第8話 死闘

「ようやく会えたな」


何十年ぶりかの邂逅。


暗雲と冷たい雨の中、不気味に蒼く輝く巨影。


目で見えるよりもずっと巨大に感じる体躯に、不思議と恐怖は芽生えなかった。


少年の頃はうっすらとしか見えてなかった。


今はっきりと正面に立って見ると、どのクリーチャーにも似てない見た目に感じた。


真っ白な体毛に、鮮血の如く光る双眸。


顔は山羊のようで、額には大きな青白い角。


胴体は熊のような隆々とした巨躯。両手の爪は鋭利に伸び、禍々しく黒光りしている。


そして長く伸びる尻尾の先端には、気味の悪い蛇の頭があった。


過去の大戦で、とある企業が戦争の道具として生み出した人造生物。


クリーチャーには、人間への殺戮欲求が本能として組み込まれている。


人を殺すために生み出されたため、そう設計された。


今見ている真っ赤な目には、その殺戮という言葉が感じ取れた。


そして蒼も同じような目を相手に向けている。


ここで殺す。


蒼は、神獣の目を見て逆に冷静さを取り戻した。


まるで自分を鏡で見ているような気分だ。


自身の奥底まで冷水が流れていくように、敵を殺すために身体が最適化されていく。


なんのために眼前の敵を殺さなければならないのかの理由を、ようやく思い出した。


家族の仇を討つ。


しかしそれももはや詭弁だ。


この存在を抹消するためにこれまで生きてきた。


ただそれだけだ。


他のことなど、もうどうでも良かった。





「ぬぅ、、なんて膂力きょりょく...盾に傷が」


「…っ、電流で攻撃が弾かれる!」


「ミナサン、橘副隊長の方にはマイスナー効果で強い磁場が発生していまス。逆側の左翼を狙ってくださイ」


「簡単にいってくれるナァ、オイ!」


神獣の攻撃は苛烈を極めた。


四足から二足歩行の体勢になり、両手の爪を轟音を立てて振り回す。


加えて、額の2mほどある強い電気を帯びた角も同時に襲ってきた。


「藤村、エリクシルバーストだ。できれば顔を溶かせ」


「さっきから狙ってるんですケドねェエエ!危険すぎて間合いに入れねェっす。時間くれー!」


オスカ第01部隊は、神獣の猛烈な攻撃を前衛の後藤と橘の盾で防ぎ、その合間から攻撃するので精一杯だった。


神獣の周辺には、無数のプラズマと爪の刃が舞っている。


やはり雷を早くなんとかしないと勝機がないことは明白だった。


「羽瀬倉、角への岩石弾砲撃は常に行え。できるだけダメージを与えたい」


「やってます。やってますよータイチョー!けどこいつ硬すぎ!」


まさしくそのとおりで、後方からは的確な射撃が続いている。


しかしそれでも折れない。


そもそも傷すらつかない。


一体あの角は何でできているんだ?


