第19話 和解
誘われて、学校から少し歩いた所にあるファーストフードの店に入った。商品を受け取って、椅子に座った。恭一たちをちらちらと見てくる人が何人かいて、それに気が付いた津久見が静かに笑った。
「やっぱり」
「やっぱり……?」
「そう。君ね、自覚がないんだと思うんだけど、人を惹きつける何かを持ってるんだよ。たった一回ライヴをやっただけなのに、ちゃんと君を認識して、ああやって見てくるだろう」
恭一は首を振り、
「サイちゃんに反応しているんだと思います。だって、サイちゃんがアスピリンなんだから」
「君は本当に自分のことが嫌いなんだね。もっと自分を大事にしてあげようよ」
紙コップに入ったメロンソーダを一口飲んでから続けた。
「この前は、悪かったね。君は何も悪くなかったのに、傷つけただろう? オレね、あの人と上手く話ができないんだよ。あまり接してこなかったから。
本当は、あの人に好きな人がいたって、いいんだ。オレの母親を好きじゃなくたっていいんだ。あの人、母に好かれたばっかりに名字まで変えることになって。好きな人と別れなくちゃならなくなって。面白くなかったんだろうと思う。それに、生まれてきた子供は可愛げがないし」
津久見は笑ったが、楽しそうではなかった。
「今のは笑う所だったのに。そんな真面目な顔で聞かれたら、オレはどうすれば」
「えっと……面白くないです。サイちゃんの方が、自分を嫌ってるんじゃないかと思いました」
津久見はコップを軽く振って、氷のぶつかる音を聞いていた。
「サイちゃん。自分を嫌わないでください。僕は……。僕、サイちゃんに嫌われちゃったかもしれないけど、サイちゃんのこと好きです。水上さんと杉山さんだって、サイちゃんを好きです。絶対です。僕たちが好きなサイちゃんを、サイちゃんが嫌わないでください」
津久見は、目を見開いて恭一を見ていた。
「僕も、自分を好きになるように努力しますから、サイちゃんも努力してください」
「キョウちゃん……」
「生まれなんか関係ない。僕は父親が欲しいと思ったことがなかったんだから、今さら誰が父親だとしても関係ないです。だけど、そんなのと関係なく、僕はサイちゃんが好きで、サイちゃんに優しくされると癒されたんです。だから、自分を低く見ないでください。お願いします」
津久見はふっと笑うと、
「キョウちゃん。いい加減にオレに敬語を使うの、やめなよ。普通に話していいんだから」
「サイちゃん。また僕を混乱させようとして。話をすり替えないでください」
「すり替えてないよ」
津久見はコップをテーブルに置くと、恭一を見た。その目には哀しみの色が浮かんでいた。
「さっき、親父のことをどうでもいいみたいに言ったけど、本当はオレ、すごく混乱した。ある程度わかっていたつもりだったのに、信じられないくらい動揺した。で、こうやって会いに来るまで半月も掛かった。
君を恨んだり、嫌ったりできたら、むしろ楽だったのかもしれない。でも、全然ダメ。そんなことできない。だって、オレ、君のこと好きだから。
出会った瞬間に何か感じたのは、きっと血のつながりのせいかもしれない。だけど、それだけじゃない。上手く説明できないけど。
それから、オレはヴォーカリストとしてのキョウイチも好きなんだ。すごくいい声してる。経験を積んでいけば、もっとすごい表現者になるとオレは思ってる。アスピリンにはキョウちゃんが必要なんだ。やめないでくれるかい?」
恭一は、一瞬も迷わずに頷いた。
「やめない。だって、僕がアスピリン、でしょ?」
津久見が笑った。先ほどまでの少し強張っていた表情が、いつものものに戻っていた。
「そうだよ。君がアスピリンだ」
言い切った。
恭一がもう一度深く頷くと、津久見は右手を伸ばしてきて、恭一の頭を撫でてくれた。
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