最終話 回帰する心


「橘涼香さんはつい先ほど退院しましたね」


いつものように橘の病室に来ていた蒼。


しかし部屋が空室になっていたことに気づき、病院の受付に来ていた。


そういえば橘が今日退院しますって言っていたような気がする。


「そうだった…」


しばらく自分の記憶力に呆れていた自分に対して、受付の人が続けた。


「あ、すみませんそういえば。橘さんの忘れ物が見つかりまして。ご本人と連絡が取れず困っていたのですが、宗方さんからも連絡していただけないでしょうか?」


「忘れ物?」


「はい。こちらのネックレスなのですが」


綺麗な形をしたロケットネックレスだった。


橘がこういったものを身につけていたことは知らなかったが、どうやら本人の私物のようだ。


「先ほどからご本人に電話をかけているのですが、繋がらず困っております」


「自分からも連絡してみます」


軍の個人回線を使用することは少し躊躇われた。


しかし、もしかしたら重要なことかもしれないのでそれで電話することにした。


というよりそれしか連絡手段がない。


「….はい、もしもし隊長、どうかされましたか?」


橘涼香本人への電話は問題なくつながった。


「休暇中に申し訳ない。実は今病院に来ていてーー」


蒼は病院で忘れ物が見つかったことを告げた。


「あー、すみません、ちょうど今家族で料理中で手が離せなかったもので...。ネックレス、私のものです。よかった、失くしてしまって今探していたんです」


「病院で預かっている。問題なければ俺が預かって来週の軍務の時に持っていくが」


「そうですね、そうしていただけーーーー」


「宗方さん!?あら、ありがとうございます〜!」


「ちょ、ちょっとお母さん」


通話しているところに橘の母が急に割り込んできた。


通話は画面越しのスピーカーモードで話していたため、どうやら会話が聞こえてしまっていたらしい。


何度か会ったことはあったが、こうして橘の母親と話すことに蒼は緊張した。


「涼香、せっかくお休みだったらうちに来ていただいたら?一緒に食事でもいかがですか?宗方さん。いつも涼香がお世話になっております」


「な、何言ってるのお母さん。隊長の迷惑になるでしょう…!」


「ええ〜?そうなの?宗方さん、家はその病院からすごく近いんです。ぜひお礼をさせていただけませんか」


「え、えーっと…」


母親の勢いがすごくて蒼はたじろんだ。


こういう場合。どう返答すべきなのだろう。完全な奇襲を受けた気分だった。


「隊長、すみません、気にしないでください。母はいつもこういう人なので…」


「こら、涼香。宗方さん、いつもお見舞いに来てくださってたのに失礼でしょう。というか、ちゃんと紹介しなさい」


「ち、ちょっと待ってってばお母さん」


橘家の論争が始まっていた。


蒼はしばらくその悶着を聞いていたが、おそらくこうするのが一番だろうと思える判断を下した。


「わかりました。もし良ければ今からそちらへ伺います」





橘家は、母親の言う通り軍病院から10km離れたとても近い場所にあった。


突然、部下の実家へ来ることになってしまい、蒼は妙に緊張した。


何を話そうか…と考え始めていた。


娘さんの命を預かっている身でもあるので、こうして親族とちゃんと話をしておくのは、正しいことではあるように思える。


そもそも、自分は命を救われたのだ。


橘は、自分の身を犠牲にしてでも宗方蒼を守ってくれた。


そのことに対して、ちゃんと謝罪を親族に伝えるべきだ。


本来なら、自分は橘の親から歓迎ではなく非難される立場のはずなのだ。




蒼は到着して驚いた。


橘の実家は、いわゆる孤児院だった。


外観は教会のような見た目をしており、何十年も経った古い煉瓦造りの家だ。


見た目こそ古いが綺麗に手入れがされており、どこか温かさを感じる。


玄関ベルを鳴らす前から、家内からたくさんの子どもの声が聞こえて来た。


「あ、宗方さんですね。お話は伺っております。どうぞ中へ」


孤児院には女性の受付の方がいて、すぐに中に通された。


ここは家族経営なのだろうか。住居と職場が一体化しているような構造だ。