「エルンスト、角の構成材質を調べろ。何か弱点はーーー」


「隊長、いったん後退して防御を!何かきます!!」


橘が言ったそばから神獣の角が青く光り輝いた。


そこへ全身のプラズマを集中させたかと思いきや、咆哮と共に一気に解放した。


「ガアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!!!!!」


「ぐっ…!」


強烈な閃光と共に、神獣の周囲に無数の落雷が発生した。


雷同のごとき速さでそれが起きたので、蒼はかわすという行動すら取れなかった。


「...........総員、大丈夫か!動けるものは返事を!」


蒼は眩んだ目を必死に慣らしながら応答を要求した。


しかし、数秒待っても応答がない。


「宗方隊長、スミマセン一部の回路がショートしました。しかしバイタルは全員生存を確認できてイマス」


「エルンスト、負傷してる者がいたら回収してFOA展開。後ろへ下がれ。神獣は俺が」


「隊長、私も動けます!私が盾になります」


橘の声を聞いて蒼は少し安堵した。


隊員たちを死路へと導いてしまった罪悪感が、わずかに払拭された。


「負傷は?可能ならエリクシルバーストで氷壁を作りたい」


「右手が痺れていますが問題ありません。隊長、私はここです」


蒼の右腕を橘が掴んだ。


ようやく目が慣れてきて蒼は間近で橘の顔を見た。


自分と同じく、裂傷だらけだったがまだ戦意は消えていない目だった。


「すまん、おそらく右目が使えん。右の視界はお前に任せる」


「はい。エリクシルバースト、あと1回ならいけます。スキュラと同時に最大出力で発動しま…くっ!」


言い終えるうちに神獣の追撃がきた。


爪での振り下ろしで橘と分断される。蒼は左によけ、右手でベルゼラードを構えた。


「宗方タイチョウ、角の材質はエリクシウムの可能性が高いです。根元のエリクシルが増強されてできたのがあの角と思われマス」


「どおりで硬いわけだ」


「第6の剣を使うべきデス。勝機はそれしかアリマセン」


「…わかった」


やはりこうなるか。


とっておきたかったのだが、やむを得ない。


ここで形勢を逆転させねば部隊が全滅する。


後方から第02部隊の合流は音沙汰もなく、部隊の半数が戦闘不能状態。


しかし、これを外せば勝機は限りなく無いに等しくなる。


失敗は許されない。


「総員、6つ目を使う。橘、神獣の周りにドーム型氷壁を展開後、後方へ下がって援護射撃。俺から離れろ」


「……了解、しました」


言うと同時に橘は盾を構えて神獣に突進した。


アレがくる。


本当は使わせたくなかったけど、もうやるしかない。


橘は、自分の思想と今の行動の矛盾を感じてはいたが、もう葛藤してる余裕もなかった。


部隊を全滅させる訳にはいかない。


絶対にもう誰も死なせたくない。だからこそ、これ以外に方法が思いつかない。


結局、やはり隊長に頼るしかないのだ。


この人の力がどうしても必要だ。


握る銃剣スキュラと右手を、絶対に手放さないように氷でガチガチに固定した後、橘は叫んだ。


「エリクシルバースト!」


神獣の前で一人盾を構え、右手の銃剣を天に向かって高々と掲げる。


銃剣スキュラの刀身が青白く光り輝き、周囲に水が爆散した。


「エリクシルバースト!!!」


さらに2度目。


盾、コキュートスの発動と共に、半径20m圏内の全てが凍りついた。


すでに雷雨で水浸しになっていたこともあり、もはやそこは氷の世界と化した。


神獣、岩石、草木、地面、空気中の水分さえ全て凍り、その場の時間が止まった。


そして神獣の周辺には今までの氷とは比較にならないほど分厚く、純度の高い氷塊の壁が形勢された。


ドーム型で神獣を覆い尽くしたそれは、金属にも匹敵する硬度で敵を封じ込めている。


橘自身も凍っていたが、身体に装備している熱エリクシルでその氷結は軽微だ。


水分はすでに十分確保できていたものの、やはりスキュラとの同時発動の方が氷を精細に構築しやすい、と橘は手応えを感じた。


一息もつかずに、瞬時に後退する橘。


同時に、それを見た。


「エリクシルバースト」


静かな発動と共に、キュィィン...という、剣の放つ高周波音。


そして膨大な熱量を伴う、純白の輝き。


低く体勢を構える蒼の両手に、周囲の光が集まっていた。


橘には空間すら歪んでいるように見える。


光がねじ曲がっているのかもしれない。


神獣との間合いが30mの地点で、蒼は体勢を低くして、剣を下に構えている。


一見すると奇妙な光景だ。


剣で斬るには、あまりに遠すぎる距離だ。


蒼は微笑を浮かべた。


「流石に、これは防ぎきれないよな?神獣」


蒼は煌々と輝くその剣、ベルゼラードを右下から左上へ大きく薙ぎ払った。






バシィイイイイィィィィン!!!!


とてつもなく長い光が、山頂を横切った。


まるで流星だ。


摩擦で燃焼した隕石の光球が、山を貫いていったように見えた。


しかし、それは途中で静止した。


橘には何が起きてるのかがわからない。


見ているものを率直に言えば、もう1つの流星がそれを食い止めて交差している。


「あ、あれは......もしかしてあれもルーグ光線...?」


「橘副隊長、違いマス。どうやらアレは神獣の尾です。尾の先端をプラズマのブレードとして隊長の刃を食い止めているようデス」


「隊長の光剣を、まさか止めることができるなんて」


マウンテン諸島の山頂は夕暮れから急に昼になった。


山頂中央、二つの光剣が鍔迫り合っている光景は、そこに太陽が生じたかのように眩しい。


ガギィイイイイイイ.....


