第5話 立ち塞がる門番

(早いッ!)


オスカ部隊が陣形を立て直すより早く、2匹の狛犬は後藤の盾へと突進した。


敵と盾がぶつかり合う苛烈な音が場に響き渡り、重さ10kg以上もある後藤の大盾が一瞬宙に浮いた。


「ぬおおッ…!」


咄嗟に横から振り抜いた橘の剣は宙をかすめ、2匹は瞬く間にオスカ後方へと走り去る。


今までで見たこともない速さだった。


あまりの速さに、狛犬たちの青い残像が尾をひく。


狛犬たちは後方の陸軍部隊へと突進し、炎と氷で兵士たちを瞬く間に蹂躙していった。


陸軍部隊を崩されると危険だと判断し、蒼は全速力で後方へと駆ける氷の狛犬を追った。


蒼の銃剣が、狛犬の首元へと迫ろうとした時、突然炎の狛犬の火炎ブレスで側面から妨害を受けた。


「くっ…!」


炎の狛犬へと刃を振るうも、今度は片方の氷ブレス攻撃を受ける。


まるでお互いを支えあうように、絶妙なコンビネーションで攻撃を捌く2匹。


炎と氷という2属性が厄介だった。


そしてその2属性が、雷同のごとき速さで向かってくるのだ。


どちらか一方であれば、氷か雷のエリクシルで撃滅できる。


決して大型で力の強い敵ではない。


しかしこの2匹の速い連携は、単純な力のぶつかり合いを超える、「場を支配する力」を生み出していた。






これほどの速さの敵をどう捉えるか。蒼は思考を研ぎ澄まし、反撃を模索した。


1匹は炎、もう1匹は氷。


橘が炎を処理し、蒼が氷を処理する。これが理想だ。


しかし、先ほどのようにどちらかがどちらかを攻撃すれば妨害に遭う。


二匹への同時攻撃も、現状ではあの速さに対して対応は難しいだろう。慣れるための時間が必要になる。


あの2体の速さが問題だ。速さを殺し、確実に仕留める方法。しかもいますぐに。


長期戦になると兵士の被害拡大は明らかだ。ならばどうするか。


蒼は考え続け、ある一つの対応策を思いついた。


蒼は後藤と橘、藤村を前線に残して後方に素早く下がった。


通信機ではなく、肉声で羽瀬倉とエルンストに指示を出す。


「羽瀬倉、捕獲用ネット弾は持って来ているか?鉄杭型が良い」


「えっ、あっはい。あります!」


「水エリクシルに換装後、あの2匹のいる所にばら撒け。奴らの足を止める。エルンスト」


「はい、なんでショウ」


オスカ部隊は全防衛の型であるD陣形を取りつつ、二人は蒼の作戦に聞き入った。


「ネット弾射出後、FOAを最大出力だ。塞いで奴らの退路を絶つ」


「最大出力だと半径50mで1分と持ちませんが、、ヨロシイデスカ?」


「構わん。十分だ」


「隊長、もしかして…あれをやるんですか?本気ですか?」


「無論だ」


「副隊長に怒られますよ??」


「時間がない。このままだと全滅する。俺が全ての責任を持つ。やるんだ」


「わ、わかりました!」






「総員、S-S陣形で散開!羽瀬倉がネット弾を射出して、奴らの足を止める」


耳元の通信機から蒼の指示が聞こえた。


「敵の動きが止まり、俺が合図したら、一斉に斬れ」


橘は先ほど蒼が羽瀬倉と口頭で何を話してるのか気になったが、なるほど、と納得した。


こういった素早い敵にはまずは捕縛が有効だ。


過去にも何度かこういった敵には遭遇した。


その中でも速力がトップクラスとなれば。


橘、藤村、後藤は散開して合図を待った。


後方にいる羽瀬倉からネット弾が射出後、エルンストはFOAを最大出力展開させ、狭い山道を覆う球体の膜を貼った。


FOA-Film of absolute defense-(絶対防御膜)。


この膜は、内側と外側どちらからもあらゆる物質も通さない性質を持っている。


オスカ部隊、陸軍、狛犬2匹全員を覆う青く透明な球体膜が形成された。


周囲の地面に打ち付けられた捕縛ネットに敵が絡まり始めた時、橘は蒼を見て目を疑った。


蒼は左手に持ち替えた銃剣ベルゼラードを長槍へと変形させ、エリクシル充電の強光を発動させている。


「まさかッ…!」


蒼は前へと駆け、地面へと長槍を突き刺した。


その瞬間、目が眩むほどのプラズマが周囲の地面へと駆け抜けた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


