第4話 部隊の課題


「よし。それで行こう。良い突破案だ」


「待ってください。それでは後藤准尉が危険です」


「ありがとうございます橘副隊長。大丈夫です。先ほど説明した通り2重防壁です。副隊長のおっしゃる通り、防御としても堅さがあります」


「そうだけど....」


「み、みなさーン。もうけっこう距離詰められてるんだけど結局どうすんのー!」


「エルンスト、後藤、頼む。総員A-N-1陣形。後藤を先頭へ。エルンストは後ろに続け」


橘が納得いっていないのをよそに、蒼は作戦を開始させた。




「キィイイイ......」


先頭の後藤の盾の中央から赤い光が漏れ、金属が掠れるような音が前方に響いた。


盾の光に、クリーチャーたちが一斉に目を向ける。


後藤はオスカ部隊が来た道を塞ぐクリーチャーたちの前に立ちはだかり、敵を引きつけた。


1.5mの高さを持つ大型防御エリクシル兵装、赫黒かくこくの盾。


盾に搭載されている音響装置はクリーチャーの聴覚を刺激し、興奮状態にさせて引き寄せる能力を有している。


後藤は基本的にこの赫黒の盾をメインに使う、部隊の守りを担う者だ。敵の注意を引く一番危険な役目でもある。


先頭の敵が後藤に向かって追突する瞬間。


「エリクシルバースト!」


後藤の号令と共に、盾から巨大な無数の鋼が前方に向かって瞬時に形成された。


前方に群がって来た敵の上を覆い隠すように、後藤の足元から黒い鋼の橋が奥へと伸びる。


ちょうど敵を飛び越せる50mほどの距離。それはそのまま退路になった。


「今です!」


「総員、道を登って走れ。上から敵を突破する。しんがりは後藤と俺でなんとかする」


「後藤さんナイス!さすがっ」



「隊長、後方から火炎ブレス攻撃です!」


全員が鋼の橋を渡る中、後藤は盾を後ろに構えて声をあげた。


部隊全員が鋼の上を走ってそろそろ下の道へと降りようとしてた足元へ、たくさんの火球が飛んでくる。


クリーチャー体内の炎エリクシルで生成された火球だ。


後藤は10匹のクリーチャーから放たれる火球の嵐を盾で全て受け止め続けた。


すかさず蒼も、左腕の簡易シールドを展開して火球を防ぐ。


「後藤、全員が橋を離脱するまで、なんとか持たせるぞ」


「はい!」


ジリジリとオスカ部隊のいる方へと下がりながらもなんとか凌ぐ後藤。


しかし温度2000度を超える火球を支え続ける盾は、先ほど発動したエリクシルの影響で耐久性が弱まっていた。


熱で真っ赤に染まり、盾が溶解温度に達するギリギリまで追い込まれる。


そこへ、橘が颯爽さっそうと立ちふさがった。





「エリクシルバースト!」


凛と響く橘の声。


今度は、橘が構える左手の盾「コキュートス」が青白く輝いた。


まばゆい光が収束した刹那、一気に分厚い氷が盾を中心としてその場に構築される。


一瞬で、オスカ部隊とクリーチャーの間に巨大な氷塊ができた。


コキュートスに搭載された氷エリクシルを、橘が一気に解放したのだ。


透明な氷の向こう側に見える火球が、何度も氷壁にぶつかるがびくともしない。


「後藤准尉、隊長。すぐに離脱を。そんなに長くは保ちません」


「ありがとうございます副隊長。助かりました」


「総員、敵を引きつけつつ、戦線を一度離脱して後方部隊と合流する」


オスカ第01部隊はその後、後続部隊と合流した。


そして辺り一帯のCクラスクリーチャーを合同で掃討していった。



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「隊長、先ほどの作戦には意見があります」


合流ポイントへと戻ったオスカ部隊が、用意された仮宿舎で一息ついた頃。


橘は蒼に向かって進言した。


ちょうどその頃、蒼は後藤と話しており、藤村と羽瀬倉はすでに休息のためその場を外していた。


「なんだ橘」


「やはり最初の戦闘は避け、合流して作戦をはじめるべきでした」


橘はオスカが現場へ先行後、後続の陸軍部隊と合流してから作戦を行うことを初めから主張していた。


「陸軍と一緒に行動すると足が遅くなり掃討に間に合わなくなると、そう説明したはずだが。少数で敵の注意をこちらへ向かせる必要があった。逃げられたら厄介だ」


「戦闘を始めて包囲網を敷かれ、部隊が危険になったのは事実です」


「しかし、我々が敵クリーチャーをひきつけたおかげで、後続部隊と一帯全ての敵を取り逃がすことなく掃討できたのも事実だ」


「オスカは囮ではありません。クリーチャーを倒すための特殊部隊です。そのためには、選び抜かれた隊員の命は優先するべきです」


「クリーチャーを倒す特殊部隊であるならば、その目的を果たして戦果を立てるのが我々の役目だと思うが。手段として囮となってしまう時もある」


相変わらずどちらの意見も正しいな、と間に立つ後藤は考えていた。


二人の議論はまだ終わらなかった。


「後藤准尉はあのままでいたら、また以前のように負傷して戦線を離脱していたかもしれないですよ。どうして隊員のことをもっと考えて下さらないのですか?隊員が死んだら戦果を立てることもできません」


「盾が保たない場合、鋼もしくは氷で盾をその場に固定して、後藤だけを後ろへ下げることも考えていた。盾をあとで回収すれば良いからな。エルンストのFOAもある」


「もう少し早く判断していただけませんか。盾はすでに危ない状態でした」


「善処する」


橘は、蒼の全く聞く気がない冷淡さに我慢ならなくなっていた。


自分が仲間の生還の価値を話しているのに、淡々とそれを否定し、成果にこだわる。


その時、黙って聞いていた後藤が口を開いた。


「隊長、副隊長の判断がなければ確かに私は危なかったです。部隊全員を退かせる、見事な防衛でした」


「ふむ」


「副隊長、隊長はクリーチャー撲滅のために合理的な指示を目指しています。だからこそのオスカ部隊だと思います。私たちはその指示のもと、個人のスキルとチーム連携を磨いて生還し続ける。私たちに必要なのは、チーム練度の醸成じょうせいではないでしょうか」