受付の人の後ろをついていくと、ちょうど子供たちが遊んでいる場所にきた。


「すず先生ー!これみてよ僕が作ったんだ。すごいでしょ!!先生にあげる」


「わあ、すごいわねー。ありがとう陸くん」


「すずせんせいは私と遊ぶのー」


子供たちに囲まれて、大人気になっている橘涼香がそこにいた。


蒼がいつもみている、厳格な雰囲気ではなかった。柔和で穏やかな表情だった。


「せんせい、あの人だれ〜?」


「もしかして先生の彼氏?」


「え?」


目が合った。


橘は「しまった」という顔をしている。


蒼と橘はお互い苦笑いをした。


「ね、姉さん。隊長が来たら呼んでほしいって言いましたよね」


「ええ。だから呼んできたわよ」


「あの、そういう意味じゃなくて…」


どうやらこの受付の人は橘の姉らしい。なるほど。どうりで少し外見が似ている。


「すず先生の彼氏なの〜?かっこいい人だねー」


「こら。ち、違います。隊長、すみません、ではこちらへどうぞ…」


「お、おう」


「宗方さん、どうぞゆっくりしていってください」


橘の姉はにっこりと笑い、そのまま受付に戻っていった。


蒼は橘と一緒にダイニングへと向かった。





「あら〜〜宗方さんようこそいらっしゃいました。ご足労ありがとうございます〜!」


「こんにちは。こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます」


「…」


橘の母親は、病院の時とは打って変わってとても明るかった。


蒼のイメージでは橘家はもっと厳粛な家なのかと身構えていたのだが、どうやらそれは杞憂のようだった。


それにしても子供と遊んでいるところを見られたのが気まずかったのか、橘はずっと先ほどから黙って俯いている。


「こちら、病院でお預かりした忘れ物です」


母親のいる手前なので、少し堅苦しかったができるだけ礼節を弁えて橘に渡した。


「ありがとうございます、隊長…」


「あら涼香、なんだかやけに今日は緊張してるわね。娘はいつもこうなのですか?」


「涼香さんは、いつも冷静に部隊を統率しています。素晴らしいリーダーです」


「……」


蒼の気のせいだろうか。


橘の顔がすごく赤くなっている、ような気がする。


母親のいる手前、部下の良い点を伝えたつもりだったのだが。


そういえば自分が橘の長所を褒めるのはかなり珍しい。


橘家の料理はとても美味しかった。


蒼にとって実家以外の家庭料理を食べるのは貴重な経験で、感動を覚えるほどだった。


「私は、涼香さんを命の危機に晒してしまいました」


食事をしていた3人全員の手が、蒼の言葉によって止まった。


「彼女は私の命を、自分の身を犠牲にして救ってくれました」


「隊長…」


「今日はその謝罪を伝えたく、ここへ来ました」


蒼は橘の母親の目を真っ直ぐに見た。


橘の母親は、どこか神妙な顔つきで蒼を見ている。真剣な眼差しだった。


「誠に申し訳ございませんでした」




急に隊長が家に来たり、子供たちと遊んでいる姿を見られたり、そして褒められたり。


橘はとにかくもどかしく、恥ずかしくて、萎縮していた。


終始ずっと顔が熱い。


今日は人生でもっとも波乱の1日だ。神獣を討伐した日を超えてるとすら思う。


そして今度は。


あの隊長が、自分の行動を反省して母に頭を下げている。


橘は目を点にするしかなかった。


私は一体どうしたらいいんだ。


こういう事態に、どう対処するべきなのかが分かるマニュアルが欲しい。


「顔を上げてください、宗方さん」


橘の母親は静かながら優しさに溢れた声音で続けた。


「涼香のこと、気にかけてくださり本当にありがとうございます」


すぅーっと、一息深呼吸をして、橘の母親は続けた。


「娘が軍人という道を選んでから、こういう日が来ることは覚悟していました」


それはそうだ、と蒼は深く同意した。


どこの世界に、自分の子供を危険な場所へ送りたがる親がいるだろう、と。


「しかし、涼香が決めたことです。軍人の方が、この領土を守っていることで私たちが安心して暮らしていることは事実。なので私は、あなたに、そして涼香に文句を言える筋合はないのです」


