第9話 剣術 その3

 ――――見える、見えるぞ、私には見える!!と悪役のようなセリフを心の中でつぶやきながらヒルデガルドからの連続攻撃を避けていく。


それはまさに快感というべきか。


確かに彼女の動きは速い。普通なら目で追うのも無理だろう。普通なら。しかし、早島にはヒルデガルドの動きがまるで、スローモーションで再生されているかのようにゆっくりとしていて、はっきりと見えていた。


自分には特別な能力というものがあるのかどうかもわからない状態だったが、これだけはわかる。


確実に動体視力もしくは動きを把握することができる超能力を持っていると。


ヒルデガルドの横一文字の剣を避け、続けざまに放たれる突きを紙一重で避けてみせる。


その様子を見物していた兵士らが驚き声をあげた。


訓練の激しさはやがて、気が付けば、人垣ができていて、全員が、ヒルデガルドと対等、それ以上に戦っている謎の人物に対して、注目が集まっていた。


一体あいつは誰なのかと。


息を切らせ、頬から滴り落ちる汗が地面に染みを作る。彼女は剣を振り続けていた。そこにはどこか楽しんでいるような笑みすらある。嬉しそうだった。とても。そんな彼女を見て早島は思ったのだ。きっとこの子は誰かとこうして戦うことをずっと夢見ていたんだろうなぁって。


そして、それは多分……。


「そろそろ終わりにしましょう」


 ヒルデガルドの声色が少し変わった。それを聞いた瞬間、早島は悟る。今までのは遊びだったのだと。息を切らせて、疲れているはずなのに、その瞳からは闘志がみなぎっていた。


「本気で行きますよ!!」


 ヒルデガルドの剣筋が変わった。先ほどまでの鋭い斬撃ではなく、一撃離脱を狙った軽いものへと変わる。


だが、それでも十分すぎる威力だ。剣先が空気の壁を破り、衝撃波となって襲い掛かってくるのだ。頬に衝撃波が通り抜けたと思ったら、血が滴り落ちていたのがわかった。


「え?!」


これ、当たったら死ぬんじゃね? 恐る恐る視線を通り抜けていった衝撃波の方へ向けると、訓練用に備えられていた藁人形が斜めに切断され、上半身がずり落ちて下半身だけが立っていた。その先の壁にも衝撃波によって、一筋の亀裂がくっきりと入っていた。


これは当たれば確実に死ぬ。というより、かすっただけでアウトである。


おいおい、なんていうことだなんだ。あんな化け物みたいな攻撃を繰り出せるのかよ。


「さすがですね。今のを避けるとは思いませんでした」

「いや、正直危なかったけどな……」

「では、これならどうですか!」


再び剣を振る動作に入る。虚空で二回、剣を振る。すると凄まじい速さで、斬撃波が二つ飛んできた。それも先ほどの攻撃よりもさらに速くて重いものだ。


慌てて後ろへ下がろうとしたとき、足がもつれて転んでしまった。盛大に尻もちをついてしまったのだが、それが運良かったのか、頭頂部の髪の毛数本を犠牲にしただけで、回避に成功する。


もし避けていなかったらと思うとゾッとする。あの時、転ばなければ、おそらく胴体が真っ二つになっていただろう。


「…………」


あー……うん。今度から鍛錬するときは、ちゃんと前もって言ってから始めよう。じゃないと、マジで殺される。


そして、我に返ったヒルデガルドは早島に向けて手を差し伸べてくる。その表情は清々しい笑顔を浮かべていた。


「早島殿、私に嘘をつきましたね?」

「……え?」

「剣が扱えない、というので、試してみたら、私よりも剣の腕が上ではありませんか」


それには思わず苦笑いしてしまう。偶然なのか、運がよかったのかはわからないが、ヒルデガルドが繰り出してきた攻撃を避けることに成功した。


早島はヒルデガルドより強いと言われてもピンと来ないのだが、周りの驚きようからして、強いのだろうか、と思ってしまう。早島は差し出されたヒルデガルドの手を握る。


温かくて、少し汗ばんだ掌だった。


「まさか、こんな形で私の全力を出すことになるとは思っていませんでした」


ヒルデガルドは悔しそうな顔をする。でもすぐに顔を上げると、ニッコリとした笑みを見せた。


「また機会があれば、お相手願ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、ぜ、ぜひとも。あ、でも、次からは技か、よくわかんないけど、魔法系?を使うときは言ってくれ。マジで死にかけたから」


その言葉と同時に背後にあった植木が大きな音を立てて倒れた。


あたりはヒルデガルドの攻撃で、めちゃくちゃになっている。それを見て、ヒルデガルドは苦笑いする。


「あはははは。すいません。ちょっと調子に乗りすぎてしまいましたね」

「ちょっとどころじゃねぇよ!!」


本当に勘弁してほしい。早島は立ち上がろうとするとヒルデガルドが引っ張り上げてくれた。力強い彼女に早島は惚れてしまいそうになる。あれ、普通トキメクとは、逆じゃね?


