第9話 承認

 数日後、再びスタジオMに行った。三人はもう来ていた。新参者が最後に来るとは、なんということだろう。恭一は三人に頭を下げ、

「すみません。僕が最後なんて、何様って感じですよね」

 身を縮めるようにしながら謝罪した。


 津久見は恭一の肩を軽く叩くと、

「うちのメンバーでそんなこと気にするやつはいないよ。ミハラくんは、遅刻ばっかりしてたし。あ。ごめんね。あの人の名前、出さない方が良かったね」

「いえ。だって、この前までこのバンドのヴォーカルだった人ですから」

「あの人のことはいいや。二人とも、自己紹介をしたら? 名乗ってないだろう」


 津久見に言われて、ドラムの人が、

「そう言えばそうだ。オレは、ドラム担当の水上みずかみ高矢たかや。高校二年」

 高矢は右手を出した。恭一はその手を握り、「よろしくお願いします」と言った。

 隣に座る、高矢よりやや小柄な人が、その上から手を握ってきた。さらにその上から津久見が握ってくる。


「もう。サイちゃん、何やってんのさ」

 ギターの人が津久見に言うと、津久見は笑い、

「いや。スギちゃんだって、先にやったじゃん」

「だからってサイちゃんまで」

「いいから、名乗りなよ」


 津久見の言葉にギターの人は頷き、

「そうだった。オレは、ギター担当の杉山はじめ。サイちゃんと同じ、高校一年生」

「そして、オレは津久見才。ベースと作曲を担当しています。じゃあ、君は?」

 突然ふられて驚いた。

「どうした、矢田部恭一くん。名乗りなさい」

「今、津久見さん、僕の名前言ってくれましたけど」

「君の口から聞きたいんだよ。はい、言って」

「矢田部恭一です。中学二年です。ご迷惑をかけないように、頑張ります」

 恭一が言うと、三人は楽しそうに笑い出した。何かおかしなことを言っただろうか、と思ったが訊けなかった。


 その時声が掛かって、スタジオに入ることになった。恭一は彼らの後について階段を降り、中に入った。


 この前とは状況が全く違う。これから、どんな試験よりも恐れるべき時が来る。床にカバンを置くとノートを取り出し、楽器をケースから出そうとしている津久見に渡した。津久見がそれを受け取り、中を見ている。心臓が破裂しそうな気持ちだ。


 津久見は、そのノートを真剣に見ている。そして、一通り読み終わると目を上げ、

「すごいな。いきなりこんなに書けちゃうんだ。スギちゃん、タカヤ。これ読んでみなよ」

 いきなり二人に見せてしまった。心の準備が出来ていないのに。逃げ出したい気持ちになっていた。


「本当だ。かっこいいじゃん、矢田部くん。ん? いつまでも矢田部くんって呼ぶの、何か変な感じ。ま、ミハラくんのことは確かにそう呼んでたけど。君、普段何て呼ばれてる?」

 杉山が訊いてきた。恭一は首を振り、

「友達がいなかったので……。この前一緒にライヴを観ていた金子くんとは親しくなったんですけど、名字で呼ばれてます。あ。母は僕のこと、キョウちゃんって呼んでます。ちっちゃい頃からです」


 津久見が微笑んだ。そして、「じゃ、決まりだ」と言った。

「え? 何が決まったんですか?」

「オレたちはこれから君のことを『キョウちゃん』と呼びます」

 宣言した。ご丁寧に右手を上げている。すると、杉山と高矢も手を上げ、「賛成」と言った。恭一は、そう呼ばれることを受け入れることにした。逆らっても仕方ないし、他に適当な呼び方がない。


「じゃあ、。この歌詞でいいから、ちょっと歌ってみてよ。大丈夫。君ならできる気がする」

 何を根拠にそんなことを言うのだろう。津久見才がわからない、と恭一は心の中で溜息をついた。

「大丈夫じゃなくても、別に構わないけど。じゃ、やってみよう」

 そして音楽は始まり、恭一はなるべく感情を込めることを意識して歌った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る