第7話 決意
家に帰ると、珍しく母がいた。恭一を見ると笑顔になり、
「お帰り、キョウちゃん」
「ただいま。今日は早かったんだね」
「何だか調子が悪くて。早退して病院に行ってきたの。でも、特に悪い所はないって言われて。今度、詳しい検査をしてみようって言われたの」
人参を切りながら説明してくれた。じゃがいもと玉ねぎが並んでいる。今夜は肉じゃがだろうか。
「大丈夫なの? 横になってればいいのに。僕が作るよ」
「そこまでじゃないのよ。だけど、何となく変なの。でも、食欲はあるから」
「無理しないでよ」
自分の部屋に行き、制服から普段着に着替えた。溜息が出た。
(本当に、どうしよう)
まだ、どうするか決めかねている。自分が本当にあのバンドで歌うなんてことができるのだろうか。
そう考えて、ふと気が付いた。
(あれ。そうか。そういうことか)
自分がバンドに参加することを否定していないとわかった。ただ、歌えるのかどうか、そこを心配しているのではないか。
夕食はやはり肉じゃがだった。母の作る肉じゃがは、何故かすごくおいしい。
「ごめんね。キョウちゃんの方が、最近は作るの上手よね。どう? 味、大丈夫?」
「おいしいよ」
笑顔とともに言うと、母は、「良かった」と言った。
柱の時計を見ると、八時半だった。あと三十分したら、教えられた所に電話を掛けなければいけない。恭一は立ち上がり、器を流しに持って行き洗った。
「あとでちょっと、電話するから」
「あら、珍しい。恋人でもできた?」
そう言って笑う母に恭一は、
「違うよ。えっと、友達? ちょっと違うな。何だろう。どういう関係って言えばいいのかな」
恭一が考えていると、
「知人ってどうかしら。知り合いなんでしょう」
「あ。それ。知人でいいや」
「いいや、って」
「それか、これから友達になるかもしれない人」
母は微笑して、
「なれるといいね」
「そうだね。なれたらいいなとは思ってるよ」
「その人、何ていう人?」
恭一には友人らしい人がいないと知っているので、母は興味からそう言ったようだ。恭一は正直に、
「津久見さんて人だよ。いくつだろう。僕より、一つか二つ上なのかな」
母が急に真顔になったので、恭一の方が驚いてしまった。母は確認するように、「津久見さん?」と訊き返してきた。恭一が頷くと、母は何も言わずに立ち上がると器を流しに持って行き洗い始めた。母の様子がおかしいと思いつつも、時間が迫ってきていたので何も訊かなかった。
時間になって、恭一は津久見家へ電話を掛けた。出たのは年配と思われる女性だった。
「矢田部と申します。才さんは御在宅でしょうか」
これまで使ったこともないような言葉で、相手に問う。女性は、「少々お待ちくださいませ」と言い、少しすると津久見の声が聞こえてきた。
「約束守ってくれてありがとう」
「いいえ、そんな。約束を守るのは当たり前のことです。あの、返事なんですけど……」
津久見がふっと笑ってから、
「いいよ、どっちでも。君を混乱させて悪かったと思ってるよ。はい。じゃあ、どうぞ」
恭一は覚悟を決めた。
「参加させてください。よろしくお願いします」
沈黙の後、津久見は、彼らしくもなくやや興奮したような口調で、
「え。本当に? 断られるって覚悟してたのに。本当? オレたちと一緒にやってくれるんだ。すごく嬉しい。ありがとう、矢田部くん」
「……というか、本当に僕でいいんですか? 僕はそれが気になって。だって、あの、僕……」
「オレはね、君がいいと思ったんだ。だから、いいんだよ。あの二人も君でいいって言ってたし」
「ありがとうございます」
次の練習の日を告げられた後、挨拶をして電話を切った。胸がどきどきしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます