カテドラル・スタンス

尾形

第1話 獣を狩る者たち


この世で最も美しい人の在り方は、「高潔」だ。


毅然として気高く聳え立つ崇高な精神こそが、最も価値を持つ。



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荒野に一人、男がいる。


化け物たちを斬り殺している。


遠い丘から、その男を見ている軍人たちの声がする。


「あれが噂の隊長ですか?すごい強さですね」


「あそこの部隊が、陸軍で最高討伐数を記録しているらしい」


「対クリーチャー用の特殊部隊、でしたかね。名前はオスカ部隊」


「オスカ第01部隊はすでに今年に入って1000頭以上討伐していると聞いています」


「そうらしいな」


1人の男が目立っているが、よく見ると他にも4人ほど人影が見える。


「班編成、5人であの強さ。30人の小隊で1000ならまだ理解できますが...」


「支給されてる装備も違う。エリクシルの格が違うからあの強さが出せる」


「1000頭以上狩っているのは、ほとんどあの隊長なのでは?」


失笑しながら、軍人たちは眼下にいるオスカと呼ばれる部隊を眺めている。


「我々の加勢は必要なさそうだな」


「そうですね」


「部隊長は確か---」


鬼神の如く敵を屠るその隊長は、丘の上の軍人たちに視線を向けた。


宗方むなかた あおいって名前だったかな」





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オンタリオ社陸軍対クリーチャー特殊部隊「オスカ」第01部隊は、荒野にいた。


