第8話 剣術 その2

するとヒルデガルドの前に三人の若い兵士がこちらに視線を向けてくるのがわかった。俺の姿を奇妙な目で見ている。


そして、そのうち一人の兵士がヨナに声をかけた。


「ヒルデガルド隊長、この者は?」


ヒルデガルドは早島の方を見て言った。


「この方はあてのない旅をしている方。領主様より客人として迎え入れられている。粗相の無いように」

「わかりました!」


兵士たちは元気よく返事をする。


すると、兵士の一人が俺に手を差し出してきた。


「よろしく! 俺はトムって言うんだ。んでこいつが、ハン、そして、クスだ」


差し出された手を握る。


「あぁ、よろしく」


するともう一人の若いそばかすの女兵士が話しかけてきた。


「私はクス。あなたの名前は何と言うんですか?」

「名前? えっと早島だ。よろしく」

「よろしくお願いします!」


それにクスは笑みを浮かべながら早島の手を握ってきた。可愛い。思わずドキッとしてしてしまう。若い女性と手を繋ぐことなんて、そうそうない。ビジネスでもあまりないことだ。何かを受け渡すときに手が触れてしまうってことはあったが、ガッツリと手を握ったことはなかった。そんなことを考えていたら、今度はクスの隣にいた大柄な男が声をかけてきた。


(――――こいつ、背が高いな……。180くらいはあるんじゃないか)


髪は短く刈り込まれており、体格もがっしりとしている。顔つきはどこか田舎暮らしの少年という感じだ。


「お、おいらはハンって言います。よろしくです。早島さん」


彼は少し緊張しているのか言葉がぎこちなかった。兵士にしてはどこか頼りない3人に疑問の目を向けているとヨナが答えた。


「この者たちは今日入った義勇兵たちです。私が面倒を見るように言われています」


なるほど。新兵教育中ってわけか。しかし、こんな若い子たちまで戦わせようとしているとなると本当に深刻な状況なんだな。


かつての日本のことを思い出してしまう。若き兵士が国を守るため、愛する家族を守るために尊い命を捧げた。戦争に行く前に遺書を書く奴もいるほどだった。早島は話や映像だけでしか見ることができず、実感がなかった。平和の国となった日本で、年端もいかない少年少女が鎧を着こみ、武器を持つなんて想像つかないだろう。


クスが小首を傾げた。


「早島殿は丸腰なのですか?」

「あ、あぁ……」

「危険ではないのですか?」


そうだよな。普通そう思うわな。街を敵軍に包囲されているというのに武器も持たずに歩いているのだ。不思議に思われるのも無理はない。


まぁ、当然のことだが、日本で武器なんて物騒なものなんて持つことはなかった。包丁くらいは持ったことはあるが、せいぜいその程度だ。


「いや、俺、剣とか槍とか人生で持ったことがないんだよな」


それにその場にいた全員が驚いたような顔をする。自分の身と守るためには必ず必要な武器を一度も持ったことがない。それは信じられなかった。


「早島の兄貴はきっと魔法使いなんだろ? だから大丈夫なんだぜ、きっと」


ハンがクスに耳打ちする。クスは驚いた表情をしていた。


(――――魔法使い?  俺が? なんでそうなるんだよ……?)


というより魔法というものが存在するのか?!ファンタジーの世界みたいじゃないか。ちょっとわくわくしてきた。


じゃあ、もしかして、RPGでよくあるようなファイアボールとかサンダーボルトとか使えるんだろうか。物は試しだ。


「なぁ、ヒルデガルド、訓練場みたいなところはあるかな? ちょっと試したいことがあるんだけど」


早島は興味津々といった感じで聞いてみた。


「えぇ、ありますよ。これからこの3人に剣術を指南する予定だったのですが、よろしかったら早島殿もいかがでしょうか?」


マジか! これは願ったり叶ったりだ。せっかく異世界に来たんだから、剣を使って戦ってみるのもいいかもしれないと思っていたんだ。仮に魔法が使えなかったとしても、剣があれば十分だ。