「お母さん...」


「それだけ、大切なお仕事だったのでしょう?あなたたちは毎日命がけで私たちを守っている。その生き方に、敬意を払う他ありません。......けど、本当はやっぱり若い人は、自分の命をもっと大事にして欲しいわねぇ。あなたのご家族も、今回はすごく心配したでしょう」




蒼は非難される覚悟をしてここへ来た。


しかし、返ってきた予想していなかった敬意と優しさに胸を打たれた。


自分のため、私情のために戦った結果、こうして感謝されることは複雑な気持ちだった。


ただ、自分を許してくれていることに対して感謝するしかなかった。


「自分の家族にも迷惑をかけました。お恥ずかしい限りです」


「そんなまさか。報道を私も見ました。誇らしいと思っておられると思いますよ」


「今回の任務で成功を収めたのは、私ではなく涼香さんです。彼女がいなければ、任務を失敗し、私は生きてはいなかったです。彼女が称賛されるべきです」


「そう思っているのでしたら、ぜひまたうちにいらっしゃって。宗方さん」


「...?」


「あなたたちには、しばしば休息が必要なのではないかしら?まるで何もかも全てを背負わずに、時には荷物を下ろすことも大切ですよ」


蒼と橘は驚いて二人で目を合わせた。


これもなんというか、予想していなかった。


「えーっと...」


「というわけで今日だけでなくてまた宗方さんを連れてきてね涼香。約束よ」


「お母さん?」


「いや〜うちは男の子が少なくてねぇ〜こう、保護欲が出ちゃうのよねぇ〜〜ちゃんと食べてます?宗方さん」


「え?ま、まぁ。はい」


「そういえば!そう、今度こういう素材が手に入りそうなんですが----」


橘の母の話はその後もずっと続いた。


蒼はまるで太陽のような明るい会話の応酬に、ただただ相槌を打つしかなかった。


蒼が後から聞いた話だったのだが、男気のない橘を母はずっと心配していたらしい。


溜まりに溜まった、橘涼香の伴侶をなんとしても見つけたいという母親のパワー。


それがこの日爆発し、なんとしてでもこの縁を繋ぎたい、というものへ変貌したそうだった。






「だーかーらーーー!!!!それはもう好きってことでしょう!なんでわからん!?」


蒼が橘家に行ってから半月後。


陸軍のとある女子更衣室。


軍曹となった羽瀬倉やよいの怒声が響き渡る。


「いや、だからわからないんだってば…」


「副隊長は隊長が気になる、なんだかモヤモヤする、考えると夜も眠れない、つい目で追ってしまう、一緒にいたいけどいたくない、いるとなんだか恥ずかしい、ドキドキする、これが恋と言わずしてなんというんです?人を好きになったことくらいあるでしょう!!子供じゃないんだから!」


「こ、声が大きいです羽瀬倉軍曹」


「そりゃー大きくもなりますよ!だってもう側から見てたらどっちもどっちで、いっつももじもじもじもじもじもじもじもじしててもう焦ったいったらない!早くさっさとくっついてくださいよ。部隊の危機ですよこれは。チームワークがとれん!!」


