第7話 剣術
案内された部屋の中へ入るとそこには藁を敷き詰めたベッドが二つ。木製の机に燭台といった生活する中で、必要最低限な家具があった。窓枠には木製の引き戸が付いている。飾り物は一切ない部屋だ。街の防衛の為に築かれた砦なのだから、それで十分だろう。
ちなみにだが、この部屋にトイレはない。トイレはどこでするかって、それは中世ヨーロッパ的なアレだ。つまりチリ紙を片手に外でするのだ。
まぁ、慣れればなんて事ないんだろうけどな。山田はそうは行かなかった。
執拗に覗くなよ、変態と言って来る。なぜ、覗くことが前提なのかはわからないが、そんなことはしない。
リザは一通り、部屋の説明をしてくれたあと気さくに言う。
「何かあったら遠慮なく控えている兵士に言って欲しい。ではゆっくり休んでくれ」
そう言い残して、手を挙げて去っていく。リザの背中を見送ったあと早島たちは特にすることもなく、何かの目的もないので、とりあえず、ベッドへ横になることにした。
よっこいせっと。横になって一番に感じたこと。それは…
「寝心地わる……」
とにかくベッドの寝心地が悪い。早島の呟きを聞いて山田も不満な顔をして、何度も寝返りを打っている。
さすがは藁、ごわごわだ。寝心地が悪いことこの上ない。少しの間、我慢していたがやはり無理だ。俺は起き上がり、藁の上に座る。
「あーダメだ。トゥルーリーパーがどれだけよかったか、身に染みてわかるわ」
それに山田が起き上がり、興味を示した。
「え、先輩、トゥルーリーパーを持ってるんですか??!」
「おうよ。それもプレミアムの方をな」
それに山田は声を漏らすように「プレミアム…だと」と反応した。
トゥルーリーパーとはネットショップのみで購入ができるマットレスの一つだ。特徴としては、低反発で、まるで雲に包まれているような感覚が得られる。また、通気性がよく、蒸れないため夏場でも快適に眠ることができるのだ。しかし、一般人にとっては4万~5万円は高級品のため、なかなか手が出ない商品である。それを早島は夏のボーナスで購入したのだ。山田も前から欲しかったようで、どんな感じなのかを興味津々だった。
「……先輩にはいらないでしょ、そんなの高級品、私にくださいよ」
山田が手を差し出す。その表情からは本気さが伝わってくる。
「なんで、お前にやらないといけないんだよ」
早島が拒否すると、山田は不機嫌そうな顔になった。
そして、不貞腐れた様子で、「けちー」とだけ言う。
早島もそれを見て、呆れて物も言えない。
そんな中、扉がノックされる。どうぞと言うと、入ってきたのは街の守備隊長を務めているヒルデガルドだった。革製の鎧を脱ぎ、胸元が開いたシャツと茶色のズボンというラフな格好をしていた。腰には立派な長剣を吊っていて、腕まくりをしていた。袖にとおされた色白の細い腕がとても印象的だった。兵士なのにも関わらず、怪我した跡がどこにもない。柔らかそうな肌だ。
そんな彼女はトレーを持っていた。白い湯気が上がっていることから温かいスープのようなものが入っていることがわかる。
ヒルデガルドはそれを机の上に置くと、こちらを見た。それから微笑みながら口を開く。
「こんなものしか用意できなくて申し訳ない」
ヒルデガルドは眉を八の字にして、そういうと、俺と山田はトレーの上に載っている食事に視線を向けるとそこには温かそうな野菜入りのスープに、干し肉、そして、堅そうな細長のパンが載っていた。
たしかに質素すぎるが、仕方がないことだ。今は他国と戦争中。さらに言えば、包囲されているという。食糧事情は最悪なのだから、むしろこれだけあれば感謝すべきだ。こんな状況でも見ず知らずの自分たちに食事を運んでくるのだから。そのことに山田も気が付いていた。申し訳なさそうに言う。
「いいんですかこれ? 大切な食糧じゃ……」
それを聞いたヒルデガルドは答えた。
「安心してくれ。まだまだ食糧には余裕がある」
付け加えるように言葉を続けた。
「それに領主様からのご指示でもある」
リザが俺たちのために食糧を分けるようにと指示を出したようだ。それに俺と山田は同時に顔を見合わせた。本当にいいのだろうか、と思ったとき、山田のお腹の虫が鳴った。山田は顔を赤くしてお腹を押さえる。
早島は思わず笑ってしまった。
山田はさらに恥ずかしくなったのか、うつむく。その反応にヨナも俺と一緒になって笑い声を漏らす。山田はそのことが余計にいたたまれなかったようだ。
しばらくして、山田は落ち着いたのか、ヒルデガルドに向かって頭を下げた。
それにつられて、俺も軽く会釈をしたあと、まずはスープに手をつけることにした。木製のスプーンを手に取り、口に運ぶ。塩味の効いたスープだ。だが決して悪くはない。次に早島はパンを一切れちぎって食べる。堅いが、食べられないことはない。山田も一口食べてみたが、やはり固いようで、顎を痛そうにしているが、なんとか噛み千切っていた。
その様子をみて、ヒルデガルドは満足な顔をした。
「じゃあ、私は職務に戻るわ。何かあったらいつでも言ってちょうだい」
