後編:解決編

晶は怒ったように声を上げた。


「インチキ霊能者」

「ちぇっ。晶の意地悪」

「そっちこそ、いつまで純で遊んでんの?」


私はこのやり取りに、ついていけなかった。茜の霊能力はインチキなのか。しかし私の家での生活を透視したり、今だって予知能力で四階で車椅子の人が乗って来ることを言い当てたりしている。透視や予知は霊能力者が、テレビで披露していたものだ。その能力は、全て嘘なのか。しかも、私が茜に遊ばれていたとは何だろう。何故晶が意地悪なのだろう。疑問符ばかりが頭の中を埋め尽くしていた。晶はいつものようにため息を吐いて、私に説明してくれた。


「あのさ、純。茜は高校の時、純みたいに目がおかしくなって、眼科に行ったことがあるんだよ。そこで眼科医に言われたのが、テレビを見るときは横から見るのはやめましょうってことだったの。つまり、目の不具合を言い当てられたのは透視じゃなくて、単なる経験からの推測が、たまたま当たってただけなの。だから、純も眼科に行った方がいいよ」


「そうなの⁈」


「家族団らんって言うのも、純が自宅から通ってるし、この辺では大体父親がテレビの正面に座る家庭が多いっていうから、他の家族は必然的にテレビに対して横向きになるってこと。彼氏とかじゃないのは、そんな惚気話を純が一度もしたことがないからだよ」


私は思わず茜を見る。茜はつまらなそうに口をとげていた。しかし、エレベーターの件はどうなるのだろう。あれは経験から推測ができないはずだ。エレベーターに乗って来る人を当てるなんて、無理な話だろう。これが予知能力でなければ何なのか。晶は再び大きなため息を吐いて、説明した。


「確かに、車椅子を使っている人なら、エレベーターを使って、二階や三階も行き来する。だから、必ずしも四階からエレベーターを利用するとは限らない」


「やっぱり、予知能力は本当なんだね!」


「でも、よく考えてみて。この文学部棟は四階までは古くて、五階と六階は新しい。と、いうことは、去年までは四階までで授業は行われ、先生方の研究室も四階までで済んでいたんだよ。だから、一階には図書館と事務室、講義室があって、二階には大きな演習室がある。そして三階と四階には小さな演習室と先生方の研究室がある。その一方で、五階と六階は新しく入った先生方の研究室やゼミ室があるだけだ。私たちは新しい先生の研究室に呼ばれたから、六階に用事があったけど、もし先生に呼び出されなければ、私たちだって四階までで用事は済んでいたはずなんだよ。違う?」


「でも、それだけじゃ言い当てるのは不可能なんじゃ……?」


「思い出してみてよ。今年度の入学式に、車椅子の人はいた?」


言われた通りに、入学式のことを思い出してみるが、広い県民体育館で大勢の新入学生がいたから、一人一人の特徴を覚えてはいなかった。特に私は出身高校から一人でこの大学を受験したので、知らない人ばかりだった。人酔いしそうになり、列から外れて後ろの席にしてもらったほどだ。そこには救護席と書いてあり、入学式早々に皆の中に並べなかった自分が、情けなかったのを覚えている。そうだ、人酔いするくらいに、密集していた。車椅子の人がいれば、通路や椅子の間隔をあけたり、椅子をどけたりしなければならないが、そんな配慮離されていなかった。特に文学部の列はそうだった。他の学部はどうなっていたかは見えなかったが、文学部に関して言えばそうだったと言い切れる。つまり、私たちがすれ違った車椅子の女性は、今年以前の入学生だということになる。


「そう言うこと。さっきの人は私たちの先輩だよ。つまり、四階までしか用事がないことになる。さらに言えば、訪ねる研究室も三階と四階に限られる。そして今日は休日だから、授業はない。ということは、私たち同様に先生に研究室に呼び出された可能性が高い。だから、茜はあえて、何階かは言わずに、車椅子の人が乗って来るとだけ言ったんだよ」


「あれ? そうだっけ? 四階って言わなかったっけ?」


「そうだよ。私たちは、四階まで歩けというプレートを日々気にしている。だから無意識的にエレベーターを使うには四階という言葉が刷り込まれていたんだ」


言葉による刷り込みを利用するなんて、本当に茜は悪知恵働く。そこまでして私を引っかけたいのか。私も晶のようにため息を吐いた。今回も茜にしてやられた。そして今回も晶に助けられた。あの先輩が私たちと入れ違いになる確率は、初めから二分の一だった。おまけに、三階で入れ違いになっても、四階で入れ違いになっても、茜の言葉は的を射ることになるという仕組みになっていた。


「もう、茜ったら」

「あ。オーラ見てみる?」

「その話はもういいよ。どうせ嘘なんでしょ?」


晶に種明かしされた茜だが、全くこりていないところが茜らしかった。きっとこれからも、私に対して嘘を吐く気満々だろう。次こそは騙されないと、私は心に決めたが、それでは茜がかわいそうになった。それに、罪のない嘘のない世界は、ちょっとだけ寂しいに違いない。


                           <了>


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「オオカミ少女」 夷也荊 @imatakei

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