短編版 名探偵悪役令嬢 ―我、婚約破棄の場で華麗なる推理を堂々と披露せんとす―

冬寂ましろ

第1話 我、華麗なる舞踏会の夜で婚約破棄を言い渡される

 これほどふさわしい舞台はなかなかないだろうと思った。アシュワード連合王国が誇る夏の離宮「朝露の宮」。そこに集う忠誠を誓えし貴族たち約1000人。それらが一堂に会した夜の舞踏会。花のようなドレスを着た娘たちがツバメのような男たちと大勢舞い踊るのを、私は1階へ降りる大階段の踊り場から見下ろすように眺めていた。アルザシェーラ家からアシュワード家の治世になって1000年。その歴史を全部振り返っても、これほどの宴はなかったろう。


 「お嬢様」


 後ろから声をかけられて振り向く。メイドのユーリアが目を伏せながら控えていた。彼女自慢の銀髪が、光るおでこにはらりと落ちる。


 「すべて整ってございます」

 「そう。ユーリアにも迷惑かけたわね」

 「いえ……」


 彼女が少し言い淀む。仕方ないか。泥棒まがいのことをいろいろさせちゃったし。


 「お嬢様、御髪が」


 ユーリアが私の縦ロールを触る。そのまま顔を近づけた。吐息をわざとかけるように言う。


 「ファルラ、私がそばにいる。いざとなったらあなたを抱えて逃げ出すわ」


 その言い方が面白くて、私はくすくすと笑い出した。


 「大丈夫よ、ユーリア。さあ、私たちも舞台へと上がりましょう」

 「はい、お嬢様」


 やがて、それは来た。

 赤い絨緞の上をドスドスと歩きながら。


 「もう我慢ならぬ。ファルラよ!」


 白い正装に身を包んだジョシュア殿下は、そのくしゃっとした金髪から湯気が出そうなぐらい怒っていた。その後ろでは、同じ貴族向け魔法学園に通っている町娘、アーシェリがこちらを恐々と見ていた。


 「我が兄、ハロルド王子の喪が明けてからと思っていたが、もはやそれも難しい。このアーシェリへの仕打ち、それに伴うさまざまな暗躍、すでに寛容になれる時期はとうに過ぎた」


 ジョシュア殿下が私に指をびしっと差す。


 「我が将来の妃、ファルラ・ファランドールよ。お前との婚約を私は破棄する!!」


 ……はあ、まったく。

 なんでこういうときの王子は、こんなにもテンプレなのか。これじゃ転生前の記憶と本当に同じ。あれだけたくさん読んだり遊んだりしてきた「悪役令嬢」物と一緒。


 さて。

 私は断頭台の露と消えるのか。それとも寒々とした他国で寂しく暮らすのか。


 そのどちらも嫌だ。

 だから、私はつかみに行く。自分の頭脳で。自分の将来を。


 「どうした、ファルラよ。口も聞けぬほど驚いたのか。お前ごときが、もしや私に憐れんでほしいとでも?」

 「ぷふっ」

 「なんだ。何がおかしい」

 「いえ殿下。私にそのような濡れ衣をお被せにならなくても、ひとつ条件をお聞き入れいただければ、すぐにでも殿下の前から消えてなくなりましょう」

 「濡れ衣だと。まあ、いい。条件とやらを言ってみろ」

 「あなたの兄上、ハロルド殿下殺害の真相について、この場で私の推理を披露させていただければ」


 私たちの行方を見守っていた階下の貴族たちが、一斉にどよめく。

 私はその様子を肌で感じながら、ニヤリと笑った。

 慌ててジョシュア殿下が口を開く。


 「馬鹿な、ファルラ。我が兄は病死であり、それは医者たちも……」

 「本当にそうでしょうか?」


 人差し指で口元を抑える。それは私の癖。これから推理が始まるという知らせ。転生前もそうだったように。


 階下から暗い色の夜会服に身を包んだひとりの女が言い出した。


 「私も死因を調べることに協力している。病死で間違いない」

 「あら、コーデリア先生」

 「ハロルド殿下は、我が魔法学園の伝統あるお茶会へ久しぶりにお出になられたあと、床に臥せりがちになり、1か月後に病状が悪化してお亡くなりになられた。それしかないのだ」

 「そうですよね、みなさん。そのようにお聞きになっているはず」


 また階下から声が上がった。ひとりの優しそうなメガネの男が貴族たちを掻き分けて、私たちの前に出た。


 「ファルラ・ファランドールさん。それ以外に真実はありません。この舞踏会は、亡くなられたハロルド殿下への追悼の意味もあります。このようないたずらはいささか……」

 「さすが、品行方正で生徒会長になられただけはありますね。ミハエル・グリシャムさん」

 「それとこれとは……」

 「良くある話だと思いませんか? 以前からハロルド兄殿下は公務を休むときがあり、病弱だという印象がある」

 「事実として、そうですが」

 「実に都合よく、死んでいる」


 私の最後の言葉にジョシュア殿下がうろたえだす。


 「その言い方はなんだ。それでは……」

 「ええ、そうですよ。病死なんかじゃありません。誰かに殺されています」

 「違う……」

 「実際は剣で刺されていたそうです。胸を一突き。警備厳重な王宮での王族殺害は王家の沽券にかかわる。だからこそ隠された」

 「馬鹿な、緘口令を……」

 「おやおや。自らバラしてしまいましたね」


 顔を真っ赤にして口元を手で押えるジョシュア殿下に、私は追い打ちをかけるように言う。


 「いずれ国民へ知らせないといけない。では、毒殺にでもされたことにしよう。病ではなく毒で臥せっていたと。そうだ、犯人は嫌われ者で仕立てよう。他に好きな人もできたし。ちょうどいい。ちょうどいい。実にちょうどいい」