「そういう経験がないんだから仕方ないでしょう」


「今まで一度も恋愛したことないってことですか?えっ、本当に?」


「お付き合いしたことはあるけど、この、なんて言ったらいいのかしら、こういう気持ちになったことは初めてで...」


「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


今までずっと大人の女性だと思っていた尊敬する上官が。


まさか自分よりもずっと恋愛が少ないとは露知らず。なんだこれは、乙女か。


羽瀬倉やよいは脳が停止した。


ついに脳の処理能力が限界に達した。


かろうじてギリギリ動いた頭で、羽瀬倉やよいは動いた。


「じ、じゃあアタシが決めます。橘副隊長は宗方隊長が好き。大好き。公私問わずずっと隊長と一緒にいたい。付き合ってイチャイチャしたい。もうメロメロ。彼以外は考えられない。よし、今日からこういう事で生きましょう。で、あとは隊長とくっつくだけですね。任務、了解でーっす」


「だからそういうことを言わないでってば!というか何するつもり...?」


真っ赤にした顔を手で覆っている橘を見て、羽瀬倉は今まで感じたことのない感情を覚えた。


これは一体....怒りと慈愛と哀れみと呆れが神獣の落雷のごとく降ってくるこの気持ちは一体。


あれもしかしてアタシも、副隊長に恋してるって...コト!?