ヒルデガルドはそれだけ言い残し、部屋を出て行った。
それから早島たちは黙々と食事を続けることにした。お腹いっぱいになつて、睡魔に襲われる。横を見ると同じく山田はうとうとしてしまっているので、声をかけた。
山田はハッとした様子で返事をした。ヒルデガルドは山田に先に寝ることを伝える。山田はそれに同意するように小さく首を縦に振った。山田はベッドに横になったと思うとすぐに小さな寝息が聞こえてきた。
よほど疲れていたんだろう。
寝息をたてている山田をチラリと見た。仕事が一緒の人間であって、プライベートでの関わりは一切ない。ただの会社の後輩だ。しかし、不思議と山田に親近感を覚えた。仕事をしている姿しか見たことがない彼女の寝顔、いがいに可愛いと思ってしまう。そんなことを考えながら、早島は目を閉じた。
♦♦♦♦♦
――――目が覚めた。
窓の外を見るとまだ暗かったようで、おそらく日が出たばかりだろう。俺は上半身を起こすと、隣で寝ている山田を起こさないように気を使いながら立ち上がった。おもむろに窓から景色を見ようと木戸を開けた。軋む音がしたあと、外には暗闇が広がっていた。空に星々が輝いている。その光景に少し感動する。視線の先には破壊されたノウプの街が薄っすらと見える。破壊し尽くされた街。そのさらに向こう側、大きな山陰の麓付近にオレンジ色の光が横一面に広がっているのが見えた。あれはきっと包囲しているレイデン王国の軍隊。この街が包囲されている、という言葉が確かなことだとわかる。無数の灯りがすべて敵軍なのだと思うとゾッとした。早島はしばらくその風景を見つめる。
そんな中、山田が寝返りをうった。そこへ視線を向ける。山田のズボンのポケットから何かが落ちる。赤色で革製のキーケースだった。それを拾い上げようと手を伸ばす。
そのとき、早島の手が止まった。
これは……
キーケースにアニメのキャラクターのストラップがついていた。薄暗い部屋の中、よく見えないので、近づける。
中世的で男か女かわからない青い髪色の美少年。つまり、我々オタクが言うところのショタだ。
「あれ、どっかで、見たことあるキャラだな」
早島はふとそう思った。この世界に来る前にどこかで見たような気がしたのだ。思い出そうとする顎に手を当てる。
すると深夜帯で放送されているアニメのことを思い出した。
男子アイドルを育成する学園モノのアニメで、主人公は高校の先生として、生徒たちをアイドルにするために日々奮闘するというもので、そのアニメに出てくるキャラクターに似ている。
「名前は確か、東城ルイだったけ」
そうだ、たしかにそんな名前のキャラクターがいたはずだ。
早島はもう一度、そのキーホルダーに視線を落とす。たしか、早島の好きな声優さんが演じているキャラクターのはず。
なぜ、山田のズボンのポケットにこんなものが入っているのか、疑問に思う。
そういえば、山田は最近ゲームにハマっているといっていた気がする。
まさか、と思いながらも、一度考え出すと止まらない。
早島の中で山田のイメージが崩れていく。
山田は寝言でルイ君といった瞬間、俺は確信を得た。
「お前、ショタコンだったのか」
早島は唖然とした表情を浮かべる。それから山田の顔を見下ろした。
山田は気持ち良さそうな顔をしながら、また寝返りをうつ。
それを見て、早島は苦笑いをこぼすしかなかった。
とりあえず、隠していたことだし、そっと山田のズボンのポケットにルイ君のキーホルダーがついたキーケースを戻しておくことにした。
山田は起きていないだろうかと心配したが、どうやら大丈夫のようだ。
ホッと胸を撫で下ろす。
ベッドに腰を下ろしたが、どうも眠れそうな感じがしなかったので、部屋を出て、砦の中を探索することにした。
廊下は静まり返っていた。廊下には兵士たちが座り込んだまま寝息をたてて眠っている。鎧をつけたままなので、さぞかし眠りにくいだろうとは思いつつも、いつ攻められてもいいようにと警戒しているのかもしれない。
階段を降りて一階へと向かう。そこに兵士たちに何か指示を出しているヨナの後ろ姿が見えた。声をかけようとしたらその前にヨナがこちらに気づき、振り返ってあいさつしてきたので、会釈をして返した。
「早島、早起きなんですね」
ヒルデガルドは微笑みながらいった。それに早島うなずく。
「出勤時間が早くてな~いつも6時起きとかザラだからね」
早島の仕事場は近いが、早く帰りたいという思いで、早めに家を出ていたので、自然と朝も早くなっていた。出勤時間という言葉にヨナは小首をかしげた。
「早島は働かれているので?」
ヒルデガルドには旅人と告げている。なので、矛盾が生じてしまっているようなので、俺は適当にごまかすことにした。
「あ、あぁ、えっと、昔の話さ。その習慣が抜けなくてね」
そういうと俺は誤魔化すように笑った。
それに納得した様子で、ヒルデガルドはうなずいていた。
「なるほど。そうでしたか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます