第10話 譲れない姿勢

「さぁて、あんたらはこれを防げるのかねェ。ていうか当たったら剣溶けるんじゃね??あ、すでにその剣は液体か」


ニヤニヤと笑みを浮かべながら、刃を蒼に向ける。


銃槍アシッドマンは、刀身の内部が化学反応を起こして刃全体が鈍く光っている。


ジュゥゥゥという音とともに蒸気が立ち上り、刃が3倍に伸びた。


蒼は黙った。


このアシッドマンこそ、最も戦いたくない相手だった。


今までいろんな武装を見てきたが、殺傷力で言えばこの超酸こそが最強だ。


超酸と一言で言っているが、このエリクシルはフルオロアンチモン酸で構成されている。


フルオロアンチモン酸は、硫酸の1000倍以上の酸性度を持つ最強の酸だ。


極限にまで凝縮されたエネルギーをエリクシウムで内包しているため、物を溶かすスピードが従来の超酸とは桁違いに早い。


しかもこの超酸エリクシルは、人工的に生み出されたものだ。


つまり、量産が可能だ。


クリーチャーの分厚い皮膚、装甲、そして金属であろうが瞬時に溶かす。


さらに、溶解の際は毒性の高い蒸気を発生させる。


有効範囲こそ狭いが、当たった時のダメージは他の武器の比では無い。


避ける以外にどう防ぐのかをイメージできないのだ。


また、刀身から発生する超酸の液体・気体はFOSで防ぐことができない。


そのために、例え避けたとしてもそれが身体に付着した時点でもう溶解が始まってしまう。


防御は不可能。回避も難しい。


そんな武器はこのアシッドマンくらいだ。


攻撃力、小型化された槍での運用性、製造コストの低さ。


オスカ部隊の試験武装の中でも、アシッドマンが陸軍でのエリクシル時期量産武器として一番有力視されている。


だからこそ蒼は、ずっと頭の中でこれと対峙する際どう戦うかをイメージしていた。


それは自分以外の隊員たちも同様だっただろう。


これを人間から振りかざされた時に、どう対処するのかを。


間近で見ていた人間には、それほどの畏怖いふを与える武器だった。


「いつも思っていたが、なぜアシッドマンの所有者がお前なのかと疑問だったよ」


「まぁ、察してるとは思うがそういうことよな。よくこんな武器思いつくよなァ」


藤村は体勢を低く構え、右手のアシッドマンに力を込めた。


「隊長の身体の中はどうなってんだろうなァ。今から見せてやるよ。ヒヒヒ」


おそらく、兵装開発局のアシッドマン装備推奨者のデータを改竄したんだろう。


藤村がどこまでオンタリオ企業内部を操作できるのかは分からないが、蒼はそう感じた。確信はない。


戻ったら企業内部のスパイを徹底的に洗い出す必要がありそうだ。


ブン!!


蒼は突き放たれた槍をさっきよりも大きくかわした。


「橘、藤村がエリクシルバーストを使った。一旦俺から離れろ!」


蒼の背中合わせで戦っていた橘に、蒼がかわしたことでアシッドマンに当たってしまう危険性があった。


咄嗟に橘が6歩、距離にして5mほど蒼から距離をとった。


「エリクシルバースト!」


橘も銃剣スキュラを上に構え、発動した。


スキュラから発生した大量の水が、空高くへ一気に立ち上る。


その後、剣を振り下ろすと同時に、重力に引かれて水の塊が落ちた。


あたかもそれは、溜まった湖の水がそのまま地表へと落ちてくるようだった。


バシャアアアアという轟音と共に、突然発生した滝にヘルメス旅団員たちは飲み込まれていく。


橘は自分と蒼を巻き込まないように、水を円状に降らせていた。


藤村を含む一部の旅団員たちは円内部へと回避する。


「水も使いようだな。フッ、けどいいのかい?お前らの退路もなくなってるケドな!」


藤村は無数の刺突を繰り出し、蒼に攻撃の隙を与えなかった。


エリクシルバースト発動中のアシッドマンは、超酸の有効範囲の拡大、そしてさらに酸性が高くなる。


刀身は120cm、周囲50cmほどの範囲拡大でしかないのだが、その範囲に入っただけで超酸が付着する。


通常時と比較するとその範囲は5倍にまで膨れ上がっている。


この間合いで凄まじい速さで繰り出してくる刺突を、蒼はかわしきれなかった。


「ぐうっ…!!」


蒼の残った左腕に超酸がほんのわずかだけ付着した。


今にも失神してしまいそうな激痛。痛み止めが効いてるとは思えない痛みだ。


一瞬で左腕は骨すら溶解していた。


左半身の隊服も超酸の蒸気が当たってしまったためか溶け出している。


血を失いすぎてしまったせいで、蒼は意識を保つのもそろそろ限界だった。


足元の感覚がなくなりかけていて、目眩がひどい状態だ。


このまま戦い続ければ、おそらく自分は命を失う。


死ぬ覚悟はできている。


しかし、その前に絶対にあのエリクシルを取り返す。死ぬのはその後だ。


今ここで自分が倒れたら、妹は、後ろにいる橘はどうなる?


死んでも負けられない。ここで必ずこいつらを止めないといけない。


もう手段を選んでいる余裕はなかった。






「………できれば、これは使いたくなかった」


右後方へ跳び、間合いを6mほどあけて蒼はベルゼラードを変形させた。


藤村は一瞬目を疑った。


目の前で戦っている蒼の、ベルゼラードの刀身が突如消えたのだ。


この形態は一体どれだ?


今までに見たことのない状態だ。


「オイオイ。あんたの武器はまだ隠し玉があるのか?短剣、銃剣、槍、大鎌、溶解剣と光剣。それで6つ全部のはずなんだが」


すでに、向こうへと逃げている影村たちの後ろ姿は200mほど離れていた。


今すぐ追わないともう間に合わない。これで決める。


ベルゼラードは持ち手のグリップ、トリガー、エリクシル部分だけを残して霧散した。


蒼の周囲が暗くなり、キラキラと何かが漂っているのが見える。


幻覚でも見てるようだった。


ベルゼラードは液体金属を操る雷の剣。


まさかとは思うが、あの漂っている光るものがその液体金属なのか?


「行け」


黒い金属片たちが藤村へ突撃した。


藤村はアシッドマンを振り回し、それらを溶かそうとする。


「オイオイオイオイ。なんじゃこりゃ、金属の霧か!?」


ベルゼラード7つ目の剣。その存在を、隊員たちは誰も知らなかった。


ベルゼラードには6つではなく、正確には合計で7つの形態がある。


いわゆる、隠された形態があった。


第7の剣、気体剣。


気体レベルにまで細かく分解させた液体金属で、敵を攻撃する形態だった。


なぜこの形態が味方に共有されていなかったのか。


それは今回の事態のようなためだ。


軍の上層部が、過去の教訓から味方側の裏切りにも保険をかけていたのだ。


オスカ部隊の隊長たちにはそれぞれ、そう言った「味方も知らない」武装が存在する。


本来の軍規則では味方側の全員はお互いの兵装・能力を知っていなければならない。


しかし、味方全員が知っている透明性のデメリットを軍の上層部は憂慮した。


スパイがいることを想定し、敵に全て知られてしまうことをリスクヘッジしたのだ。




「うおおおおおお!」


もはやそれは大群をなす蟲だ。


極小の金属片たちが無数に藤村へと群がり、獲物を食い尽くすように攻撃した。


FOSで防ぎきれない極小の鋭利な切っ先は全身をズタズタにしている。


しかし視界すら満足に確保できない藤村が、一瞬だけ見えた蒼に向かって槍先を向けた。


予想外の行動に、蒼は反応が遅れた。


「死ねや!!!」


発砲音と共に、アシッドマンの刃が射出された。


普段は銃口として使用されてるそれが、刀身ごと蒼へと向かって放たれた。


ガキィイイイン!


鉄鋼が衝突しあう、骨にまで響くような音。


突如、人影が現れた。


蒼の目の前に躍り出た橘は、盾を構えてその凶刃きょうじんを防ぎ止めていた。


藤村は、槍の刀身そのものを爆発させて蒼に飛ばしたのだ。


「絶対に守るって、言ったでしょう」


コキュートスの分厚い氷と鋼の盾によってアシッドマンの刀身は防がれている。


しかし、ギギギギという音を立てながらその突進はまだ終わらない。


「ハッ、氷なんかで防げるかっつーの!」


「だから、」


橘は、咄嗟に右手の銃剣を左腕の盾に交差させた。


「絶対に、守るって、言ってるでしょう!」


盾の氷が蒸発した。


大量の水が辺りに飛び散り、氷の悲鳴は終わりを告げた。


「ラストバースト!!!!」


パキィン、という何かが壊れる音が聞こえた。


同時に地面が揺れる。


蒼は目を疑った。


眼前に突然氷山が現れた。


視界を覆い隠すほどの山だ。信じられない大きさだった。20mはある。


橘はエリクシルの最後の力を使った。


盾と銃剣のエリクシルは両方とも粉々に砕け、輝きを失った。


バァン!!という破裂音とともに、蒼の横を何かが通り過ぎる。


爆風とともに眼前に見えたのは、盾ごと腹部を貫かれた橘の姿だった。


銃弾として放たれたアシッドマンは盾を溶かし、さらに橘の腹部を貫通していた。


橘は盾でアシッドマンの軌道を逸らしたのだ。


そして背後の岩に突き刺さって動かなくなった刀身は、ようやく溶解をやめた。


「た、橘!!」


一瞬の間だったが、蒼には橘の身体がとてもゆっくりと、地面に倒れるのを見た。


おびただしいほどの血が、その場に流れる。


「は。あっはっはは。ザマァみろ!テメェらの負けだ!」


武器のコントロールを手放してしまったせいか、蒼の持つベルゼラードの気体剣は元の銃剣形態に戻ってしまっていた。


蒼は持っているありったけの止血剤を橘の傷口に投与し、止血を試みる。


しかし、朦朧とした意識と片腕ではなかなかそれが覚束なかった。


血が止まらない。


蒼と橘を囲うように、残った3人のヘルメス旅団員たちがジリジリと詰め寄ってくる。


「じゃあな、オスカさんよ」


藤村は倒された旅団員が落とした剣を拾い、蒼と橘へ近づいてくる。


応戦しなくては。


しかし、もう意識がーーーーー





「させるかっつーの!!」


ドォオン!という重々しい銃撃音が響いた。


突如、藤村の足元で爆発が起こった。


一瞬、何かと思ったが、すぐに蒼は深く安堵した。


この爆発は、蒼が見知った炎だ。


意識を失い倒れている橘の通信機から、羽瀬倉の声が聞こえたのだ。


「隊長!聞こえてたら、目を閉じて伏せてください!!」


目を伏せた瞬間、閃光が走った。


蒼のちょうど真上で、フラッシュグレネード弾が爆発した。


「宗方タイチョウ、橘副隊長を回収します」


蒼と橘を囲むヘルメス旅団員たちが目を眩ましている最中、エルンストがホバーモードで地表を走り2人を回収する。


「宗方ァ!!すまん遅くなった!再生と雷のエリクシルは・・・回収・・てる!今02部隊で・・安心ーーーーー」


「た・・・ちょ・・、藤村・・・・がなん・・」


声を聞いて安心したせいか、蒼の視界が暗転した。


蒼の意識はそこで途切れてしまった。



































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る