「そんなわけあるかーい」


「お願いだからいつものように接して」


「あ、はい」


羽瀬倉やよいは考えるのをやめた。




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神獣を討伐してから半年が過ぎた。


様々な社会の変化があった。


雷のエリクシルは、内包する膨大な電力によってオンタリオ企業を発展させた。


企業内総生産は前年比から10%以上も上昇し、神獣が持っていた雷エリクシルの凄まじさが証明された。


そして、再生のエリクシルは医療界に革命をもたらした。


人々はもはや、病や怪我といったものを克服したと言ってよい。


蒼たちの回収した再生エリクシルは、その構成と効果が解明され、一般市場に量産再生エリクシルとして流通するようになった。


価格こそまだ高騰しているが、そのうちどんな人にでも買えるものになるだろう。


一刻も早く妹を治したかった宗方家も、無事にその恩恵を受けることができた。


なんとか間に合ったのだ。


蒼の妹は、再生エリクシルの治療を始めてなんと3日で全身の細胞破壊が完治した。


そして、まるで何事もなかったかのように。


そこからさらに2日で両足が元通りに戻った。


再生のエリクシルは、DNAにある生命情報通りに、完全に元に戻すことができるらしい。


DNAに記載されている本来の設計図通りに身体を作り替える、と言ったほうが正しいか。


そんなのありなのか。


いや、そんなこと蒼にはどうでもよかった。


蒼の眼前には、傷一つない完璧で綺麗な妹の両足が、見事に復元していた。


「まるで魔法みたい…」


両足で立ち、歩いた茜の第一声が、蒼には一生忘れられない。


蒼は母と妹と3人で、喜びを分かち合った。


魔法なんかじゃない。


お前が最後まで諦めずに、日々を懸命に生きていてくれたからだ。


ただ生きているだけで、お前は俺たち家族の心を救った。


蒼はこれまでの苦労などどうでも良くなった。


ただただ、感謝した。


今まで信じてきた何かに。世界のすべてに。




藤村一景、及びヘルメス旅団員たちの尋問も終わった。


数ヶ月に及ぶ彼らの尋問には成果があった。


ヘルメス旅団を作り、工作活動を行なっていたのは、隣りの大企業、ミシガン社の仕業だったということが明らかとなった。


ミシガン社は、隠蔽工作やスパイ活動、暗殺といった秘密裏の部隊があることが判明した。


その部隊がヘルメス旅団を立ち上げ、それを隠れ蓑としてマウンテン諸島に勢力圏を拡大させていた。


目的はエリクシルの回収、そしてオンタリオ社を内部から操作するというもの。


今回の事態により、オンタリオ社内のスパイ調査が本格化した。


しかし、これを知っているのは上層部のみ。


混乱を避けるため企業の表面上は普段通り、しかし裏ではその調査が始まった。






「左腕は、本当に再生治療しなくて良いの?」


橘はいまだに義手を使っている蒼を見てそう言った。


「うーん、しようと思ったんだが、実はこっちの方が何かと便利でな…」


「なによそれ。まぁ、私は義手のあなたも好きだからどっちでもいいですけど」


こういうことを、恥ずかしがらずによく言えるよなこいつは。


蒼と橘は恋人同士になっていた。


自然とそういう関係になっていた。


2人でいる時、橘は敬語を止められるようになった。まだぎこちないが。


「義手技能士の勧めで6本指を最近試したんだが、正直10本くらいに増やしてもいいくらいだ。便利だぞー指増えると」


「逆に大変じゃない?考えることが増えそうな気が…」


「ほらほら」


蒼は左手の5本指をうねうねと高速で動かして見せた。


生身の手ではできないあまりに精細で速い動きに、橘は唖然としてしまう。


「す、すごいですね」


「キーボードのタイピングも、左手だけで簡単にできる」


今日は、蒼と橘と2人で蒼の実家に来ていた。


蒼が実家に女性を連れてくるということがあまりに衝撃的で、妹と母は混乱状態だった。


なんとか2人を宥め、橘を紹介して昼食をとった。


その後、蒼は家裏にある父と祖父の墓標へと一緒に来た。


まさかここに橘を連れてくる日が来ようとは。


不思議な気分だった。


この墓前に来るときはいつも、沈痛な気持ちで父と祖父に家族のことを報告した。


今、2人は喜んでくれているだろうか。


どんな気持ちで俺を見てくれているだろうか。


墓の後ろには大きな木が生えている。優しい風と、木漏れ日が降り注いだ。


橘と2人で手を合わせ、神獣を無事に倒したことを報告する。


天空から2人に見守られているような気持ちだった。


風が凪いだ。


何かがふっと消えていくような、そんな一瞬が2人を包んだ。


「きっとお二人も、喜んでるわね。あなたのことを誇らしく思っているはず」


「そうだといいな」


父さん、じいちゃん、俺、やったよ。仇を討ったよ。


あんたたちの命は無駄じゃなかったよ。





橘は、蒼の父と祖父の墓前に花を添えた。


この方達がいなかったら、私たちは出会っていなかった。


そう考えると、感謝と畏敬の念を感じずにはいられなかった。


橘は振り返った。


子供のように、ボロボロと泣いている蒼の両目を正面から見た。


橘は、なるべく宗方家のことには踏み込み過ぎないようにしていた。


自分が知らないたくさん辛いことが、この人たちにもあったんだろうと思ったからだ。


しかし、泣いている蒼を見て、抱きしめずにはいられなかった。


こんなに大きな背中なのに、抱き寄せるとまるで少年だ。


橘はいつも思っていた。


彼はずっと何かを失っていたんじゃないかと。


何か大切なものを、幼い頃に無くしてしまったのではないかと。


そうでなければ、この人が、今になってもこんなに苦しんでる訳がない。


蒼の涙は止まらなかった。


蒼の温かな涙で、橘の肩はずぶ濡れだ。


大粒の涙が、今まで溜め込んでいたであろう想いが、とめどなく溢れてくる。


橘は泣き止まない子供を諭すように、優しく語りかけた。


「もう、子供じゃないんだから。けど...嬉しい」


蒼は言葉が出てこず、ただ橘の言葉を聞いてウンウンと頷き続けた。


そんな蒼の様子をやれやれと橘は呆れながら、愛おしい思いが込み上げてくる。


「だって、あなたがちゃんと人間なんだって、分かったから」


橘は目を瞑って、労わるように蒼の背中を摩った。


「だから、泣いてください。泣いていいんです。たくさん泣いてください」


痛みを感じてなかったなんて嘘だ。


この人は、前から。


きっとずっとずっと前から、痛い痛いと泣いていたんだ。


私が想像もつかないような苦痛を、たった一人で背負って。


誰にも理解されずに抱えて、孤独に生きていたんだ。


大変だっただろう。辛かっただろう。


私は抱きしめ続ける。


彼の痛みが消えるまで。












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カテドラル・スタンス 尾形 @SaiOgata

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