第2話 我、堂々と推理を披露し、退場する
あと3枚、というところで、ようやく敵の攻撃が霧散した。
「お嬢様。申し訳ございません。お力をお借りしました」
「よい、許します」
ユーリアがとっさに握った私の手を放す。手のひらにある魔術紋が互いに共鳴して光っていた。魔力供給を強制的にされ、さすがの私も少しめまいがした。
これが私の能力。転生で貰えたギフテッド。認めた他者への魔力供給「マナサプライヤー」。ただ私のほうの出力が大きすぎて、耐えられたのはユーリアだけだったけど。
白い煙が晴れると、攻撃をしたその人の驚いた顔が見えた。
「無詠唱で魔法無効化だと。第3位階の魔法だぞ。なぜ……」
「おやおや、まるで自分が犯人だと言っているようじゃないですか。コーデリア先生」
「うるさい。私がジョシュア殿下の隣にいるはずだったんだ。そこの小娘と入れ替わるはずだったのに、こいつが……」
「その理由は恋愛……というわけではないですよね」
「はは、お前は何でも知っているようだな。そうさ、魔法学園の先生ライザ・コーデリアは仮の姿。真の名をノライザ・アルザシェーラと言う」
とたんに貴族達がどよめきだす。ジョシュア殿下も顔色が変わる。
この名前はそれだけの意味を持つ。
「追放された古王家だと。魔術に長けすぎて、魔族と取引し、人の道を踏み外したその一族。なぜお前が……」
「我がアルザシェーラ家1000年の恨み。お前たちにはわかるまい。じわじわとお前たちを締め上げ、この国から引きずり下ろす。これこそが積年の願い」
再びコーデリア先生が魔法を使おうとしたところを衛士達が果敢に飛び掛かる。取り押さえられるのを横目に見て、私はジョシュア殿下とアーシェリに向き直る。
「さて、お仲間が捕まりましたよ。アーシェリス・アルザシェーラさん」
とたんに彼女は泣き出した。
「違う……、違います……。私はアーシェリ・エルトトゥです。しがない町娘です。本当です……」
「同じことをハロルド殿下にも言ったのでしょう?」
「なぜ……。あの場には私とハロルド殿下しかいなかったのに……」
「ハロルド殿下がなぜお茶会にやってきたのか、あのとき私にはわからなかったのです。あんなに来るのを嫌がってたのに。ジョシュア殿下の様子を見に行くため? 違います。愛している男妾のため? 違います。むしろその仲を知られる危険があるから行きたくなかった。アーシェリ、あなたに会いに来たのですよ。弟のために、どうか離縁してくれと」
ジョシュア殿下が「なんだと……」と驚愕の声を上げる。私はそれを無視して話をつづけた。
「ハロルド殿下は何かをきっかけにしてアルザシェーラ家の暗躍を知った。だから自分でできる範囲でなんとかしようとしていた。愛すべき恋人のために。愛すべき弟のために。実に良い人でした。ジョシュア殿下が思っていたように。まあ、死んでしまったら仕方がありませんが」
私は驚いて泣き止んだアーシェリへと語り掛けた。
「アーシェリ、あなたはこうしたんです。ハロルド殿下に秘密を知られて別れろと言われ、怖くなって同志であるコーデリア先生に相談した。コーデリア先生は復讐計画の隠蔽のため、ハロルド殿下殺害を計画。兼ねてから知っていた生徒会長との仲を利用。ハロルド殿下がカフスを利用してジョシュア殿下を貶める計画をしていると。生徒会長はジョシュア殿下への想いからまんまとハロルド殿下を殺害。あなたは心から安堵した」
私はアーシェリへ寄り添っているジョシュア殿下へ語り掛けた。
「不名誉を恐れたジョシュア殿下は真相を知らぬままこれを隠蔽し、愛するアーシェリのために私へ罪をかぶせようとした」
私は見渡す。周囲をぐるりと踊るように。そして語り掛けた。
「さて、みなさん。これが真実です。どこか違いますか?」
ジョシュア殿下はうなだれていた。
生徒会長はこぶしを強く握り締めたままでいた。
コーデリア先生は衛士に組み伏せられたまま、まだ暴れていた。
アーシェリは、顔をそむけたままぽつりと言った。
「ひとつ、違います」
「なんですか?」
「私は、本当にジョシュア殿下のことを愛したのです。最初は家の命令で近づきました。幼い頃からそれが当たり前でしたから。でも、愛してしまったんです。ジョシュア殿下のまっすぐな気持ちを……」
「そんなもの、まやかしですよ」
「あなたにわかるはずがない! 憎くても愛してしまう、この感情が……」
「さあ、どうでしょうかね。案外、私がいちばんよくわかっているかもしれませんよ」
私はアーシェリを無視して、手をぱんぱんと叩いた。
「推理ショーというのは実に爽快ですね、みなさん。なかなかに面白い」
みんなうなだれている。
みんな動かないでいた。
ジョシュア殿下が私に問いただす。
「私達をどうするつもりだ」
「どうもしませんよ」
「なに?」
「そうですね。身の安全を図るため、私も共犯者のひとりに加えてもらいましょうか」
「それはどういうことだ」
