第13話 初ライヴ
暗いステージに出て行き、四人が位置につくとライトが点いた。まぶしい。思わず目を閉じた後、目を開けると、そこら中の人が恭一を見ていた。少なくとも恭一にはそう思えた。緊張が高まったが、思い切って声を発した。
「こんばんは。アスピリンです」
会場がざわつく。それは当然だろう。前回まではミハラが歌っていたのだから。
「今日から僕が歌います。キョウイチです」
恭一の言葉に会場は一瞬静まり返ったが、その後、主に女の子が歓声を上げた。それを合図にしたように、高矢のスティックが鳴って曲が始まった。
ステージから楽屋に行く途中で、津久見が恭一の頭を撫でてきた。彼を見ると、笑顔だった。
「頑張ったね。よし。偉い」
「頑張ったけど……」
「また、何か後ろ向きなこと言おうとしてる? いいじゃん。かっこよかったよ?」
何も言えずに楽屋に入った。
化粧を落とし、着替えもして、四人で揃って外へ出た。と、そこに知っている人が立っていた。その人は恭一に向かってにやっと笑った後、拳を振り上げた。あっけにとられて棒立ちしていると、恭一の前に誰かが立った。そして、拳はその人に当たり恭一の目の前に倒れた。
「サイ……」
拳を当てた本人が、一番驚いているみたいだ。
津久見は、その人を見上げながら、
「ごめんね、ミハラくん」
「サイ」
津久見のそばに膝まづくと、ミハラは津久見を抱き起こした。そして、津久見の左頬を撫でて、「ごめん。大丈夫か」と、あの時と同じような表情になって言った。
「大丈夫じゃない。痛いよ。だけどさ、ミハラくんだって痛かっただろう。オレ、君にひどいことしたから。オレ、自分が可愛いから君のこと、切った。オレがオレのしたいことをする為には、そうするしかなかったから。一緒にいるのは限界だったから」
「わかってる」
「悪いのはオレだろう。殴りたければ、オレをもっと殴ればいい。だけどさ、キョウちゃんには、手を上げたらダメだよ。この人は、ただオレたちに巻き込まれただけだ。ミハラくんだって、それはわかってるはずじゃないか」
ミハラは頷き、「ああ」と言った。
「ずっとオレに、こうしたかったんだろう? だって、君のこと、怒らせてばっかりだったからね。だから、これで良かったんだよ」
津久見の顔に微笑が浮かんだ。ミハラは津久見を抱き締めた。津久見は目を閉じて、
「今までありがとう。あんな態度しか取れなかったけど、オレは君のこと大好きだったよ。でも、もう、さよならだ」
ミハラから逃れて立ち上がると、
「行こう」
恭一たちを促し、歩き始めた。恭一もすぐに後を追ったが、ふと振り向くと、ミハラはまだ膝をついたままだった。そして、片手で目の辺りをこすっているように見えた。訳がわからないのに、何故だか胸が痛んだ。
「それにしても、痛かったな。ミハラくん、本気で来たな」
そう言って、津久見は笑った。
「キョウちゃん。驚かせて悪かったね。オレたち、何年も険悪だったから、さっきのは仕方のないことなんだ。むしろ、今まで一度も殴られなかったのがすごいっていうか」
「サイちゃん。もう、いいよ」
津久見の隣を歩いていた杉山が、涙声で言った。が、津久見は首を振って、
「でも、キョウちゃんにも伝えておかないと」
ややあって、杉山は頷き、
「そうだね。わかったよ」
津久見は、杉山の肩を軽く叩くと、微笑みを浮かべ、
「じゃあ、スギちゃんの許可が出たので、話します。オレは、あの人のこと好きだったんだよ。あの人も、最初はオレのこと好きだったと思う。
だけど、あの人は別に好きな人ができちゃってね。それなのに、あの人、オレのこと甘やかすんだよ。大事にしてくれちゃうんだよ。オレの気持ちも考えてほしいよ。だから、挑発するような言葉をあの人に投げつけてやってた。
好きだから、一緒にいたいから、バンドに参加したし、あの人が好きそうな感じの曲も書いた。でも、オレは、ストレスで胃潰瘍になっちゃったし、もう限界かなって。それで、君を呼びつけて、あの人を切ることにした。あの人が誤解して怒って出て行くっていう想定で」
だから、巻き込んだと言っていたのかと合点がいった。
「君に出会えて良かったよ、キョウちゃん。やっと、前に進めた」
そう言って、津久見は寂しそうな顔で笑った。
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