「……ッ!!」


嫌に響く狛犬クリーチャーたちの悲鳴。


まるで雷が落ちたかのように、洞窟内が眩しく照らされる。


橘の嫌な予感が見事に当たった。


「隊長!!」


水で濡れた鉄杭と捕縛ネットに、蒼の刺した電流は激しい音と光を立てながら流れていく。


そしてその電流は、蒼自身の体にも影響を及ぼしていた。


蒼の左腕は、武器を持つ手を基点として電撃による火傷を起こしている。


それは服の上から見ても明らかにわかる状態だった。


ベルゼラードは、雷エリクシル搭載型の複合液体金属無形剣ふくごうえきたいきんぞくむけいけんだ。


剣と呼称されているが、便宜上そう呼ばれているだけで実際は6種の武器に変形する。


銃剣、長槍…といった状況に合わせた武器へ任意に変形できるこの武器。


多種の武器特性を持つが故に、扱いが難しい、もはや宗方蒼の専用装備である。


そして雷エリクシルも、使用者が少なく扱いが難しい代物だ。


その理由は、今の蒼の惨状がそれを証明している。


雷エリクシルは、使用者の身体にも電流を与える事が多いため嫌う兵士が多い。


「今だ!」


「うおりゃあーー!!」


オスカ第01部隊全員の攻撃を受ける狛犬たち。


身動きが取れず、かつ電撃を受け麻痺状態にある狛犬たちはオスカの攻撃を正面から受けた。


一方的な斬撃により、辺り一面に狛犬の鮮血が飛び交う。


しかし、次の瞬間。


攻撃を受けながら2匹のとった行動は予想外のものだった。


お互いに開けた口を向け合い、火炎と氷結のブレスを正面からぶつけ合ったのだ。


ブレスが合体し、お互いのエネルギーが行き場を失いその場で巨大な暴風を発生させた。


まるで竜巻のようになった強い風は、周囲のオスカ隊員たちを吹き飛ばし、洞窟の壁面へ全員を打ち付けた。


羽瀬倉の打ち込んだネット弾もすべて飛ばされ、オスカ部隊は一気に窮地に追いやられた。


しかし、とっさの判断で地面に刺した長槍を掴んで凌いでいた蒼は、一人で2匹の狛犬たちの前に立ちはだかった。


左腕を負傷し、それでも右手で槍を抜き蒼は力強く構え、敵を見据えた。


狛犬たちも蒼を見て様子を伺っている。


「どうした?かかって来い。殺してやる」


蒼と狛犬たちは睨み合った。


狛犬たちは蒼のただならぬ殺意を感じ取ったのか、目の前の異様なオーラに踏み込めない。


場がシンと静まり返り、蒼が詰め寄ろうとしたその時。


「待ったせたなー!宗方よ!!」


「いやーホント申し訳ないっす」


前方の坂上から新たな2人の人影が現れた。


「…遅いぞ。切藤きりふじ宮永みやなが


「すまん!色々あって遅れた!さて、そいつを斬りゃいいんだよな」


ブン、と瞬時に消え狛犬の前に現れた切藤きりふじ 冴子さえこ、オスカ第02部隊隊長はすでに抜刀していた。


「ハハハ。オレの居合いをかわすか。なかなか楽しめそうな奴だな」


「すまん、あとは任せたぞ」


「おう。安心して休んでな。宮永!後ろ固めとけよ!こいつらは俺たち第02部隊と第03部隊が請け負う」


「はいはいー了解っすよー」


蒼は二人のやりとりをみて、安心して後方へと下がった。


「総員、無事か。無事なものは返答を頼む」


「後藤、無事です」


「エルンスト問題ありません」


まずは橘へと近づき、無事を確認した。


橘は盾でうまく衝撃を相殺していた。しかし、ダメージは受けたようだった。


「げほっ、げほっ、隊長、どうしてあれを...。あれは危険だからやめてと言ったじゃないですか」


「話は後だ。エルンスト、後藤。みんなを連れて後方へ下がる。負傷者がいる場合は運んで来てくれ」


「了解です」


「後方の陸軍も敵の掃討を完了したようだ。ここは02と03部隊に任せて一度下がる」



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その後。


通称狛犬と呼ばれた2匹のクリーチャーは、オスカ第02、03部隊の見事な連携により討伐された。


「お前たちがあいつらを大分削ってくれてたからな。オレたちは後片付けしたようなモンだったぜ。かなり弱ってた」


あとで02部隊と合流した蒼たちは、隊長である切藤にそう宥められた。


切藤にはそう言われたが、01部隊長である蒼は敗北感を抱いていた。


被害は大きかった。


