「オオカミ少女」
夷也荊
前編:謎編
奇妙な建物だというのが、文学部棟に抱いた第一印象だった。増築と改築を繰り返して出来た棟は、元々あった四階建ての建物に、五階と六階を継ぎ足して出来ている。そのため、色も機能もちぐはぐな建物が、重なっているように見えるのだ。新しく学問分野の専門家を呼ぶために、大学側が研究室を急作りで仕上げたのだから、仕方がないといえば、仕方がない。四階までは古参の先生がたの研究室が並ぶが、五階と六階は、新しく新設された学問の先生たちの研究室になっている。そのため古参の先生方は、新しい部屋を使えずに、新参者の先生方を恨んでいるという噂があった。私が文学部棟に入ると、図書館から二人の友人がやって来た。この春大学に入学したばかりの私にとって、大学で出会った初めての友人だ。二人は同じ高校の出身で、元々仲が良かった。そこに別の高校から進学してきた私を入れてもらったというわけだ。ちなみに私たちは三人とも、新しくできた同じゼミに入る予定だ。つまり、私たちは三人とも、新参者の先生目当てに、この大学に入学したのだ。
私が左目を擦りながら手を挙げると、二人も小さく手を振って応えてくれた。私たちは将来的に入ることになるゼミの先生に呼び出されていたから、エレベーター前に集まることにしていた。ゼミとは、クラスメイトと一緒に授業を受けるようなものだ。高校までと違い、学生の方が、自分の興味と近い研究をしている先生を選んで、授業を受けるらしい。つまりゼミが同じということは、興味関心が似ているということなので、今からゼミに入るのが楽しみだった。
「どうした、
マイペースでボーイッシュな
こういう時には決まって、茜が嘘をつくのだ。バナジウム入りの水にはバナナの成分が入っているとか、バームクーヘンは実は年輪じゃなくてタイヤから名づけられたとか。私はいつも茜の話を信じてしまい、その後で晶から真実を聞かされていた。バナジウム入りの水にはバナナの成分は全く入っておらず、バームクーヘンはやっぱり年輪という意味だった。その度に、今度こそ茜の話しには気を付けるように自分に言い聞かせていたが、やっぱりいつも信じてしまう。
「純の家って、家族でテレビ見るんだね。しかも純の座る位置は、決まってテレビに向かって横向きなんだ。へえ~」
茜は得意気に、私の家のことを言い当てて見せた。
「え⁈ 何で知ってるの⁉」
「私には霊感があるから、そう言うのも察せられるんだよ。すごいでしょ?」
「すごい! 霊感って本当にあるんだ!」
「目に違和感があるのは、テレビに対して横向きに座ってるせいで、目に負荷がかかっているせいだよ。だから、テレビを見るときは正面から見ることをお勧めするよ」
「そうなんだ!」
私は茜に家族団らんでテレビを見ていることや、私がテレビに対していつも横の席に座っていることを話したことがなかった。それなのに、茜の言うことは的を射ていた。これは霊感の中でも透視というものなのだろうか。大興奮の私の横で、晶は胡散臭そうに茜の話を聞いていた。しかしいつもは茜の嘘にすぐに訂正を入れてくれる晶が、今は何も言わない。つまり、茜は本物の霊感少女なのだ。
そうこうしている間に、エレベーターが見えてきた。エレベーターの横には、一枚のプレートが掲げられている。そのプレートには赤い文字で仰々しく、四階までは階段を使うようにと書いてあった。ここに来るといつも迷う。もちろん、四階まで足を使うのは良いが、この大学の階段は急で段数もあり、とても疲れる。二階や三階に用がある人でも、こっそりこのエレベーターを使っていることは知っていた。特に先輩方は、ほとんどこのプレートを無視している。対してこの春入学したての私たちには、まだその度胸はない。
「どうする?」
私は周りをきょろきょろと見回しながら言った。
「誰もいないから、いいんじゃない?」
晶がそう言うので、私たちはエレベーターを使うことにした。迷わず四階を押して、一息つく。私たちが呼ばれた六階に行くには、四階から別のエレベーターに乗り換える必要がある。降りる直前に、茜が唐突に言った。
「あ、車椅子の人が乗って来る。邪魔にならないようにすぐに出た方がいいみたい」
私は「え?」と言い、晶は茜を睨んでいた。そうしている内に、エレベーターの扉が開いた。そこには茜の言った通り、車椅子の女性が友人と共にエレベーターを待っていた。私は思わずぎょっとしたが、開閉延長ボタンを押してから、茜と晶に続いていそいそとエレベーターから降りた。エレベーターのドアが閉まるのを確認して、私は茜に食いついた。
「何で分かったの? また霊感⁈」
「その通りだよ。まあ、私くらいになると短期の予知能力もあるからね」
「すごーい。オーラとかも見えるの?」
オーラとは人が個々に纏っている気の流れのようなもので、攻撃的だと赤いオーラになり、誰かを憎んでいたりすると黒くなったりするらしい。テレビで取りざたされていた霊能力者が、芸能人のオーラを見て助言する番組が流行っていた。
「見てあげようか?」
茜がそう言うので、私は緊張しながら身構えた。すると、晶が横槍を入れた。
「いい加減にしなよ、茜」
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