「…」


「私がもっと赫黒の盾を使いこなし、機転をきかせていれば、危険なく注意を引いて後続部隊と合流できたはずです。そしてそれは、部隊全員に言えることです」


「そうね、後藤准尉。確かにその通りです」


「お二人が第01部隊の指揮と統制をとっていただいてるからこそ、これまでの戦果があるのです。さらに団結しましょう。無事討伐してみんなで帰るために」





その後、オスカ第02、03部隊と合流の手筈だったが、移動が遅れており明日の合流になると連絡が入った。


その日は神獣任務での初戦闘があったこともあり、夜は中継地点で宿泊となった。


オンタリオ社の軍施設は手が込んでおり、どんな場所でも1時間あれば仮宿舎を設営できる。


断熱性が高く、一部屋広さ24㎡ある宿舎でそれぞれの隊員たちは疲れを癒した。


これほどコンパクトで不自由ない生活空間を構築できるのは、オンタリオ社のエリクシル技術が非常に高いことが理由だ。


様々な場所で任務を行う陸軍は、エリクシルエネルギーによって宿舎を構築している。


火、水、電気、風、冷房、暖房...生活に必要なエネルギーを全て小さなエリクシルが賄っている。


最後は全て解体して輸送軍が回収するという運用方法だ。


これによって兵士の体調、安全、警備が強化され、少ない人員でも迅速に戦闘状況に対応できるようになった。


兵士を大切にするオンタリオ軍の技術の賜物と言える。


「明日は確かさらに奥の方へ進むんですよネー?」


「神獣の縄張りにかなり近いところまで接近しますね」


「ヒイィ...」


藤村と後藤、羽瀬倉は3人で宿舎中央にある焚き火前で夕食をとっていた。


周囲の警備は交代制で、いざとなれば戦闘に入れるように手元に武器を置いている。


「それにしても後藤の旦那よー、あの二人いい加減そろそろなんとかならんですかね。毎日あの感じだと流石にメンドいですぜ」


「きまずいですよねー。アタシもう大分慣れてきましたけど」


「そうですね」


「旦那が帰ってくる前は仲裁するの大変だったんですゼ。エルンストが仲裁に入るっていうね。ロボットに宥められてるから笑いそうになったゼ」


「あの二人は、大切にしてることが違うんですよね。目的が同じでもやり方が違う」


「そうなんですか?」


後藤は飲んでいたコーヒーのカップをテーブルに置き、静かに続けた。


「隊長は最短の合理性を重視する成果主義。副隊長は人命と安全性を重視する過程主義。任務達成という目的に対して、考え方が違うと思います」


「真っ直ぐと曲がってるみたいな感じですか?」


「アバウトすぎるだろ」


「ははは、わかりやすくいうとそうですね」


「なんか二人とも足して2で割ればいいんじゃないかなあ。歩み寄ればいいのにね」


「お二人はそれぞれ、おそらく背負ってるものが違うのでしょう」


後藤はもう真っ暗になってしまった夜空を見上げた。


暗黒の中、一際明るく輝く星の隣で、微かに光る小さな星が見える。


「まぁあんまり突っ込んだことは聞きませンが...訳ありな感じは漂ってるよナ」


「ただ、二人とも優秀な兵士であることは確かです。優秀すぎる人たちは、時としてぶつかるものです」


藤村と羽瀬倉は二人でキョトンとして目が合った。


「なんかもう後藤さんが隊長で良いんじゃないですか?うまくまとまる気がしてきましたよアタシ」


「それナ」


「いえ、私がやると保守的になります。宗方隊長だからこそこの部隊は真価を発揮します」


