磨かれた刃の切っ先を、彼はどこに向けるのか

 逃れられない「分(ぶん)」、というのがある。
 いきものとして持つ限界……「分」もある。人間は空を飛べない、といったようなことだ。
「身分」は、生まれながらにして定められたものだが、いきものとしての限界ではなく人間の決めた垣根だ。

 なにものかによって統べられる「国」というものがある。
 人があつまりかたちづくられたそこでは、ひとりひとりが思う方向に進んでいながら、全体としてどこかに向かっている。
 民が生みだし、臣下が構え、王がその構えた刃の方向を決める。
 身分の垣根が低ければ、民が王になるための努力をしても無駄ではないが、垣根が高ければ、民は王になれず、王は民になれない。

 そして、この「国」というものの最小単位は、「個」である。
 人はみずからを領土とし、その主権を明け渡すことなく、自分自身であり続けなければいけない。
 
 本作の主人公は、統治者の血族だ。位を継承する見込みは薄くても、「統治者の血筋」であるが故に、「刃の切っ先をどこに向けるか」を決めるために生まれてきて、それ以外の立場にはなれない。
 しかし、主人公、夜隆はそれを怠ってきた。
 「身分」ゆえに、生み出す民にも、構える臣下にもなれないのに、刃の切っ先をどこに向けるか、なにも考えずに育ってきた。

 そんな彼に訪れる転機。

 人の魂の醜さと、みずからの無力さを知った彼は、刃の切っ先を向ける方向を決めることもできずに「個」すら失い、立ち竦むことになる。

 物語の序盤の彼の無様さは、「分」の求める努力をしてこなかったがゆえの無様さである。
 地に堕ちた彼は、立ち上がれるのか?
 立ち上がった彼は、刃をどこに向けるのか。
 切っ先を向ける方向を決めるためには、その目が曇っていてはいけない。
 振り下ろさねばならない瞬間があるということを、覚悟せねばならない。

 彼が自分自身を統べ、自身の刃の切っ先の向きをみずからの意思で決められるその瞬間を、いまは楽しみに待ちたいところである。