第11話 レイデン王国軍の侵攻 その2
それには早島も山田も驚いてしまった。彼女はてっきり、オーデン砦に残って、戦うものばかりだと思っていたからだ。
心強いが、最後の砦でもあるこのオーデン砦を離れても大丈夫なのか、と心配になる。
その疑問に早島は尋ねてみた。
「大丈夫なのか? ここの部隊長なんだろ?」
早島の問いに、ヒルデガルドは迷うことなく答えた。
「あぁ大丈夫さ。私は部下を信じている。そして、リザ様から大役を任された」
そう言うと、ヒルデガルドは一通の丸められた書状を取り出してみせた。
そこにはノウプの領主リザの蝋印された封がなされていた。
「これはミレタソス王国からノウプの街へ援軍を送ってもらえるように願い出る救援要請だ。これまでに使者を何度か出しているのだが、どれも失敗している。おそらく、レイデン王国の妨害にあっているのだろう。だから、今度は私自ら行くようにと任されたのだ」
その言葉に、早島は納得した。
ヒルデガルドは剣術に長けている。一般の兵士よりも遥かに強く、剣技だけでいえば、すでに騎士の称号を与えられるほどの腕前だった。
それならば、今回の救援要請に行かせるのにふさわしい人材だと思えた。
だが、同時に不安な点もあった。
彼女がいたからこそ、これまで、レイデン王国軍の攻撃を退けてきたのだ。
それがいなくなることは、これからの戦いにおいて大きな痛手となるのではないか、という懸念があったが、領主リザが鎧姿でやってきたことから、すぐに考えを改めた。
補足するようにヒルデガルドが言う。
「リザ様が前線の指揮を執られる」
リザがどれほど強いのか、早島はわからなかったが、彼女の凛々しい姿を見て、信じないわけにはいかなかった。
早島、山田、それにヒルデガルドからの視線に気が付いた彼女が小さく頷く。
ヒルデガルドが頷き返したあと、馬に勢いよく跨った。
そして、馬に乗るように促す。
「さぁ、ぐずぐずしてはいられません。急ぎましょう!」
ノウプの街を守る兵士たちから緊迫した空気の中、早島と山田は顔をお互いに見合わせた。
「……お前さ、馬に乗れたりすんの?」
「え? あたしは昔、牧場で乗馬やってたから問題ないよ」
「嘘だろ? 俺、馬なんて一度も乗ったことないんだけど」
「じゃあ、走れば?」
「んな、バカな」
二人は小声で囁き合う。そんな二人を見て、ヒルデガルドは呆れたような声を出した。
「早島殿、もしかして、馬に乗れないとかですか?」
ヒルデガルドの言葉に、早島は慌てる。
「あ、えっと、いや、その、乗れないというか、乗ったことがないというか」
乗れないと正直に言えばよかったのに、恥ずかしすぎて言えなかった。
早島の様子を見たヒルデガルドはなるほど、と小さくつぶやいたあと、手を差し出してきた。
「では、私が後ろに乗って差し上げます」
その申し出を断る理由はなかった。
早島はヒルデガルドの手を取り、彼女に引かれる形で馬にまたがる。
「おぉ……これが乗馬……」
初めての感覚に感動を覚える。
馬の背の高さは、ちょうど目線が肩の位置に来るくらいだった。
そこから見える景色は、いつもとは違う新鮮なものだった。
山田へとチラリと視線を向けると颯爽と馬に跨って見せる。
スポーツマンでもある彼女なら当然のことなのだろう。
早島は、自分が情けなく感じてしまう。
しかし、そんな気持ちも、すぐにどこかに行ってしまった。
早島の後ろにヒルデガルドがいる。
彼女の息遣いがし、そして、柔らかい物が背中に触れた。
それがなんなのか、すぐに分かった早島は背筋を伸ばした。
「ひぃ」
思わず変な声を出してしまった。
すると、ヒルデガルドは耳元でクスッと笑みをこぼす。
「初めての乗馬は緊張しますからね」
「あぁ、ううん」
恥ずかしさが込み上げる。
「では、しっかりと掴まっておいてくださいね」
そう言うと、ヒルデガルドは馬腹を蹴り、手綱を打って、馬を駆けさせた。そのあとに山田も続く。
ノウプの兵士たちとリザが見送るように手を振っていた。そこには援軍を連れてきて来てくれるという期待が込められているのだろう。
早島は軽く手を上げてそれに応えると、再び馬を走らせる。
オーデン砦の正門から飛び出すようにそのまま西に向かって馬を走らせた。
幸いのことにレイデン王国軍からの追手はいなさそうで、森の中へと続く道を走り、森を突っ切ることになった。
ヒルデガルドはしきりに後方へと視線を送っていたが、追手はいないことに安堵する。
「このまま、森を抜け、坑道へ向かいます!」
ヒルデガルドの言葉を聞きながら、早島は後ろを振り返る。すると、後方からは黒い煙が立ち昇っているのが見える。
(あの方角には……)
早島の脳裏に浮かんだのは、ノウプの街、オーデン砦がある場所だった。
その光景を見た瞬間、早島の中に言いようのない感情が生まれる。
あそこにはノウプの街の人たちがいた。女も子供も身を寄せ合って、恐怖に震えている人もいた。
自分たちだけ、逃げている気がして、罪悪感が生まれた。
何もできない自分が悔しかった。助けを求める人たちを助けたい。でも力がないし、どうすることもできない。
あそこで、留まって戦ったとしても、足手まといになるだけ。返って邪魔になるだろう。
早島は目を瞑り、頭を左右に振る。
そして、再び目を開くと前を見据える。
とにかく、自分ができることをすべきだ、そう思った。
早島は交渉力は長けていると自負している。
会社では取引先と良好な関係を築き、商談をまとめてきた実績もある。
それは異世界に来てからも変わらないはず。
人対人であれば、交渉する術はいくらでもある。
確実に援軍を送らせる方法を頭の中で考えた。
まずは、ミレタソス王国領内へ入ることが大前提であるが。
何事もなく、坑道を抜けて、無事に国境へ行ければいいのだが、世の中、そう上手くはいかないはず。
何かしら妨害はあるだろうと予想した。
しかし、今はただひたすら逃げるしかない。早島は気持ちを引き締めて、振り落とされないようにと馬の鬣を握りしめた。
異世界アルティミアへ転移して、美少年になって暴れます! 飯塚ヒロアキ @iiduka21
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