 「なぜお前がそれを……」

 「これが推理というものです。実に簡単な推理ですが」


 ジョシュア殿下がとっさに手を上げる。


 「衛士を呼べ。ファルラを捕らえよ。自ら罪を告白した」


 階段を駆け上がってくる衛士たちを制止するように、私は大声を上げた。


 「事件のおかげで利益を得る者が犯人です。この場合は、王位継承権を得られたジョシュア殿下。あなたです」


 みんなの時が止まる。

 どうにかジョシュア殿下だけが口を開いた。


 「私がそんなことをするわけがない。国の礎としても兄としても敬愛していたのだぞ!」

 「ええ。ジョシュア殿下はそんなことをする人ではないでしょう」

 「なら……」

 「ひとりいるのですよ。私が排除され、あなたが王になったら利益を得られる者が」


 とっさに後ろを向くジョシュア殿下。おびえたアーシェリと目が合う。彼女はけなげにも絨緞に倒れるように座り込んだ。うなだれたまま力なく言う。


 「殿下、私をお疑いになるのですか。このように非力な身。どうしてあの大きなハロルド殿下を剣で殺すことができるでしょう」

 「私はお前に古い家の匂いを感じないところが好きなのだ。他の貴族ではそうはいかない。私の言葉ひとつで大事になる。だから何でも話せた。実に楽しかったのだ。お前が王妃の地位に執着していないことはわかっている。ああ、そうだとも。何があっても私はお前を守ろう」

 「ありがとうございます、殿下……」


 どうでもいいかな、そんなこと。

 私はそんなふたりへ手短に言う。


 「動機があるんですよ。そうですよね、アーシェリ?」


 彼女の青い瞳が揺れている。私がどこまで知っているのか計ろうとしているのか、それともおびえているのか……。


 「もう止めてくれないか。僕がハロルド殿下を殺した犯人だよ」


 その人を見たジョシュア殿下の目が、大きく見開く。

 私はちょっとつまらなそうに言った。


 「ええ、知ってましたよ。生徒会長」

 「つれないなあ。少しは驚いてくれよ」

 「それはですね。あなたがこうやって自首することは真犯人には計算のうちだったからです。いざとなったら切られるとかげのしっぽ。それがあなたの役回りです」

 「手厳しいな。それなら私がどうやって剣を寝室まで持ち込んだのか殺し方を話そう。証拠と合わせれば真実だとわかるはずだ。しっぽどころかちゃんと犯人だ」

 「いりません」

 「は?」

 「どうやってハロルド殿下を殺したのか、その方法はさしたる問題じゃないのです」


 私は少し驚いているそのメガネの奥の瞳に問いかける。


 「生徒会長。あなたが抱えている秘密について、いまこそ言うべきでは?」


 彼は表情を変えない。

 仕方ないか……。

 私は手をぱんぱんと叩き、ユーリアを呼びつける。彼女が銀のトレーにビロードで包まれた宝飾品を、私のそばまで持ってきた。そのひとつをつまむ。彼女のおでこがきらりと光る。生徒会長の顔色がみるみる変わりだす。


 「これは竜の血とも言われる宝石ドラジニアで作られたカフスボタンです。ふたつおそろいの物です。この宝石は永遠の愛情を互いに捧げるもので、婚礼にもよく使われています。これがあった場所が問題なのです」


 みんなの目が私を見つめる。


 「ひとつは生徒会長の隠し金庫にありました。もうひとつはハロルド殿下の寝室です」


 どよめいた。貴族たちは口々に言う。

 ハロルド殿下があんな者と……、まさか男同士で……、汚らわしい……。

 まったく下世話な人たちだ。私は生徒会長へ諭すように言う。


 「もう隠し事は止めにしましょう。あなたジョシュア殿下が好きなのでしょう? ハロルド殿下ではなく。このまま罪をかぶると、ハロルド殿下との痴情のもつれで殺したことになっちゃいますよ」


 この一言はようやく生徒会長に届いたらしい。


 「僕のもうひとつの顔は男妾なんだ。ハロルド殿下はそのお客さんだよ」

 「待て、兄上はそんなこと一言も……」

 「言えるわけないだろう、そんなこと。この国で同性愛は神に背く行為だ。死刑なんだよ」


 生徒会長がジョシュア殿下にすがりつくような目で見つめる。


 「ハロルド殿下は男色の罪をジョシュアにかぶせようとしていた。これをジョシュアの寝室に隠しておいて、あとで部下に見つけさせ、婚礼の前に失脚させる計画と聞いたんだ。だから僕は……」


 うなだれる生徒会長。握られた拳が白く染まっていく。


 「僕は汚れた身なんだ。僕はどうなってもいい。でも、ジョシュアに害が及ぶのは、なんとしても避けたかった」

 「ミハエル……」

 「まだ、名前で呼んでくれるのか。ありがとう、我が親友」


 私は手をぱんぱんと叩く。


 「友情ごっこはそれぐらいで」

 「ファルラ、お前さっきから……」

 「さて」


 私は深淵をのぞき込むように生徒会長を見つめた。


 「その計画は誰から聞いたんですか?」


 階下から「ちっ」という舌打ちが聞こえた。私は静かに叫ぶ。


 「ユーリア」

 「はい」


 返事をするのと同時に彼女が手を前にかがけて魔法陣を展開する。

 幾重もの白い文様が、光を巻き散らしながら面前に浮かんでいく。

 放たれたのは、赤黒い情念の矢だった。

 かなり強く鋭い。

 魔法陣が次々と破壊され突破されていく。

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