第7話 命を賭ける理由

粛然として何の音も聞こえない。


研ぎ澄まされた奇妙な静寂の中、山頂全体に空気の振動を感じた。


耳鳴りがする。


そう感じた蒼は、それが耳鳴りではなく音源が自分たちの前方に存在することに気づいた。


強烈な高周波だ。


自分の髪がそこに引っ張られる感覚を覚える。


中央の繭から微弱な静電気が辺り一帯に流れ、バチバチと青い光が発生している。


蒼は危険な兆候を察知し、作戦の開始を促した。


「部隊長、陣形展開は完了しています。すぐに作戦を開始しましょう」


「うむ」


蒼の提言を受けて、陸軍部隊長は口元の通信機を繋ぐ。


「小野田総司令。敵に動きがあります。予定より少し早いですが、作戦を開始しましょう」


「了解した。今援軍が向かっている。そちらへの到着は30分ほどかかる。頼むぞ」


繭の糸が一本一本ゆっくり、とてもゆっくりと、解かれつつあった。


それはまるで、目の前の兵士たちの一人一人を数えているように、蒼には見えた。





「総員、討伐作戦、プランAを開始する。砲兵部隊、砲撃を始めよ」


今回の神獣討伐任務では、4つの作戦プランがあった。


まずはじめは、周囲遠方からの無人戦車と固定砲台による多重砲撃のAプランだ。


オンタリオ陸軍師団の進軍が遅かったのは、兵器の運搬がその理由だった。


1km離れた遠距離からの、一方的な集中砲火。


これらを行うのは、鋼鉄製の無人兵器で、山の麓にある本部から遠隔操作を行なっている。


その戦車と固定砲台が全部で合わせて20機が、神獣周辺からの砲撃を開始した。


中央の繭は、たちまち爆炎と煙に包まれた。


兵装開発局は、今回の作戦のために多彩な武器を選別していた。


大質量弾、爆裂弾、大型絶縁性ゴム弾と岩石弾。


エリクシルを用いた様々な砲弾を、次々と浴びせ続けている。


中でも大型絶縁性ゴム弾と岩石弾は電気を無効化することもあり、効果が高いと予想された。


「砲撃、止め!!」


山の形を変えてしまうほどの集中砲火が1分ほど続いたあと、陸軍部隊長の声が響いた。




まるで空爆にでもあったかのように、濛々と立ち込める黒煙。


「これは流石に、死んだかナ・・・?」


黒煙がようやく晴れようとした時。


カッと強い閃光が走った。


空を裂くかのように、黒煙の中の神獣から光の柱が天へと伸びた。


それから少し後に、地面を揺らす落雷の轟音が遅れてやってきた。


蒼は音がした右の後方を見た。


先ほどまで砲撃を放っていた戦車が、落雷によって業火に焼かれている。


「こ、攻撃!神獣の攻撃だ!」


「問題ない。避雷針がある」


たった1発の攻撃で陸軍に動揺が走った。しかし、攻撃はさらに続いた。


気づけば山頂の上空には真っ黒な暗雲が立ち込め、一気に無数の落雷が周囲を支配した。


落雷の雨が兵士たちを襲う。


雷は戦車と固定砲台、そのほとんどを焼き払って行く。


落雷の対策として複数配置された避雷針による落雷の誘導は確かに効果があった。


しかし、それ以上の大量の雷が頭上に降り注いだ。


鉄の焦げ付きと、人間の肉が焼かれる異臭が辺り一面に立ち込める。


プランAで使われていた砲台の大半は神獣の落雷によって半壊状態となってしまった。


「総員、プランBに移行!爆炎エリクシルの使用を許可する!」


陸軍部隊長はこれ以上の砲台攻撃は難しいと判断し、プランBの歩兵射撃へと移行した。


中距離からの集中砲火が始まった。


落雷で陸軍全体のの8分の1ほどが負傷していたが、兵士たちの士気はまだ下がっていない。


瞬く間に練度の高い陣形編成が行われ、兵士たちは小銃の引き金を引いた。


「ふ、副隊長!神獣には攻撃効いてるんですかー!?」


「エルンスト、状況報告を」


「ハイ。硝煙で視認が難しいですが、効果は出てイマス。神獣の雷壁らいへきの消耗と、身体の修復を確認できてイマス」


「雷壁てオイオイ...」


「おそらく電子操作の能力を有しています。弾丸の運動エネルギーを、能力で相殺してイマス。電子によってC粒子へ働きかけているのでショウ。FOBです。操作のエネルギー源は、体内に有する雷エリクシル。神獣の神経系が雷エリクシルを起点として全身を構成されてイマス。また、再生エリクシルによる自己修復も同時に行なっています」