それに兵士の訓練風景も見てみたい。動画とかでしか見たことがないからな。生で見てみたかったんだ。


早島は大きくうなずく。


訓練場に着くなり早島の目の前には若い兵士たちが藁人形に槍で突く訓練をしていた。それを横目に見ながら、早島とヒルデガルドは訓練場の隅っこの方に移動した。


そこには木でできた的のような物が置いてあった。弓道の的にしてはやや大きい。


どうやらあれに向かって矢を放っているようだ。弓を持っている若い兵士たちが次々に矢を放つ。しかし、的にはまったく当たらず、そもそも届いてすらいない。

 

早島はその様子をじっと見つめていた。


弓矢か……。ゲームではたまに使うことがあったけど、リアルでは初めてだな。早島の横にいるヒルデガルドが嘆き悲しむような声を小さく漏らす。


「これが我々の最後の戦力……到底、レイデン王国軍に勝てるとは思えない」


ヒルデガルドが嘆くのもわかる。訓練にすらなっていない。そこまで兵士不足が深刻なのだとわかった。


ヒルデガルドは視線をトム、ハン、クスの三人へと視線を向ける。壮年のベテラン感が出ている兵士が剣の持ち方を教えている姿が見えた。早島が見てもわかる。どう見たって素人だ。剣の持ち方も、槍の持ち方もまったくなっていない。剣を振れば、その重さで体がぶれてしまい、突き刺せば、力が分散してしまい、まるで威力がない。それに比べて手本となる兵士らはさすが歴戦の勇士といった感じだ。体の使い方、力の入れ具合、すべてにおいて熟練者の動きだった。


「さぁ、早島も」


そう言うと、ヒルデガルドは早島の手を引っ張り、訓練場の真ん中あたりにまで連れていく。そして、壮年の兵士に合図を出した。壮年の兵士が右手に持っていた剣を投げ、ヒルデガルドはそれを片手で受け取るとそのまま俺に渡してくる。真剣だ。本物の剣。ゲームやアニメでよく見るが、本物を手に取るのは初めてだ。


手に取った瞬間、その重みに驚く。思った以上に重い。


「すげぇ……これが剣か」


金属製の剣だった。長さは70~80cmくらいはある。日本でこんなもの持って歩いてたら真っ先に銃刀法違反で捕まるんだろうな。


「早島」


ヒルデガルドに名前を呼ばれ視線を上げるとそこには剣を抜いて、片手で構えるヨナの姿があった。剣先は俺に向けられている。目は真剣そのもので冗談ではなさそうだった。


(――――え? 今からやるの? いきなり?)


早島は思わず苦笑いを浮かべてしまう。


いやいや、いくらなんでもそれはないんじゃないか。


そんなことを思っていると、周りにいた兵士らがざわめき始めた。


なんだよ、これ、見世物じゃないぞ。


「さぁ、訓練です。どこからでもかかってきてください」

「おい、まじかよ。本当にやらないといけないのか。剣なんて使ったことないんだが」


そう思うと急に怖くなってきた。いや、別に死ぬわけでもないし、怪我するわけでもない。ましては剣豪のような雰囲気を醸し出すヨナに勝てるとは思えない。というより、絶対に無理。


早島は首を左右に振る。痺れを切らしたヒルデガルドが静かに腰を落とし、踏み込んできた。


 ――ガキンッ!! 金属音が響く。


早島の顔面にめがけて振り下ろされた一撃。それを間一髪のところで、早島はたまたま剣で受け止めていた。まじでたまたまだ。


(――――あぶねぇ……。マジで殺す気で来てんじゃん)


早島は冷や汗を流しながら、必死の形相で剣の柄を握る。


「早島、良い反応ですね! さぁ、次ですよ!」

「まだ続けるの?!」 


と思ったらヒルデガルドは再び剣を横に振ってきた。


「あぶっ?!」


早島は体を反らしながら避ける。数ミリのところを刃先が通り抜けていった。


次に顔面に向かって、突きが飛んでくる。俺はとっさに剣で弾き軌道をそらした。


「ちょっと、ヨナさん???」


視線先に銀線が走る。


「あの??? 聞いてます???」


肩口を狙って、剣が振り下ろされ、左足を下げて避ける。


「まじで、殺す気ですか???」


早島は慌ててヒルデガルドから距離を取るため後ろへと下がった。


 危なかった。もし、剣で弾いていなかったら、確実に顔に当たっていた。


それにしても不思議なことを感じていた。それはヒルデガルドの攻撃が読めるということだ。何となくだが、次に何をしてくるのか、まるで先読みができるような感覚があるのだ。

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