「まぁ隊長の強さがハンパないのは確かっすからナァ」


「宗方隊長の強さで引っ張り上げ、藤村さんと羽瀬倉さんが部隊を円滑えんかつにし、私と橘副隊長で支える、みたいな感じですかね」


「え、えんかつ?」


「二人とも優れた働きをしている、重要な隊員と言う事です」


「ヤダーもう、褒めるの上手なんですからー!超重要ですよねーアタシ!」


「なんて扱いやすいヤツダ」


「聞こえてますけどー???????」



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その翌朝。


オンタリオ陸軍とオスカ第01部隊、そしてヘルメス旅団の総勢80名は、神獣が住むとされる奥地へと進軍した。


別働隊80名は別ルートから進軍し、残りの40名はその間を予備の支援部隊として後方から進んでいる。


ヘルメス旅団の案内で途中までは深い森の中を進んでいたが、昼をすぎたあたりから高山帯へと姿を変えた。


フロートでの移動が難しい地形となり、隊員は徒歩での移動を余儀なくされた。


武装を貨物させているとはいえ、隊員は足場の悪い砂利の多い山岳に苦戦した。


ちょうど山の中腹に差し掛かった頃、先行している陸軍の斥候から報告が響く。


「前方、恐竜型、熊型クリーチャー多数接近!数は16以上!!上空に、翼竜型も確認!いずれもC~Dクラス!」


「こんの足場の悪い山奥で…マジスか…」


「総員、A-F陣形で構えろ。敵の数が不明瞭だ。残弾に注意しろ」


ちょうど最前線の陸軍部隊が敵との戦闘になった。


蒼がいる後方100mから見る状況からすると、苦戦を強いられているように見えた。


翼竜型の火球ブレス、空気を揺らす妨害の振動ブレス...と中距離に対して猛威を奮っている。


FOSを使用してなんとか凌いでいるものの、ジリジリとこちらへ前線が押されている。


陸軍はクリーチャー戦闘はもちろん対応できるが、オスカ部隊ほどではない。


理由は、主に兵装と経験の面がある。


陸軍は数で押し切る戦略のため、兵装の質がそれほど良くない。大量生産と運用のためだ。


エリクシル兵装もあまり普及していない。


一人の兵士に対して、銃撃を強化する爆炎エリクシルをせいぜい1つ支給されているくらいだ。


また、普段は数で敵を囲んで殲滅することを得意とするため、こういった特殊な環境や対空への対応を経験している兵士が少ない。


「前方上空、翼竜の羽を狙え。羽瀬倉、狙撃できるか?」


「おっ任せくださーい!」


羽瀬倉が息を止め、すぐさま前方80mの翼竜の右翼を見事狙撃した。


「動きが止まった。総員、あの翼竜に集中砲火だ!」



しかしオスカ部隊の善戦もあり、なんとか確認されたクリーチャーの半数以上は撃退し、少しずつ前線を押し上げていた。


陸軍は一人、また一人と重傷を負って戦線を離脱するものが絶えなかった。


今まで押し上げてきた前線の通った道に、負傷した兵士がまだ残っている。


早い救護を行わなければ危険な兵士もいた。


「兵士の数を失いすぎているな。残っているのは50名前後といったところか」


「ここを掃討できたとシテモ、神獣へたどり着いた時にはまずい状況にナリソウデス」


オスカ第01部隊は前に出た。


流石に蒼は痺れを切らして、前線を張る陸軍部隊長に進言した。


「部隊長、我々オスカ部隊が前線に出ます。我々がひきつけている間に負傷兵の救護を」


「おお、宗方大尉。すまん、助かる」


この陸軍部隊長が、面子よりも作戦を重視する人で本当に助かった、と蒼は思った。


合同で共闘する場合は、オスカ部隊は陸軍に疎まれることも多いのだ。


「後藤、橘。前に出て壁を貼ってくれ。赫黒で引き寄せ、敵をコキュートスの氷で固定させろ。その間に俺、藤村で敵を掃討する。羽瀬倉、爆炎エリクシルを散弾で前方奥側へに降らせろ。敵を前と後ろで分断させる」


「「「「了解!!!!」」」」


「エルンスト、我々の後方に前方型FOB(防弾膜)を貼れ。特に羽瀬倉の後ろをだ。翼竜に注意しろ」


「了解デス」


「部隊長、お手数ですが我々が陸を引きつけている間、陸軍は後方の空、翼竜の対応をお願いしたいです。陸へ近づけせないだけで良いです」


「わかった。後ろは任せてくれ」


「オスカ部隊、前に出るぞ。A-N-2陣形で突撃だ」


蒼の判断と采配により、オスカと陸軍は最速の連携をとった。


そのあとは蒼の指示した通りの展開となった。


後藤の誘導、橘の束縛、蒼と藤村での掃討、羽瀬倉の敵の分断、陸軍の援護と救護。


それらをすることによって、敵を10匹単位で数を着実に減らし、敵の加勢を防ぎ、負傷兵を後ろへ下がらせた。


戦況を俯瞰して見ていれば、こうした戦法を取ることはすぐに考えつくかに思われる。


しかし、前線に指揮官が張ってしまうと視野が狭くなることを、蒼は経験から知っていた。


この辺り一帯は山岳で足場が悪く、また、空と陸からの襲撃で注意が散漫になる。


一度指揮官を冷静にさせるためにも、後ろへ下がらせる必要があったのだ。


「ヒュー、こりゃ見事なモンですナ。さすが隊長」


「藤村軍曹、15時方向火炎ブレス!よそ見をしない!」


「総員、エリクシルの残量に気をつけろ!もう少しで神獣へたどり着く。余力を残せ」


「い、イエッサー!!」


「隊長!な、何ですかアイツ!」


急な羽瀬倉の呼び声で、蒼はそれを見た。


細く長く続く山道の先、坂の上に、2つの何かがいる。


蒼にとっては、初めての会敵かいてきだった。


坂の向こうに光る謎の光源を背に、その獣たちはこちらを睨み、ゆっくりと近づいてくる。


その姿は、一見たてがみを首回りにたくわえた、犬、もしくはライオンのように見えた。


しかし、かの百獣の王とは違って一回り小さく、そして青く煌々と輝いている。


たてがみが燃えるように青き光をまとい、緑色に泳ぐ双眸そうぼうたちはその場全ての存在に向かって不可視の威嚇を放つ。


1匹は炎、もう1匹は同じ青でも冷ややかな冷気を纏っている。おそらく、氷。


気づけばその場にいた数多のクリーチャーたちはその姿を見た瞬間、どこかへと逃げていき、風のように消えた。


まるでその配下のように。


場を支配している存在を畏怖するかのように。


「あれは、、狛犬こまいぬ?でしょうか」


「知っているのか後藤」


「ただの伝承ですが、別の大陸で聞いたことがあります。本物かはわかりかねますが」


「遠路はるばるこんなところへ良く来なすったナ...」


「総員、最新の注意を払え。A-N-2陣形で防御体勢。能力が未知数だ」


2匹はゆるりと身をかがみ、左右二手に分かれて一気に走り迫って来た。


























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