ひとりの人間の、魂の再生の物語

 選んできたこれまでの道のりを見晴るかせば
 選べなかった選択肢がある。
 選ばなかった選択肢がある。
 振り返る暇などない人生、主人公は、ふと、振り返ってしまう。
 おそらく自分は不幸ではない。
 けれどもなにか見えざる「型」にはめ込まれて、おおきな流れに飲まれて生きている自分は、幸福と言えるのだろうか?
 契機となった事件すら、流されるままに過ぎなかった、そんな在り方が。

 三章で背景として登場する利根川が、最終章でその雄渾な姿を主人公の前に現すように、物語の最後に口にした保温瓶の紅茶が、熱く感じられたように……生の実感、自身の本来の視界を取り戻した主人公の姿は、孤で有りながら充溢している。
 なにもかもが不確かで、不安な未来が待っているのに、それを選ぶことを臆さない。

 女の香りをまとい美しく聡明でありながらもうちに籠もった陰を宿した主人公は、最終章で、河風に煽られながらもしっかりと立つひとりの人間として読者のまえに現れる。

 魂の再生の物語。