「あ、ありがとう」

「いえいえ。こちらこそ、有意義な時間でした」


そう言うと、ヒルデガルドは前髪をかきあげて、額に流れる汗を拭う。その姿はとても色っぽかった。汗をかいているのに、汗臭くない。むしろいい香りがしている。


「一汗かきましたね。どうですか? 水浴びでもしてさっぱりしませんか?」


彼女の提案に、目を丸くする。それは願ってもないことだが、想像がつかなかった。戸惑っていたが、確かに汗と土で汚れた身体だ。気持ち悪いと言えば気持ち悪い。それにヒルデガルドも早島と同じことを考えていたようだ。トム、ハンそれにクスは他の熟練兵士に訓練を任せることにして早島とヒルデガルドは訓練場を後にした。それから砦内に作れた井戸へと向かうことになった。




♦♦♦♦♦





 バシャッと勢いよく水を頭から井戸の水をかぶる。水滴が太陽の光を浴びてキラキラと虹色に輝き、どこか幻想的だった。でも、井戸水とあってとても冷たくて、身体中に染み渡るようだった。両手で身体を抱えた。そして、ブルリと身震いをする。


 視線の先には緑豊かな森が広がっていた。その近くには畑があり、破壊されたノウプの街を見ることができる。その奥の小高い丘の上にはレイデン王国軍の幕営地が見えた。あっちではどうやら昼ご飯でもしているのだろうか。数えきれないほどの白い煙が上がり、風に揺られながらゆっくりと流れていく。


 この世界に来てからまだ1日しか経っていないなんて信じられないほど色々なことがあったなと思う。突然、転移させられて、やってきたのは崩壊した街、そして、今、攻め滅ぼされようとしているオーデン砦。この場所にきたことに何か意味があるのか、それともたまたまなのか。早島はそんなことばかり考えていた。


 しばらく、眺めていると背後から水をかぶる音が聞こえてきた。振り返るとそこには、腰に手を当てて気持ちよさそうに水をかぶっているヒルデガルドの姿があった。


 濡れた赤色の髪からはポタリポタリと雫が落ち、それが首筋を通り過ぎて胸元へと吸い込まれていく。太陽の光に反射した見ても柔らかそうな肌、傷一つない綺麗な肢体。思わず見惚れてしまうほどだった。


 艶のある肌。二つの谷間。谷間?????


 目を見開いて驚きとどまる早島に青色の宝石のような瞳がこちらに向けられた。


「どうかされましたか?」


 首を傾げるヒルデガルド。早島は慌てて顔を逸らす。顔が熱くなっているのを感じた。


「は、裸じゃないかっ?????」

「え、水浴びは基本裸では?」


 何を言っているんだという表情を浮かべられた。いや、そういう意味じゃなくてだな……。


 異世界だから当たり前のことなんだろうけど、目のやり場に困る。


 見えてはいけない部分は首に巻く手ぬぐいのおかげでなんとか隠れているが、それ以外は丸出しである。


 胸は大きくはないが形の良いお椀型で、キュッとくびれていて無駄なお肉など一切なく、腹筋がついている。いい筋肉。


 (―――――いや、そんななんか、俺、変態じゃん)


「なぜ、そんなに顔を真っ赤にしているんですか?」

「そ、そゃあ、鍛えられた女戦士の裸体を見たら顔を真っ赤にしないやつはいないだろ」

「はて? 早島殿は女では?」

「違うわい! 俺は男だ!」


 確かに見た目は女のような美形だけどさ。中世的な顔をしているけどさ。男なんだよな。


 しかし、なんだろう。この敗北感は。男として見られていなかったということになる。


「そうだよ。俺は男なのに、こんな美少女みたいな小柄で、筋肉も全然ない身体つきをしているから、女の子扱いされても仕方がないのかもしれない。でも、ついてるもん」


(――――ああもう、なんだかなぁ……美少年って案外辛いんだな。うん)


当事者となって初めて、この辛さを知った。


「早島?」


 少しだけ涙目になった早島を心配そうに見つめるヒルデガルド。首にかける手ぬぐいが風にあおられ、見えそうになったため、慌てて視線を背ける。


「なぁ、頼む!! 早く上着を着てくれ!」


 早島は目を手で覆い隠しながら言った。


 少し不思議そうにしたヒルデガルドだったが、あー男でしたね、と言って理解してくれたようで、 着替えを取りに行ったようだ。


 

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