第3話 異世界への道 その3
凝った肩を動かすと手が書類の山の端に当たって、足元に盛大にバラ撒いてしまった。
「あぁーやっちまったーちくしょーがー」
と文句を言いながら書類を一枚一枚拾い上げていく。最後の一枚に手を伸ばしたとき、違和感があった。
「ん?」
取り上げて、書類の文章を見つめる。数値のデータに折れ線グラフ、数値根拠などが書かれているが、それについては問題ない。ぱっと流し読みで、誤字脱字もデータのミスもなさそうだが、最後の文面に新たに書き加えられていた。
フォーマットは基本、黒字で、文字サイズも同じで作成しているのにもかかわらず、その文面だけ異様に大きく太文字、というより焼き写されたように書かれ、強調されていた。
書類で強調することもあるが、書かれている内容がおかしい。
『――――汝、アルティミアに行きたいか?―――』
「なんだこれ? どういうことだ?」
思わず、声が漏れてしまう。
(――――アルティミア……どこかで聞いたことがあるような気がする)
「あ、思い出した」
そうだ、あれだ。適当に調べていたらネットで出てきたMMORPGのタイトル名だったことを思い出す。
「確か、異世界転移できるとかなんとか…… それにしてもこの文字、誰が書いたんだ?」
アルティミアのことについて、知っている者がいたのか、と驚いたが、この部屋にいるのは早島と山田だけ。あとは全員はすでに退勤している。
なんなら、節電とかいって、部屋の半分を消されているので、暗い。
とにかく疑うとしたら一人しかない。
「な、なぁ、山田」
「んー?」
山田がパーテーションパネルから顔を覗かせてきた。
「この書類に落書きした?」
それに何をご冗談をという顔で言う。
「はぁ? 何言ってるんですか、先輩。私、そんなことしませんよ。寝ぼけてたんじゃないですか?」
「いや、でもさ……なんか変なこと書いてあるんだよ」
書類を指さす。山田は怪しむような表情をしながら書類を手に取り、内容に目を通した。
「うわっ……なんすか、これ」
「それはこっちのセリフだ」
疑いの目を向ける。それを察した山田は慌てて否定した。
「ないないない。こんなの書かないっす。そもそもアルティミアってなんなんすか?」
めんどくさがりで、先輩を先輩とも思っていないような立ち振る舞いをする彼女だが、意外と真面目な性格でもある。大切な書類に落書きするようなことをしそうにはなかった。それは早島も知っていることなので、信じる。
「まぁ、そうだよねぇ……」
すると突然、書類が不思議と熱を帯びたと思うと一部分にオレンジ色の光を放ち、文字が刻まれ始めた。
『―――汝、アルティミアへ来たければ、己の力で道を開け。描け。転移魔法陣を。唱えよ、魔の言葉―――』
「うおっ!?」
驚きのあまり声が出る。それに山田もつられて、声が出る。
書類から白い煙が上がる。その場で、焼き写されたかのように。マジックにしては凝りすぎていた。
「なっ……」
「うわ……」
二人は顔を引きつらせながら、言葉を失う。
「おい……どうなってんだこれ?!!」
「わかんないっすよそんなこと!?」
怪奇現象だ。これは。まさか、心霊的なやつか。いや、違うだろう。ここは現実世界だ。幽霊なんて存在しない。しかし、目の前で起きていることについて、説明がつかない。
早島は夢を見ているのだろうか。
「や、山田! とにかく、俺を殴れ」
「え? 何でっすか?」
「いいから早く!」
「え、あ、わかりやした!」
言われるままに山田は右拳を握りしめ、力を溜め込んだあと、早島の頬を思いっきり殴りつける。ゴツンという鈍い音がし、首が持っていかれるかと思った。
「あぐっ」
「あ、やりすぎました?」
「お、お前……手加減しろよ…」
涙目になりながら殴られた頬を押さえた。
「あ、あたし、実は空手習ってたんす。てへっ」
「てへじぁやねぇよ……それを先に言え……」
「すいやせん」
しかし、痛みは確かにある。夢ならこんなにも痛いはずがなかった。視線を手に持っている書類へと落とした。
しかし、しっかりと文字は書き込まれていた。
「ありえない。なんなんだよ、これ……」
怖くなった。まるで、映画で見たデス〇ートのような悪魔が背後からイタズラをしているのではないかと思ってしまう。振り返っても、周囲を見渡してもそれらしき気配はない。
ただ、見えないだけなのかもしれないが。それはそれで怖い。
幽霊という存在を信じてはいなかったが、今この瞬間、信じてしまいそうになる。
「と、とにかく落ち着け。俺」
そう言いながらデスクに書類を置いた。考えたとき、ふと頭の中で、アルティミアへ行くにはどうしたらいいのか? そのネットのスレを思い出した。
まさかな、と俺は思ったが、気づいた時には無意識に右手にはボールペンが握られていた。
「ちょっと、先輩、何するんですか??」
「わかんない。わかんないけど、転移魔法陣を描かなければならない、そんな気がするんだ」
「いや、転移魔方陣ってなんなんすか? 意味わからないすけど?」
山田の言葉を無視し、早島はデスクに座って、右手で持ったボールペンを左から右へと動かしていく。
「山田、邪魔しないでくれよ」
「いや、邪魔も何も……それ、コッ〇リさん的な奴じゃないんですか??やばいやつじゃないんですか??」
山田は隣で騒いでいるが、それを無視しそのまま描き続ける。山田もその行動を止めようとはしなかった。何が起きるのか、怖がりながらも興味を抱いている様子だった。
「よし、できたぞ……」
そして、ついに完成した。
刹那、描かれた転移魔方陣がまばゆい光を放ち始め、二人を包み込む。
一瞬にして、目の前が真っ暗になった。何も見えない。耳鳴りがして、身体が浮いている不思議な感覚がする。そして、意識が遠のいていった。
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