狛犬によってオスカ後方の陸軍部隊は10名が死亡、12名が重軽傷。


幸いオスカ第01部隊は隊長である蒼が左腕の火傷。藤村と羽瀬蔵、橘が衝撃波による軽傷のみだった。


蒼の左腕はエルンストによって精密な治療が行われた。


全快、とまではいかないが任務に支障がない程度には左腕は回復した。


あそこで助けが来なければ、オスカ部隊は全滅していたかもしれない。


蒼はその事実を自覚していた。


あれは敗北と言ってよかった。


隊を率いるリーダーが、判断を誤ると人命を失うリスクが跳ね上がる。


かと言って、自分の判断が間違っていたとは思っていなかった。





狛犬たちとの戦闘があったその夜。


中継地点でオスカ第01、02、03部隊は、戦闘を終えて束の間の休息を取っていた。


久しぶりに会う同じオスカの仲間たちを労い、これまでの戦果を肴に盛り上がっている。


賑わっている宿舎前のキャンプテーブルで、一際盛り上がる席があった。


「宗方よォー。お前、今回もだいぶ無茶したんじゃねェかぁー?流石に一人で突っ込むとか笑っちまうぜ」


「お前に言われたくない」


「そう思うよなー橘くんよ。君もこんな無愛想な奴の下で大変だねぇ」


「わかっていただけますか?ほんと、なんでいつも危険なことするんですかね」


「危険なこともあるが、俺はちゃんと戦果のために判断しているぞ」


「はぁ」


「ガッハッハ」


蒼と橘の間に入り、二人を和解させようと努める切藤の前で、羽瀬倉と藤村は呆気に囚われていた。


「すごい、、超自然にあの二人の間に溶け込んでるゾ。なんなんだこの人....」


「というか、別に飲んでないのになんでこんな飲み会みたいなトークになってるんでしょう。切藤中尉すごいですね。コミュ力?」


「なんか、社長感あるよナ。宥められる上官を見る俺ら、これをどう受け止めたらいいんダ?」


「藤村軍曹!とりあえず飲みましょう!水を!」


「なんで作戦行動中はアルコール飲んじゃいけねーんだろうナー。意味がわからんよなー」


「だいたい、なんで第02、03部隊の皆さんは丸っと1日も遅れたんですかー!?」


「それー!!!」


羽瀬倉と藤村はなんとなくその場の勢いで切藤に質問した。


蒼と橘も「ほんとそれ」という目線で両端から視線をジロリと向けた。


「いや、周りの獣たちを狩りまくってたらキリがなくなってな」


「え?」


「神獣周辺、クリーチャー多すぎだぜ。けど多分狩り尽くしたぞ。100匹くらい。安心しろ」


「なんなんだこの人…」


「神獣討伐に専念できるようにしてやったんだろうが!細かいことは気にすんな。まじで明日は楽勝になってるはずだぞ!!」


「「それフラグですー!!!!」」


「あ、そういえばさっき聞いたんだが、お前らが苦戦してたあの犬っコロ。Bクラスだったらしいぞ」


「ファ!?」


日頃から抑圧されている生活をしているせいか、この日は隊員が羽を伸ばせる日となった。


橘は普段あまり見ないリラックスした隊員たちの顔を見て、一人で安堵していた。







1時間ほど経った。


蒼は一人、盛り上がっている部隊のキャンプを背にして煙草に火をつけた。


切藤のおかげで隊員の空気が明るくなっているのはありがたい。


しかし、内心ではまだ作戦進行のミスを今でも考えている。


Bクラスの強さを目の当たりにし、明日戦うであろうAクラスがどれほどの強さなのかを想像した。


物思いに耽っている時、通信機が鳴った。


プライベート回線。


着信は母親からだった。


「もしもし。母さん、どうした」


「蒼、仕事中にごめんなさい。あのね、実は、茜が」


「茜がどうした、何かあったのか」


「急に身体が悪くなって、今病院に運ばれて治療を受けてるの…」


母の声は、憔悴しきっている。


蒼は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。


「容体は?茜の様子は?」


「急に足が痛いって、言い出して。それから、熱が出てきて倒れてしまって」


「…そうか。わかった。母さん、気を確かに持って。大丈夫。茜のことは俺が必ずなんとかするから」


「なんとかするって、あんた、どうやって。お医者さんも、もう方法がないって」


「希望はある。俺たちが諦めたらダメだ。茜のためにも、俺たちがしっかりするんだ」