「エリクシルが体のどこにあるか分かるか?」


「少々お待ちヲ.....さらに複数からの情報収集が必要です」


エルンストは言い終わると同時に、背中のバックパックから小型ドローンたちを空中へ射出した。


射出されたドローンは変形を行い、浮遊しながら四方へと飛んで行った。


「ドローン、撃ち落とされねぇか?大丈夫カ?」


「避雷針付近で待機させ、最大望遠で分析を行います。破壊される可能性もアリマス。陸軍分析班との情報共有を行なっていマス」


「急いでくれ」


オスカ部隊員たちが話している傍で、陸軍と神獣たちの戦いは激化の一途を辿っていた。


落雷による陸軍の被害は増すばかりだが、負けじと一斉射撃を続けている。


プランAからBの作戦では、敵の情報収集を全隊で行なっている。


特に、後方で配備されている陸軍分析班はステルスドローンと索敵によって、突き止めた情報を常に全隊へと共有する役割だ。


分析班の情報は麓の本部のへと共有され、敵の弱点を見つけるために活かされている。


「ダメです。情報が足りません。もっと接近しなければエリクシルのエネルギー波を捉えることが困難と思われマス」


「そううまくは行かないか」


プランBに移行して、ジリジリと兵士たちは神獣への距離を詰めていた。


バツン。


神獣に200mほどまで迫ったところで、妙な音が周囲に響き渡った。


神獣を起点として周囲に円型の凄まじい衝撃波が吹き上がった。


同時に、周囲に浮遊していたドローン全てが途切れたように地面へと落ちた。


「な、なんだ」


「ん?通信が聞こえないぞ!?」


「おかしい、FOSが作動していないぞ。もしかしてこれは....」


周囲から銃撃が止み、一瞬の静寂の後、激しい落雷が瞬く間に落ちる。


兵士たちは、通信と防御兵装を失い、混乱に陥っていた。






陸軍部隊長は想像していた中でも、最悪の事態に直面してしまったことを悟った。


敵は、自分たちに追い詰められたのではなかった。


自分たちが罠に嵌ったのだと、瞬時に理解した。


「敵の電磁パルスにより電子機器が不能。さらに山頂の周囲一帯がクリーチャーに囲まれています!」


「通信復旧の見込みは?」


「急ぎ調べておりますが、時間がかかります...」


「各隊長に、伝令を伝える。陣形を立て直す!伝令兵を支給揃えよ!」


「はっ!直ちに!」


「まずは通信復旧、同時に退路の確保だ。焦るでない。各隊長と確実に連携をとれ」


「「「はっ!!!」」


「周囲のクリーチャーは後方を担当している12部隊の全員に対応させろ。砲台もそちらの対応に回せ」


幸いなことに、麓の本部との通信機器は無事だ。


蒼がいるところまでの距離には、電磁パルスは届いていないようだった。


陸軍部隊長は、本部との通信中で、援軍を急ぐようにと状況を説明している。


このままでは、状況が悪化する一方だ。


蒼の立場であってもそれを感じ取るのは容易だった。


少なくとも、神獣の攻撃範囲を狭めて陸軍全体を立て直すには時間が必要だ。


「切藤、周囲のクリーチャーは掃討したんじゃなかったのか?」


「まさかとは思うが、この時のために隠れていやがったのかな」


「なんて狡猾な奴なんスかね...」


「兵装開発局の嫌な予感ってのは当たるもんだな。オスカの装備だけ、きっちりEMP対策されてる」


「第01、02部隊で前に出る。宮永、03部隊は後ろで陸軍の退路を作って欲しい」


オスカ部隊長である3人は、状況判断を下した。


その意見は、見事に一致した。





「よし、腹を括るぞ」


蒼は後方へ振り返り、オスカ第01部隊全員の顔を見た。


「ここまできたら、やるしかありませんね。前は私と副隊長に任せてください」


「みなさーん、死なないように頼みますヨー?」


「タイチョー、砲撃は任せて!!銃身が焼けるまで撃つよ!」


「みんな、私が必ず守るから。絶対に死なないで」


全員に、覚悟を宿した眼差しを向ける橘。


その決意を見て、蒼も決心し、陸軍部隊長へと進言した。


「オスカ第01、02部隊。いつでもいけます」


