第3話 後編

 次の日、通話に出ると、画面には雲雀一士ひばりいっしとお父さんが横並びに座っていた。


「二人組のユーチューバーみたいだな」

 おもわず小鳩士長こばとしちょうが呟くと、雲雀一士に睨まれた。


「背後でうろうろするから、もう隣に座らせることにしたのっ!」


 どうあがいても、家の中にいる間はお父さんから逃げられないと判断したらしい。適切な判断だ、と小鳩士長は頷いた。


「こんばんは、お父さん」

「君にお父さんと呼ばれる筋合いはないっ」

 即座に叱られた。


「ところで、あれかね。君の出身県はどこかね」

 小鳩士長は、白すぎる城で有名な県を伝えた。


「遠い! だから、自衛隊なんてやめておけ、と言ったんだ! 警察なら、県内異動だけじゃないか!」

 お父さんは、真横に座る娘に怒鳴りつける。


「警察は嫌なの! お父さんがいるからっ」

 ああ、やっぱりお父さん、警察の人、と小鳩士長は妙に納得した。


「将来はあれか、やっぱり地元に戻って家を継ぐのか」

 お父さんが腕組みをし、小鳩士長に尋ねる。


「自衛隊にいる限りは、転々とするでしょうから……。あまり、そういったことは考えていません」


 今は圏内をうろうろしている程度だが、階級が上がれば、別の圏に出される。実際、小鳩士長と仲良くしている二曹は、北の国からやって来られている。


「なので、両親にも伝えていますし。家は妹が乗っ取りそうなので」

「そうか。ならば、安心だな」

 お父さんは、初登場以来、初めて満面の笑みを見せた。


「安心、って、なにがよ」


 雲雀一士がいぶかる。

 結婚しても、小鳩士長の実家近くには住まないだろう。ということは、自分の近くに住むかもしれない。だったら安心だ、の、「安心」なのだろうが、それを説明すると、お父さん自身が小鳩士長との結婚を認めたようで面白くないらしい。


「うるさい」

 お父さんは、一転、不機嫌な顔で唸った。


「おれも、雲雀一士を転勤で振り回すよりは、ひとところで……、例えば、雲雀一士の実家の近くに家を構えて、単身赴任するのも手かな、と考えたんですが」

 小鳩士長が言うと、雲雀一士が、やっぱり「何の話」と眉根を寄せる。


「果たして、お父さんと雲雀一士は仲がいいのかどうか。はたまた、大事な雲雀一士をその家に置いておくのは、大丈夫なのか、と一抹の不安が……」

「どういうことだっ」

 お父さんは激高した。


「何の話よっ」

 雲雀一士が悲鳴を上げる。


「おれと、雲雀一士が結婚したら、って話」


 小鳩士長が真顔で告げると、雲雀一士は、目を真ん丸にした後、一気に顔を真っ赤にさせた。


「ちょ……、だって、まだつきあって半年ぐらいだしっ」

「おれはいずれ結婚するつもりだったんだけど」

「それは……、嬉しいけど」

「よかった」

「うん……」

「ちょっとまてい! 父親の前でなにをやっておるだ、お前たちは!」


 お父さんは立ち上がり、地団太を踏んだ。


「認めないからな! お父さんは認めないからなっ!」

 画面越しに小鳩士長を指さした。


「もし、娘と結婚したいなら、このわたしを倒してから行け! お前、格技はなにをやっておる!」

「剣道です」

「何段だ!」

「三段です」


 ふふん、とお父さんは勝ち誇った。


「六段のわたしに勝てるかな」

「あの、毒ガス発生させてもいいですか」

「いいわけあるか、ばかもん!」

「じゃあ、火薬を」

「わたしを殺すつもりかっ」


 怒鳴りつけられ、小鳩士長は、にっこりと笑った。


「邪魔するなら、殺します。そして、お嬢さんをいただきます」


 高校時代の恩師譲りの邪悪な笑みを見、初めてお父さんは悟った。

 こいつ、頭がおかしい、と。


 そう。

 小鳩士長は黙っていれば好青年なのである。

 だが、彼は生粋の島津っこであった。


 基本的に、変なのである。


「もちろん、おれが殺害したとわからないような方法と、死体が発見されないような処理を行うつもりではありますが」

「恐ろしいことを言うなっ!」

「でも、そんなことをしたら、雲雀一士がきっと悲しむと思うので、やめます。お父さん」


 ぺこり、と小鳩士長は頭を下げた。


「どうか、雲雀一士との交際を認めて下さい」

 丁寧にお願いされてはいるが、デッドオアアライブである。


「小鳩士長……」

 雲雀一士は涙に潤んだ声で言った。


「お父さん、邪魔なら殺していいからね。私も加勢する」

「ひどい娘だな、お前は!」


 言い放ち、お父さんは画面越しに小鳩士長を睨みつけた。


「わたしは、まだお前との結婚を認めんっ。そしてそれは、他の家族も総意だっ」

「本当にぃ?」


 相当疑った顔で雲雀一士は尋ねたが、お父さんは無視した。


「もしもわたしが倒れたとしても、家族の中でわたしは最弱」

「え。最弱なんですか」


 小鳩士長は素直に驚いた。


「第二、第三の家族がお前の命を狙うだろう」

「お母さんとお兄ちゃんが、ってこと? えー?」


 雲雀一士が首を傾げた。


「首を洗って待っておれ!」

 お父さんは言うなり、画面からフェードアウトした。


「お母さんとお兄さんも強いのか? 警察官?」

 小鳩士長が雲雀一士に尋ねる。


「お母さんは看護師だから、そりゃ、注射で筋弛緩剤とか打ってくるかもしんないし、お兄ちゃんは消防士だから、火を使ったり水攻めかなんかしてくるかも」

 雲雀一士が可愛らしく小首を傾げて呟く。


 その顔を見ながら小鳩士長は小さくため息をついた。

 彼の恋の悩みは、まだまだ尽きそうにない。


 了

 

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【短編】小鳩士長の憂鬱 武州青嵐(さくら青嵐) @h94095

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