隊長である蒼が持っている銃剣が、大鎌に変わった。


液体金属が大鎌に変形しているのだが、何度見ても奇妙な武器だ。


瞬時に変形した大鎌で、音も無くクリーチャーの首を切り落とす。


人間ではなく、まるで機械の動きだ。


副隊長のたちばな 涼香すずかは、そう思った。


混沌とする戦いの中で、今日も蒼の強さが一際目立った。


唖然とする暇もないまま戦闘は続いた。


オスカ部隊は対クリーチャー戦において、銃撃でこれまで対応してきた。


しかし、度重なる戦闘で弾薬も尽きかけてきており、近接戦闘を強いられていた。


蒼の的確な指示に、後方の隊員が答える。


「任せてタイチョー!!」


「やよいヨォー、頼むから俺らを巻き込まないように頼むゼ。ホントにな。振りじゃないからなコレ」


「オッケー!!」



後方の隊員は、銃火器をサポートメカであるエルンストに載せ、照準を合わせた。


エルンストは脛から4つの鉄杭を大地に穿ち、固定する。


「やよいサン、準備OKデス」


「爆炎エリクシルに換装完了。砲弾装填、パワー充填まであと5秒ー!」


威勢の良い大声が響く。


敵が向こうの岩崖から前方に集まってきた。


「うりゃーーーーー!!!!!!!!」


薄暗かった荒野が凄まじい爆発で照らされ、大地が燃え上がった。


ビリビリとした空気の振動。衝撃波が周囲を走る。


焼身し、暴れている敵に蒼は1人で突進した。


その背後を橘が追従する。


土煙の中、敵を切り裂く蒼と橘の攻撃と共に、後ろの隊員は長槍で援護する。


蒼は、最前線でひたすら敵を殺し続けた。


火炎に照らされた薄暗い荒野で、隊員たちが獣たちを狩っていく。


瞬く間に30頭はいたであろうクリーチャーを薙ぎ払うと、荒野に静寂が戻った。


「大概にしろ、化物ども」


最後の一頭の断末魔が、納刀の後に長くこだました。




「……ふう」


5名の隊員たちはそれぞれ周囲を警戒しつつ、隊長である蒼の付近に集まってくる。


「掃討作戦は何度やってもキリがないな」


「タイチョー、今のはすごい上手くいった!!大分連携が良くなったよ」


「今の感じはよかったナ。やれるもんダ」


「確かに」


蒼も隊員の言うように、部隊の練度が上がってきてることは実感していた。


「宗方タイチョウ、右腕を見せてクダサイ」


エルンストが蒼の右腕に裂傷があることに気づき、手当を始めようとした。


「ん?あぁ。まだとどめを刺していない奴がいるから、少し待っていてくれ」





橘は少し離れたところから、隊長である蒼の背中を訝しげに見ていた。


蒼はまだ息のあるクリーチャーたちを、歩きながら念入りに殺して回っている。


銃剣を頚椎に突き刺し、一匹ずつ。


放っておけばいずれは死ぬだろうが、蒼はいつも戦闘の最後は念を押す癖がある。


的確な判断ではあるが、橘はその癖があまり好きになれなかった。


橘はそこでふと気づいた。


薄暗いので今まで分からなかったが、よく見ると背中や左足にも血が滲んでいる。


今まで全く気づいていなかった自分に、橘は内心驚いた。


「隊長が傷を受けるなんて珍しいですね」


橘は皮肉を込めて言った。


「この程度、傷のうちに入らない」


「危険なので、隊長が前に出ることはもう少し控えていただきたいです」


「必要な場合もある」


「はぁ、そうですか」


何度も続けてきたこの応酬。


危険な行動をするリーダーについていくことには、我慢できない怒りが湧く。


橘は心底うんざりしていたが、やはり苦言を呈さずにはいられなかった。


蒼が橘の助言に耳を貸すことなどほとんど無いと分かっていても、だ。


蒼は空に雲がかかり始めていることに気づいた。


空気が少しだけ湿ってきている。


「エルンスト、これは雨がくるか?」


「はい。20分後に降水確率80%です」


「わかった。よし、基地に戻って今日の報告書をまとめる」


「今日で50は狩ってましたぜ。俺ら超働いてますわ。給料増えねーかナー」


隊員は大きく伸びをして、長槍を背中に収納した。


「早く帰ってメシにしましょーゼ〜。半日ずっと連戦はマジで無理っス」


「さんせーさんせー!」


「今日は狩ったやつのシチューが出るという噂らしいゾ。どんな味なんだろうナ」


「うげ、、、なんですかソレ…」



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「-----世界では5つの企業がこの世界を統治し、なんとか均衡を保っています。8年前の企業間同士での大戦の結果、大量の兵器クリーチャーが野放しに。彼らは無秩序に繁殖し、人類を脅かす存在になりつつあります」