「分かった。プランCへ移行しようと思っていたところだ。拘束兵器の準備をする」


「ありがとうございます」


「おそらく兵士たちのFOSが無力化されている。君たちに前方を任せたい。囲い込むぞ」


「「はっ!」」




陸軍部隊長の号令と共に、拘束兵器が神獣に射出された。


「総員、出撃する」


陸軍による拘束兵器で神獣の身体が固定されるのを確認し、蒼は隊員たちに叫んだ。


神獣までの距離は、およそ400m。その距離を一気に走り抜ける。


少数で構成されたオスカ部隊が、混沌とした戦場を駆けるのは簡単だった。


足元は雨でぬかるみがあるものの、オスカ部隊は俊足で距離を詰める。


「っ.....」


目前50mに迫ったところで、蒼は息を飲んだ。


家族の仇だ。


言葉に言い表せない、理由のわからない妙な確信が全身を貫いている。


身体中の血液が沸騰し、アドレナリンが駆け巡って凄まじい憎悪が湧いてくるのを感じた。


あの相貌。


忘れるはずもない。


自分を、家族を長年にわたって苦しめ続けた悪魔が目の前にいる。


夢で幾度となく見てきた、脳裏に刻まれた悪霊だ。


こいつが祖父を、父を、そして妹を。


俺の家族をめちゃくちゃにしたのか。


「隊長、A-F陣形に切り替えましょう」


橘の言葉にハッと我に返り、蒼は頭を作戦行動に切り替えた。


「総員、A-F陣形。A-1アタック」


遠距離攻撃陣形であるA-F陣形へと鮮やかに切り替わり、全員が銃器を構える。


「斉射!」


拘束具で身体を動かせない神獣に、弾丸の雨が降り注いだ。


着弾した瞬間。蒼は意外な手応えを感じた。


効果は低いと予想していた。しかしゴム弾による一斉射撃で、なぜか神獣は怯んだ。


全身が強張り、苦痛に喘いでいる。


「あれ?なんだかいけそうじゃないカ?」


「油断しないで。誘い込もうとしてるのかもしれないわ」


「エルンスト、あれどうなってるの?」


「電磁パルス、EMPを放ったことにより全身を覆っていた雷エネルギーが弱くなっているヨウデス。今のうちに攻撃を続けるべきデス」


「勝機はある。攻撃を続行。羽瀬倉、岩石エリクシル散弾装填。Bアタック」


「オッケーです!」


オスカ第01部隊は、入念な準備をしていた。


耐電フル装備、EMP対策、そして絶縁性の弾丸。


5人のフルメンバーで、対応策を練ってきたのである。


エリクシルを使うクリーチャーには必ず弱点がある。それは、エリクシルそのものだ。


エリクシルを失うと、必ず弱体化する。これはオスカ部隊員が知っている常識だ。


あくまでセオリー通り、堅実に弱点を突き、勝利への条件を揃える。


Fアタックまでの臨機応変な作戦を立ててきたオスカ第01、02部隊は、攻撃の手を緩めなかった。


「岩石エリクシル散弾、効果ありです!エルンスト、そろそろわかるでしょ!?」


「ツノの根元、額の中心デス。雷エリクシルの本体を確認。再生の方はまだわかりませんが、まずは宗方隊長、そこへ集中砲火ヲ」


「聞いた通りだ。01,02部隊総員、角の根元に弾丸を浴びせろ」


絶縁性の銃弾を浴び続ける体長4mの獣。


今度は全身を青白いプラズマで体を覆い始めた。


急に、周囲の空気が一気に引き寄せられる感覚を蒼は感じた。


「ガァアアアアアアアア!!!」


神獣の空気を裂くような咆哮。


「射撃止め!盾を----」


言い終えるうちに、神獣全身から全方位に向かって稲光が弾けていった。


拘束具を焼き削り、凄まじい速さの光球たちが周囲に放たれ、そして-----


「!?」


爆発した。この獣、どこまで------------


蒼は笑った。


なぜかわからないが、これほどまでの危機的状況の中で、妙な恍惚を覚える。


判断を少しでも誤れば全員死ぬ。


しかしそれでも、今まで感じなかった激しい感情のせいか、これまでの生涯を賭けるに値する敵に直面したせいか、蒼の戦意は微塵も失われなかった。


「隊長、ぜ、ぜろ2部隊が...」


「宗方、問題ない。少し負傷者がでたのみだ。それよりも---」


