乗り越える記念日

ひなもんじゃ

乗り越える記念日


 放課後。夕方。わたしは現像した写真のフイルムを洗って干すため、化学準備室に備え付けられている暗室と廊下を往復していた。

 10月の終わりのシンクの水は嫌に冷たくて、まるで氷を触っているようだった。


「そういえばもうちょっとで誕生日じゃないですか?」


 わたし―――渡辺透は、先輩である我妻芒に言った。


 先日の撮影会で撮った写真のフイルム現像を一緒に居残りで手伝っていた。

 先輩はもうフイルムを干す作業に入っていて、ちょっと手持ちぶさたそうにしていた。

「そっかあ、誕生日かあ……ここ最近忙しすぎてすっかり忘れてたな」

「……それ、去年も忘れたーって言ってませんでした?」

「だって大会スケジュール的に選考会11月終わりだから今月には仕上げないと……。あと大体誰かの誕生日会と合同で、ってなっちゃうじゃん……」

「去年ってどうしたんでしたっけ」

「他校合同撮影会したあとに打ち上げしてそのあとの二次会が広崎さんと私の誕生日会ってことになった」


 ……そうだったっけ……



「それよりわたなべー」

「はいはい」

「そういや冬コミの原稿の修正、そろそろこっちに渡してね?」

 う。

「なるはやでやっときます……」

「りょーかーい」




「私さ、」

 少し間が開いた後、急にくぐもった声で先輩が言った。

「あんまり歳を重ねたくないんだよね」


「なんですか先輩、急に……」



「歳を重ねるのが怖くて、自分の誕生日を祝うのも祝われるのもすきじゃない……というか。誰かの誕生日を祝うのは好きなんだけどね」


「……去年思い出しましたけどその割には他校生にめっちゃたくさんその場で誕プレもらってうれしそうでしたよね先輩……」

「まあ、それはそうなんだけど……」

 広崎さんまでノリノリでなんかわーって盛り上がっていたけど。


 それはそうとして。


 先輩みたいな人は、常に才能を求められて、今がなくなると淡くきえてしまいそうな、そんな気はしている。



 そうか、誕生日がこわい……か。

 わたしは先輩と一緒に歳をとる瞬間を迎えられるの悪くはないんだけどな……



「そうだ、それこそいま一緒に写真とるとかどうですか」

「どしたんわたなべ。一緒に自撮り?ふふっ、急だな。いいよ」

「そーですよ。んーとじゃあ、今日は誕生日乗り越え記念日ってことで!わたし、手拭いてからスマホ取って来ますね!あっ、ここはちょっと暗いから……窓際で……」



 だって、写真を撮ることも、歳を重ねることも、生きて、出会って、この瞬間があるから。

 今日もわたしは時間を切り取って、写真を撮る。


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乗り越える記念日 ひなもんじゃ @hinamonzya

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