第10話 レイデン王国軍の侵攻

それからしばらくしてからヒルデガルドが戻って来た。ちゃんとした服装に着替えてくれていて、早島はホッとする。


彼女は白いシャツにズボンを履いていた。ズボンの裾から見える足は白くて細い。チラリと見た後、視線を戻す。


しかし、早島の視線に気が付いていたヒルデガルドは早島をみて小首を傾げた。


「何か足についてますか?」


 その問いに足首を見ていたなんて言えないので、誤魔化すようにして、早島は言った。


「な、なんだか、お腹が空いたな」


するとヒルデガルドは微笑んで答える。


「えぇ。実のところ私もなんです」


そんなこんなで、早島たちはオーデン砦に戻って食事をすることにした。


砦の中にある食堂には多くの兵士が朝の訓練を終えて、集まって来ていた。そのせいなのか分からないが、かなり賑やかだ。


多くの兵士の笑い声が聞こえ、どこか心地よくも思えた。


食堂に着くなり、給仕の女性から食事を受け取る。メニューはパンとスープのみ。そして量が少なかったが、文句は言える立場ではなかったので、黙って受け取ることにした。


空いている席へと向かい、座る。隣にはヒルデガルドが腰を下ろしてきた。


「私はこの野菜スープが好きなんですよね」


そう言いながらヒルデガルドは美味しそうにスープを口にする。その姿はとても可愛らしかった。


それを見ながら早島は自分の前にあるパンを手に取り口に運ぶ。予想はしていたがやはり固い。噛みちぎることが難しく、苦戦していると、ヒルデガルドが笑う。


「面白い食べ方をするんですね」


早島は恥ずかしくなって俯きながらも口の中のパンを飲み込む。すると寝起き感マックスの山田がやってきた。彼女は大きなあくびを噛み殺しながら早島の隣に座り、眠たそうな顔で、パンをかじりついた。


「固い……」


小さく呟いてから、水を飲む。それからまた大きく口を開けてパンを食べていた。三人は食事を終え、食器を返却してから借りている部屋に戻ることにした。


部屋に戻った早島と山田がベッドに横になり、天井をただ見つめていた。


何をすればいいのかもわからず、そして、なんの目的もないままでアルティミアという世界へと放り込まれた。これからどうなるのか想像することも出来ない。不安だけが心の中に広がっていく。


そんなことを思いつつ目を閉じようとした時だった。扉を叩く音がした。


早島が返事をし、ベッドから起き上がって、扉を開けるとそこにはヒルデガルドがいた。いつものような優しそうな顔からとても緊迫したような顔をしている。それだけで何かが起きたのだろうと予測はできた。


「早島、それに山田。すぐにここを出る準備を」


ヒルデガルドの言葉の意味がわからなかったが、扉の外では兵士たちが騒がしくしていた。慌てたように廊下を走り抜けていく。その姿を見て早島は嫌な予感を覚えた。


「来たのか? 敵が?」

「あぁ―――それも大軍だ」


ヒルデガルドのその言葉を聞いて、早島の背筋に冷たいものが走った。ついにレイデン軍が動き出したのだ。


「荷物をまとめて。早馬を2頭用意してある」


早島は慌てて荷物をまとめる。といっても上着くらいだったが。山田も同じように荷物を持っていないので、すぐに終わったようだ。


早島たちが部屋を出て行くとヒルデガルドが先導していく。その間にも兵士たちが装備を整えている姿が見えた。


オーデン砦の外に出ると拓けた場所に出る。そこにはノウプの街を守るために集められた兵士たちが整列し、先頭にはフルプレートで身を包んだリザの姿があった。まるで、ジャンヌダルクのような姿に見惚れてしまいそうになった。凛として、美しい。そんな彼女が早島たちの姿をとらえると手招きをする。その近くまで駆け寄ると彼女の表情からは緊張が感じられた。


「レイデン軍の大部隊が北側からこちらに向かっているそうだ。ここはすぐに戦場になる。地図をここに」


そういうと一人の兵士が紙を渡してくる。それを広げるとオーデン砦周辺の地形が描かれているものだった。


 リザが指を指し示す。


「ここからアルコネダの森に入れ。少し進むとザラケマス坑道が見えて来るはずだ。坑道内はかなり入り組んでいるが、そこを無事に抜ければ、ミレテソス王国領内に入ることができる。そこで、ガルガロンという街の領主エレノア卿を頼ってくれ。彼女は信頼できる人物だ」

「いいのか? 俺たちこのまま行っても?」


早島が心配になって訊ねると、彼女は笑みを浮かべた。


「これは我々の戦い。お前たちにはまったく関係ないことだ。むしろ巻き込んでしまっていることを許してほしい」


そう言ってから、リザは早島に頭を下げた。その姿を見た早島は焦ってしまう。


確かに早島たちは巻き込まれているだけの存在かもしれない。しかし、それでも、何もしないで逃げることは、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


見渡せば兵士たちはほとんどが老人や子供、さらには女までが武器を持って戦いの準備をしていた。彼らは家族を守るため、恋人を守る為、あるいは自分の夢の為に戦おうとしている。


それに比べて自分たちは、この世界にきたばかりだというのに、ただ流されるままにここまで来てしまった。それが、無性にもどかしい。


「さすがにお前たち二人だけを行かせるわけにはいかない。そこで、私の一番の信頼を寄せる部下を護衛につけよう」


リザの視線がヒルデガルドへと向けられる。すると彼女はすでに馬に騎乗しており、準備を整えていた。

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