第5話 涙

「あの……僕、この前聞いたみたいな曲、歌ったことありません。僕は、学校の音楽の時間に歌うような歌しか歌ったことないです」

 強い視線を向けられ、思わず目をそらした。


「大丈夫。この前みたいな曲は、二度とやらないから。やるならあの人をクビにしてない。ていうか、さっき言った通り、あの曲たちはあの人を喜ばせる為に書いた曲だから。つまり、あの人の曲だから。君には君に合った曲を書く。それは約束する。だから、お願いします」

 いつのまにか真剣な表情に変わっていた。ちゃんとお願いされた、と思った。が、だからといって引き受けてもいいのだろうか。


「高矢が言ったみたいに、急にこんなこと言われても返事に困るよね。じゃあね、今日一晩考えて明日夜の九時に電話下さい。答えがノーでもお願いします」

「あ……はい。わかりました」

 それから電話番号を伝えられ、パイプ椅子に座るように言われた。


「聞いてて。今から練習だから。ていうか、もうあと十分しかない。ごめん。ちょっとミハラくんとのやりとりが長くなり過ぎた。予定では、五分くらいでさくっと終わるはずだったんだけど」

 二人に向けて、津久見が言った。二人は首を振り、それぞれの位置についた。津久見も楽器を肩から掛け、

「じゃ、新曲やってみよう。この曲がね、ミハラくんを怒らせた曲。少し前から三人で集まってこの曲練習してたんだ」

 にやっと笑った。


 高矢のスティックが打ち鳴らされて音楽が始まる。津久見が、ラララ、とかそんな感じで歌う。


(なんだろう、これは)


 恭一の鼓動が速まった。メロディアスな曲で、歌詞がないのにその切なさが伝わってくる。気付くと、涙を流していた。


 演奏を終えた津久見が、楽器を置いて恭一のそばに来た。そして、それまでに見たことのない優しい顔で、

「ありがとう。伝わったんだね、オレの気持ちが」

 そう言って、頭を撫でてきた。

「オレさ、わかっちゃったんだよ。好きなだけじゃ一緒にいられないんだって。それと、オレが一番大事なのは、あの人じゃなくて音楽なんだって」

 しんみりと津久見がそう言った時、スタッフから声が掛かりスタジオを出た。


「今日はこれで別れよう。明日の電話、待ってるから。ノーでも掛けてくるんだよ。あ、それから、これ。さっきの曲の音源。良かったら聞いてみてよ。それから、歌詞を考えてみてくれたら嬉しいな。ヴォーカルになる、ならないは置いといて。ちょっと考えてみてよ」


 恭一は、音源を受け取ったものの、

「僕、作詞なんかしたことないです。学校で作文を書いたことはもちろんありますけど」

「じゃあ、この曲を聞いて浮かんだイメージで話を書く」

「難易度を上げないで下さい」


 恭一の抗議に、津久見が笑った。

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