坂東夫人

磯崎愛

ため息

 ため息をつくと幸せが逃げるというけれど、この半年でどれほどそれを逃しただろう。ましてこの十一年の暮らしでついたため息をすべて数えあげたら、幸福が逃げるどころではないはずだ。

 そう考えて陽子の唇からまた重苦しい吐息がもれた。頭痛がする。身体のあちこちが痛み、涙が出る。鏡台の横に立てたイーゼルを見る。そこにある描きかけのキャンバスを眼にすると、嗚咽はさらに激しくなった。

 あれほど祝福されて結婚したのに、子どもを育てるにはいい場所だと説得されて引っ越したのに、何もかも違ってしまった。

 ほんとうに、何もかも。

 なにもかも、

 終わりにしないとならない。

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