「……そう、ええ。そうね。ごめんね蒼。あんたにばかり背負わせちゃって」


背負ってるものなど何もない。


蒼は何かわからない熱いものが胸に強く込み上げてくる。


それは、こんなことをした敵に対する怒りか。


それとも、何もできていない自分に対する苛立ちか。


「母さん。もう数日したら家に戻るから。茜のそばにいてやってくれ。大丈夫。必ずなんとかするから」


蒼は気休めでもなんでも、とにかく希望を言葉にすることで精一杯だった。


希望を言葉にしないと、自分を奮い立たせることができそうにない。


その後、いくばくかの少ないやり取りのあと通話は終わった。


落ち着いていた先ほどとは変わり果て、今度は蒼が消沈していた。


妹の死が眼前に迫っている。


そして、助けるための希望を、すぐ目の前の敵が持っている可能性がある。


…もし神獣が再生のエリクシルを持っていなかったら。


蒼は嫌な妄想を振り切った。


どうしようもない。とにかく、自分の思う最良の方法をやりつくすしかない。


ガサッ。


その時、背後で人がいる気配がした。


「誰だ!」


周囲を警戒していなかった蒼は、焦って背後の人物に振り返った。


そこには、驚いた顔をした橘が立っていた。


「す、すみません隊長。明日のことで確認しておきたいことがあったのですが…」


気まずい沈黙が流れた。


橘の困った顔を見て、蒼は平静を取り戻した。


「ああ。明日のことか」


「はい、そうです」


「今の話、もしかして聞いていたか?」


「…すみません。その、聞くつもりはなかったのですが」


橘が普段はなかなか見せない表情をしている。


本当にそう思っているのだろう。申し訳なさそうに俯いている。


「どこまで聞いた? あぁ、いや、良い。聞いてしまったのは仕方ない」


「隊長のご家族が、ご危篤だということを。あの、大丈夫ですか?」


返答に困った。


なんと説明すればいいのだろう。


しかし、聞かれてしまった以上、もう隠しても仕方ないような気もした。


「大丈夫だ」


「そうですか」


橘はそれ以上聞かなかった。


蒼は、後から振り返るとこの時どうして自分が全て話したのか不思議だった。


きっと誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。


この時の蒼は、心がかなり張り詰めていた。


蒼は、自分の妹の寿命が残り少ないこと、そして神獣の再生エリクシルでもしかしたら助けられるかもしれないことを全て橘に話した。


橘は黙って聞いていた。


橘にとって、蒼とプライベートな会話をするのはこれが初めてだった。


「ーー俺がオスカを志願したのはそういう理由だ。事情は以上だ」


今まで話す必要がないので黙っていたが、蒼は思いの外スッキリした。


それもそのはずで、家族のことを話したのは上官以外では橘が初めてだった。


まさか橘に話す日が来るとは。


「隊長が...戦っていたのは、ご家族を救うためだったのですね」


橘はゆっくりと言った。


溜めていた息をゆっくりと吐いて、どことなく橘の表情が柔らかくなった。


「再生のエリクシルは、あると思います。必ず回収しましょう」


「あぁ。…そうだ、聞いてしまったのなら一つ頼みがある」


「? なんでしょうか」


蒼は神妙な顔つきで続けた。


「明日は、俺が差し違えてでも神獣を倒すつもりだ。おそらく、そうでもしないと勝てないだろう」


「…」


「もし俺が命を落とすことになったら、代わりに妹と母親に伝言を頼みたい」



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蒼と橘が話している野営地の真逆の場所に、別の人間たちがいた。


ひそひそと何かをやりとりした上で、手元で何かを書いている。


(おそらく明日決行になる。予定通りで進める)


(果たしてちゃんとうまくいくのかね?)


(スピード勝負だな。とにかく企業境まで出れば、もう追って来れない)


(よろしく頼みますぜー)


暗闇に紛れてほとんど見えない、音を立てない筆跡のみのやりとり。


ほんの少しのやり取りの後、その影たちは姿を消した。






















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