んで俯いた。


「つきあってたんだろう」

「そうだよ。お前の母親と出会う前から」

「母さんとは、恋愛結婚じゃない」

「その通りだ。当時の社長だった彼女の父親に言われたから結婚した。お前なら断れるとでも言うのか。言うかもしれないな。だけどな、会社に勤めていて、社長から娘と結婚しろと言われたら、普通は断れないんだよ。普通って言って悪かったら、少なくともオレにはできなかったんだ。だから結婚した」

「キョウちゃんのお母さんとは別れたんじゃないの?」

「別れたさ。彼女はわかってくれて、会社を辞めて行った。それきり連絡も取らなかった。だけど、お前の母さんが死んだ後に、偶然再会したんだ。本当に偶然だったんだ。それで……」

「それで、またつきあうようになった」

「そう。だが、ある時から連絡がつかなくなった。おそらくそれは……」


 二人があまりに真剣なので、ただ聞いているしかできなかった。頭の中で今までの話を整理してみた。その時、ようやく話が見えて、思わず、「え?」と驚きの声を上げてしまった。


「どうしたの、キョウちゃん」

 津久見が恭一に訊いてきた。恭一は首を振り、

「何でもないです」

「そうかな。でも、わかったんだろう。君のお母さんが何でこの人と連絡を断ったのか。そうだよ。そういうことだろうね」

 津久見は、いつもと全く変わらない表情で、淡々と言った。


「言ってくれれば良かったのに。そうすれば、もっと違った結果になったかもしれないのに」

 父が、相変わらず俯いたままで、呟くように言った。


「どうなったって言いたいんだよ。結婚する気? ま、今ならできるだろうよ。おじいさんは、もう何年も前に亡くなったし、誰も邪魔する人はいない。結婚すれば?」

 投げやりな言い方。冷たく響いた。父は返事をしない。


 広い部屋は、静寂に包まれていた。

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