基地に帰って隊員たちと食事をしていた蒼は、ニュースを聞いていた。


「大戦の後すぐあたりに、違う戦争もありましたよね?テレビ中継見てましたよ」


後方支援をしていた羽瀬倉はぜくら やよいが、食事をしながらテレビを見て無邪気に話す。


テレビの立体映像には、淡々と世界情勢を話すニュース番組が見える。


「まさか自分が、そういう場所にいく仕事をするとは思ってなかったですけどね。隊長はそのへんの時もう軍人だったんですか?」


「あぁ。その頃は企業境きぎょうきょう警備とかしてたな。敵の数が多くてかなり大変だった」


「隊長も手こずる時があるんスね。強すぎて俺らには無敵に見えますガ」


「アハハ、アタシも想像できないや」


「お前らなぁ」


「あれ、けど企業境警備って、企業境警備軍がやるんじゃないんですかネ?」


「あの頃は人が足りなかったから陸軍も駆り出されたんだ」


「へぇーそんなこともあるんスねぇ」


今いる地方は、首都から海を隔てて東にある荒野で占められた場所。


ちょうど北にある別企業との企業境がある所である。


この世界では、国という枠組みが解体され、今では企業が世界を統治している。


国境と呼ばれていたものは、企業境と呼ばれるようになりすでに数十年が経過した。


オスカ部隊隊員たちは、荒野の野営キャンプ基地で食事をとっていた。


分厚いテント内の食堂は、地面にそのままテーブルや椅子が並べられている。


どんな過酷な環境下でも、軍務をこなす義務を象徴するような風景だった。


「副隊長も大戦の頃大変だったんですか?」


「私はまだ士官学生だったわ」


「あの時と比べたら、今は企業のいざこざも無いから人間同士は平和ですがネー」


「アタシは武器をぶっ放せればそれでいい!」


「戦闘狂かこいつハ……」


「今何か言いましたかぁ〜〜??」


「静かにして」


「だいたい、アタシは武器好きだからですけど、なんで藤村軍曹は軍人になったんですかっ!?」


「お前何もわかっとらんな?企業直属の公務員は、この世でもっとも安定してる職業なんだゼ?金も良いし職も失わんのだ。知らんのかねお子様よ」


「そのくらいアタシも知ってますぅ〜〜〜!」


「やめなさいと言ってるでしょう」


橘の氷のような声が場を静めた。


鋭い目線で藤村と羽瀬倉を睨みつける。


「ご、ごめんなさい副隊長...」


「やだナー副隊長。冗談ですよ、冗談」


隊員たちの話を聴きながらテレビを見ていた蒼は、この数年間を思い返した。


特に、技術発展の早さについては思わずにはいられなかった。


目の前に映るテレビには、かつて電気供給するために存在していた配線がない。


配線で電源に接続して見てたテレビも、今では小さな石一つで稼働している。


その石は、「エリクシル」と呼ばれていた。


石は宝石のごとく輝き、昔から市場で取引されている。


その石の中にエネルギーが存在することを、とある科学者が発見した。


その石から、10年前に初めてエネルギーを抽出することに成功した。


エネルギーを専用の変換器によって抽出し、人が使う。


その方法が確立し、変換器が量産されて市場に出回ったのはつい5年ほど前だ。


人々の生活のほとんどはエリクシルによって賄われた。


自分たちが所属する企業の領土はとても小さい。


他の大企業と肩を並べていられるのは、このエリクシル技術のおかげだった。


かつて石油や天然ガスなどのエネルギー問題で争っていた世界に、全く新しいエネルギーが登場した。


それは、新たな争いが生まれることを意味していた。


「あちゃー、またやってますよホラ。エリクシル鉱脈地を巡る企業間の抗争。こんな掘り尽くしてこの星は大丈夫なんスかねぇ」


「最近この手のニュース増えたな」


「エリクシルの枯渇はここのところ懸念されてマスネ」


「恩恵に預かっているオレらが言えたことじゃねーけどナ」


「アタシらの武器に使ってますよね。無くなったらヤバイじゃん。どうすんの?」


「エリクシル無しでの戦い方も、もっと訓練が必要かもしれないわね」


「雷エリクシルで動いている、サポートメカのエルンストはどうなるんですか?」


「外部電源とつなぐ、充電式になるんじゃないかしら」


「ソウデスネ。ワタシには一応予備バッテリーがついてます。充電が可能です」


「ふーん、そうなんだ。エルンストの武器もそろそろ改造したいねー」


「ほんとブレないなコイツ」


「フッフッフ。アタシはオスカ01部隊全員の武器のことだって細かく知ってます」


「いやいや、当たり前だろ。連携できねーっつーの」


「藤村軍曹嫌い」


基地での食事が終わった後、隊員たちは設けられた宿舎にそれぞれ帰った。


宿舎に戻った蒼は、疲労が溜まっていたせいかすぐにベッドで眠ってしまった。



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「……っ」


汗だくの姿で、蒼は目を覚ました。


時刻を見ると夜中の12:00を指している。


蒼は、またか、とため息をついた。


またいつものあの夢を見た。


幼い頃に見た光る獣の夢。家族の命を奪った恐怖の化身。


もう18年も前の記憶なのに、いまだに鮮明に脳に焼きついている。


俺は奴と一生を共に過ごさねばならないのか、と蒼は半ば諦めていた。


その時、ベッド横にある通信端末が光っていることに蒼は気づいた。


どうやらメールがきているようだった。


「指令:Aクラスクリーチャー討伐任務」




























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