「アーシェリ、あなたを我が家の養子として庇護しましょう。これで家格は整う。アルザシェーラの名も捨てられる」
「お前はどうする」
「婚約を破棄された不出来で嫌われ者の私は、城外で暮らせる権利とわずかな報酬を毎月いただければと思います」
「何をするつもりだ」
「探偵でもして暮らしていきますよ。ちょうどいい宣伝になりましたし。ここにいらっしゃる貴族の方々は将来のよい顧客となるでしょう」
「お前……」
アーシェリが泣き顔のまま、私に頭を下げた。
「ありがとう……ございます」
「ありがとう? 違いますよ、私はあなたを投獄したんです」
「投獄?」
「一生好きな人から愛されることはなく、王妃という仮面をつけさせられて、誰にも愛されない日々を過ごすのです。その生活は北の牢獄のほうがはるかにマシに思えることでしょうよ。人をひとり殺し、多くのものに罪をかぶせようとしたあなたには、ふさわしい罰です」
「そんな……」
ジョシュア殿下がアーシェリから目を背ける。
「真実を知ってしまってはもう誰も元には戻れない」
ジョシュア殿下が苦しむようにつぶやく。
もはや手をつなぐことすら難しいだろう。
しかも、ここにいる貴族たちみんながこの茶番を目にした。
もうアーシェリには何もできない。
泣き崩れるアーシェリに私は何かの感情を覚えたらと思ったけれど、何も感じなかった。自分の未来を切り開くために自分では何もしなかった人。他人にいいように使われ、翻弄され、あげくに好きな人の兄上を亡き者とした。この人に哀れみすら湧かなかった。
まあ、いいか。私、悪役令嬢なんだし。
ユーリアが私の手に触れる。
「そろそろ頃合いかと」
「そうだね」
私はドレスの両方の裾をつまむと、ジョシュア殿下たちにお別れの会釈をした。
「さて。私はただの嫌われ者です。ここでおいとまさせていただきますわ」
くるりと彼らを背にして歩き出す。
優雅に階段を下りていく。
階下に着くと、人が潮のように引いていった。カツカツという靴音だけを残して、そこを去っていく。
私は生き残った。自らの手で。この頭で。
私は堂々と、ほんの少し前まで華やかで、いまは驚愕で唖然茫然と化した、この場をあとにした。
私たちが暮らす別邸へと向かう馬車。それに揺られながら、私は隣に座るユーリアに笑顔で話しかけた。
「証拠集め、助かったわ」
「きわどかったですね。みなさん語り出してくれて本当によかった」
「うん。まあ、良い方向にはなったし。めでたしめでたし、っと」
「いつからですか?」
「ハロルド殿下がお茶会に来たときにおかしいと思ってた。生徒会長とお揃いのカフスだと気づいたときにはっきりと。病弱な兄殿下ですって。とんでもない。生徒会長もその日にはいろんな理由をつけて学園にいなかったし。案外死にたがっていたかもしれない。好きだけどどうにもならない恋人。そんな人に殺されたのならハロルド殿下には本望だったかも」
「違います。この話はもっと前からあなたは知っていた」
「そう?」
「ひとつ質問があります」
「なに?」
「アルザシェーラ家の企みをハロルド殿下にお伝えしたのは、ファルラ、あなたですね?」
ふふ。ふふふ。
私はうつむいたまま笑い出す。
「なにしろ私は名探偵でも悪役ですから」
ユーリアが心配そうに声をかける。
「ファルラ……」
「あなたと暮らすためにはなんでもするわ。あの日の月夜に誓ったとおりに。私を殺しに来たあの日に。そうでしょう。ユーリアス・アルザシェーラ」
彼女は仲間を売った。私と生きるために。
私は婚約者たちを騙した。ユーリアと生きるために。
「その智謀を生かせば、王宮でも列強各国とも渡っていけますでしょうに」
「いやよ、そんなの。王妃なんか荷が重いし。安穏とした生活をふたりでしかったから、こうしたのよ」
「それは、そうですが……」
「だから、もう人の前でもお嬢様って呼ばないでよ。ファルラって呼んで。もう対等な立場なんだから」
「はい、ファルラ……」
「よしよし」
まったく私よりお姉さんのくせして。彼女を抱きしめながら、彼女の温もりに包まれながら、私たちは深く温かい泥へと沈んでいく。
そういえば、ユーリアはこれが失敗するって思ってたっけ。抱えて逃げ出す用意があるとか言ってたな。
こんな完璧な私の推理を前にして。
あ、ちょっと憎たらしい。思わず手が出る。
「ちょ、ちょっと止めてください。なんで私のおでこをぺしぺしと叩くのですか」
「なんか、そうしたくなるの。転生前の私がね」
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名探偵悪役令嬢 ―我、婚約破棄の場で華麗なる推理を堂々と披露せんとす―
短編版 名探偵悪役令嬢 ―我、婚約破棄の場で華麗なる推理を堂々と披露せんとす― 冬寂ましろ @toujakumasiro
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