第02部隊長の切藤は早口に状況を伝えると、眼前の光景に苦い笑みを浮かべた。


「隊長。敵の懐からさらに敵が。虎型タイプ。6頭が神獣の懐よりこちらへ来ます!」


「オイオイオイオイ、こいつどこまで隠し球を持ってるんダーー??」


「切藤」


蒼は口元の通信デバイスで静かに言った。


「ああ、行け。虎型は02部隊が片付ける」


「任せる。01部隊は、02部隊の背後から10時方角へ移動し、A-N-2-B陣形。C-2アタックだ。混線を避けるため、02部隊との通信を一旦切る」


「うおーーマジカ!」


「後藤、私と前へ。エリクシルバースト、準備はいい?」


「いつでも行けます」


「総員、予定の通りで行く。決めるならここで決めたい」


オスカ01部隊はA-N-2-B、つまり近距離強襲型の陣形に変わり、突撃を開始した。



——————————————————————————-



「明日は、俺が差し違えてでも神獣を倒すつもりだ。おそらく、そうでもしないと勝てないだろう」


「…」


「もし俺が命を落とすことになったら、代わりに妹と母親に伝言を頼みたい」


橘は神獣に向かって走りながら、昨日のことを思い出していた。




「嫌です」


「…む?」


断られると思っていなかった蒼が面食らっていた。


橘は毅然として蒼の頼みを断った。


「そういう大事なことは、ちゃんと自分で家族に言ってください」


「だから、もしもの時のためだと」


「絶対に嫌です」


橘は嫌だった。


こういう、大事なことを人に任せて死んでいく人間が実は一番嫌いだった。


過去に何度も仲間に頼まれたのだ。


自分がその度に、遺族にどんな気持ちで伝えてきたのか。


そういうことを知らずに、まるで自分の命を何とも思っていない無神経さが嫌いなのだ。


そんなことを言うなら、何が何でも生き残ってほしい。


悪意がないことはわかっている。


それは切実な願いとしての頼みだということ。


しかし、それを理解した上で、それでも橘は嫌だった。


そんなものをもう背負いたくなかった。うんざりだ。


「死ぬ時のことなんて、考えたくありません。必ず生き残ってください」


「そんな簡単な戦いにはならない。犠牲は覚悟しておかなければ」


「それでも嫌です。なら、私が隊長を、みんなを守ります」


「あのなぁ」


「遺言なんて、絶っっっっっっっっっ対、聞きませんからね。では、また明日」


「お、おい。何を怒っている?そういえばさっき、明日確認したいことがあるって」


「忘れました」



——————————————————————————-



神獣に向かって駆ける橘は、盾を握る左手に力を込めた。


隊長に怒っていたんじゃない。


自分自身に憤っていたのだ。


私が頼りないから。私に仲間を守るだけの力がないから。


だからみんな死んだ後のことを想像する。


不甲斐ない自分が許せない。


本当は、そんなものを抱かせたくないのだ。


みんなが死ぬなんて想像ができないくらいの、堅牢な強さが欲しい。


どんな化け物が来ようとも、私がいるから大丈夫だって思ってもらいたい。


例えこの盾が、腕がちぎれようとも、いつだってみんなを守る。


仲間が死ぬなんて、もうたくさんだ。


「「エリクシルバースト!!」」


ついに、剣が届く距離まで接敵した橘と後藤が叫んだ。


神獣の背後両脇に、巨大な氷塊と鉄塊が同時に発生した。


神獣の目は後藤の盾に向けられている。


赫黒の盾の誘導効果は、わずかだが神獣にも効いているようだった。


「グルアアアァァァ」


ガキィン!!


蒼の斬撃が、左を向いている神獣の角に命中した。


しかし、硬度の高いベルゼラードでの刃でさえ傷すらつかない。


振り下ろされた神獣の長い角が轟音と共に蒼の左腕をかすり、後ろへ跳び退かせた。


掠った部分から血が噴き出す。


FOSで防いでもこの威力だ。左腕の機能がやや失われている。


そして神獣の赤い目玉が、ギロリと蒼に向けられた。

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