真っ白に光り輝き交差してるその攻防は、轟音を立て未だ続いている。


蒼は驚愕のあまり一人声を上げて笑っていた。


おいおい冗談じゃないぞ。


氷壁ごと真っ二つにしようとしたが、まさか止められるとは思わなかった。


過去の大戦では、この光はルーグ光線と呼ばれていた。


ベルゼラード第6の形態、第4物質形態とも言われるこの光剣に、切れないものがあったことに驚嘆した。


ベルゼラードの光剣は、最大で50m伸ばすことのできる巨大なエネルギー刃だ。


もはや剣と言って良いのか疑わしいそれは、雷エリクシルで電子運動を操作し、極限にまで加速させた結果の産物だ。


電子は最終的に、光の素粒子である光子こうし(フォトン)にまで影響を与え、光子の加速によって物体を切断する。


理論上では、このエネルギー体に接触して壊れない物質は存在しない。


だがしかし、敵も同じものを使ってきたのだとしたら、話は別のようだった。


「はは、確かに。俺とお前はほとんど同じだしな。ぐっ...!」


じわじわと蒼の光剣が押し返される。


「大概にしろ」


神獣のブレードが蒼の眼前にまで迫った時、蒼はベルゼラードの出力を最大にまで上げた。


その瞬間、大きな爆発が起きた。


周囲のエルンスト、橘たちは吹き飛ばされた。


山頂は巨大な閃光と共に、大きな爆煙を上空に放った。




あまりの爆発規模に空間から音が消えた。


橘は、自分の耳が破裂したのかと思った。


光で目も眩み、耳も壊れて無音の最中、意識だけはなんとか保って上体を起こした。


隊長....隊長は...。


真っ白で何も見えない。


頭に響く耳鳴りがおさまらない。


しかしゆっくりと、5秒、10秒...とすぎていくうちに、視界の中央にぼんやりと人影が見えてくる。


ザッ、と目の前の地面に何かが刺さった。


よく目を凝らすと、それがおそらく神獣の角だということがかろうじて分かった。


視界の人影には左腕がない。


しかし右手は、紫に光り輝く何かを持っている。


耳が聞こえないので、声がうまく出せない。


だが橘は、言わずにはいられなかった。


「ぁ....い........ちょう....。た、いちょう。それは...」


「あぁ。取ったぞ。橘、あとは、再生のエリクシルを...」


言い終わらぬうちに、蒼はその場に片膝をついた。


我も忘れて橘は蒼の側に駆け寄った。


欠損した蒼の左腕から、おびただしいほどの血が地面に落ちた。


エルンスト、早く隊長の治療を!


うまく声の出ない橘はエルンストを探す。


急いで手持ちの止血剤を蒼の残っている左腕に挿した。


意識はまだある。しかしこのままだと失血死してしまう。


「橘副隊長、宗方隊長はワタシガ。急いで止血します。早く再生エリクシルの回収を」


よかった。エルンストがいた。背後からエルンストが寄ってきた。


そしてその傍らに、おそらく治療を終えた藤村と後藤もフラフラと駆け寄ってくる。


「ゲホッ、げほっ...神獣がかなり弱ってるっスね。今なら取り出せるカモ」


「羽瀬倉伍長は!?」


「大丈夫。後ろで横になってる。頭打って朦朧としてるけど生きてますヨ。後藤さんが爆発から守ってくれタ」


「橘副隊長、早く回収しましょう」


三人はエルンストに蒼を任せ、神獣へと近づいた。


神獣はもはや、角を失い、エネルギーを使い果たしたせいか弱った身体を再生させることに専念している。


その場にぐったりと座り込み、傷だらけの身体を支えて呼吸を整えていた。


橘たちが来るやいなや、神獣は残った長い尾を用いて攻撃してきた。


しかしその攻撃はあまりに弱々しい。


「ハッハッハ。よっくもやってくれたなーコイツ。そんなん効くかーい」


難なく攻撃を橘が防ぎ、藤村は長槍を構えた。


「エルンスト、再生のエリクシルはコイツのどこにあル?」


「腹部です。腹部のちょうど中央デス。四足歩行で腹を隠していたのでしょうね」


「ナールホド、よく見ると確かに光ってるじゃねーカ」


藤村は弱りきってる神獣の腹部の下が、微かに光ってるのを見つけた。


「それ、ガラ空きだ!」


グサっと言う音と共に藤村の槍が腹部に刺さった。


もはや神獣は悲鳴を出す余力すらなかった。


グッ、、と言う吐血と共に、藤村の横にいた後藤の盾に向かって左の大爪を振り下ろした。


盾に阻まれたが、神獣の爪はじりじりとその力を増していく。


それは、最後の力を振り絞ったためか、攻撃が後藤の盾を貫通する。


「なっ…!うおおおおおお」


爪先は予想以上に伸びていた。


盾を貫通し、そのまま後藤の右腕、胸部、左腕を切り裂き、さらに藤村までを削ごうとする。


後藤の鮮血があたりに吹き出した。


「めちゃくちゃだなコイツ!さっさと-------------------」


藤村は伸びてくる爪を半身を捻るようにかわし、槍を引き抜く。


「くたばれヤ!!!!!」


回転した体の遠心力を用いて、もう一度同じ場所へとさらに深く刺した。




長槍は神獣の背中近くまで突き刺さった。


藤村が槍のトリガーを引いた瞬間、神獣の背中から溶けた体液が大量に吹き出した。


「ア……ガ………」


超酸のエリクシルによって、神獣の背中が生臭い蒸気と共に骨まで溶けていく。


その光景をみた誰もが、この戦いの終わりを悟った。


藤村は手首をひねり、見事な手際で、腹部にある再生のエリクシルを槍ごと引き抜く。


空中へ放り出された、緑色に光り輝くそれを、左手でキャッチした。


「任務完了ォ〜っと」


神獣の双眸に光が無くなり、全身が崩れた。


尾の攻撃を防いでいた橘、そして負傷した後藤もその場に倒れた。


神獣を討伐し、雷と再生のエリクシルを回収完了。


重傷者2名、軽傷3名、故障1機。


オスカ部隊は、ついに勝利を手にしたのだった。





































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