第17話 居場所
どれくらい時間が過ぎたのだろう。「失礼致します」と声がして、ばあやさんが入ってきた。
「お食事の準備が整いました」
父は体を起こして彼女の方を見ると、
「ありがとう。行くよ」
ばあやさんがお辞儀をして部屋を出て行く。それを確認してから、津久見は父に強い視線を向けた。そして、冷たい声音で、
「話が終わってないけど」
津久見と父がお互いをじっと見合っている。冷たい空気が流れているように感じた。
恭一は、ここで話を終わらせないといけない、と思い、立ち上がった。すると、二人の視線が恭一に移動した。凝視され、鼓動が速くなったが、
「僕たちはずっと二人で生きてきたんです。父親はいりません。母にあなたのことを伝えようとも思いません。今日も、ここに来るとは言ってません。あの……だから……」
大きく息を吐き出してから、
「今日はありがとうございました。帰ります」
津久見が驚いた顔になった。
「え? これから食事だよ? 食べってってよ」
「帰ります。さようなら」
二人に頭を下げると、部屋を出た。
玄関を出るまでに会った人たちに、驚いたような表情で見られたが、軽く会釈だけしてその場を去った。津久見家の敷地を出た時には、安心したのか溜息が出た。自分には全くそぐわない場所にいることの息苦しさ。そのことから、ようやく解放されたとの思いからだろう。
帰り道はよくわからないが、車窓から見えていた風景を思い出しながら歩いて行った。津久見が言っていた通り、かなりの距離を歩くことになったが、どうにか辿り着くことができた。
電車に乗って一駅。ようやく自分のよく知る場所に戻って来たと安堵した。
駅前のスーパーで買い物をしてから帰宅した。食品を冷蔵庫にしまうと、自分の部屋に行き、そのまま畳に転がった。何も考えたくなかった。
気が付くと、部屋がうす暗くなっていた。柱の時計は五時をさしていた。驚いて体を起こすと、頭を振った。
「いったい、何時間こうしていたんだろう」
思わず声に出して言ってしまった。
体を起こしたものの、まだ何もする気になれない。膝を抱えて午前中にあったことをぼんやりと思い返していた。
(あれは、本当なんだろうか)
が、津久見も彼の父親も、恭一をだまさなければいけない理由がない。あの話は真実なんだと思うしかなかった。
今までずっと、自分の居場所がないと感じて生きてきた。父親がわからない子として、近所の人からは遠巻きにされていた。学校でも、教師からなんとなく距離を置かれていると感じていた。
それが、最近になって、ようやく友達と思える人を得て、その人をきっかけに、今まで全く知らなかった世界に縁をもらっただけでなく、その人たちの仲間にすらなれた。自分のいていい場所に出会えた。そして、やっていきたいことにも出会えた。
(それなのに……)
これで終わってしまうのだろうか。
何かを手にすると、それを失うことを恐れるようになるものなのか、と恭一は思った。
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