第6話 ヒルデガルドとの出会い その2

 早島と山田は同時に頷き、ヒルデガルドと呼ばれる女剣士の後に続いた。


 早島と山田はヨナに案内され、街の中を進んでいく。どこも酷い有様で、何もかもを破壊され、生きている人間なんていないんじゃないかと思えるほどだった。しかし、街の中央辺り、噴水広場に行くとポツポツと人の姿が見えてきた。みなボロボロの服に身を包み、怪我をしているものも多かった。


死んだ人間には布で覆われ、埋葬するために墓穴を掘っているところを目の当たりにする。こんなところに人を埋めるのか。


「ひどい……」


山田は口を手で押さえながら、つぶやく。早島は言葉が出なかった。


山田もそうなのだろうが、早島も死んだ人間を生まれて初めて、目の当たりにした。こんなにもたくさんの人間が死んだことなんて、日本ではまずありえないだろう。ましてや死んだ人間の姿をみること自体、普通じゃ考えられないことだった。


「ここが私の住んでいた街……ノウプよ。昔は花の都なんて言われて、栄えていたんだけどね……今は見る影もないわ」


 それになんて答えればいいのかわからなかった早島は黙り込んでしまった。山田もそうだ。ヒルデガルドが気を遣って話しかけてきた。


「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。私はヨナ、この街の守備隊長をしているわ」


 守備隊の隊長と言われて、納得してしまう。現代日本でいうバリバリできるキャリアウーマンみたいな雰囲気を出している。


「早島です」

「山田っす」


 俺と山田はそれぞれ、自己紹介した。ヒルデガルドは名前を聞いて微笑む。


「よろしく。それで二人はどこから来たのかしら? 見たことのない服装をしているけど」


 そりゃあ、見たこともないだろう。早島たちの服装は21世紀のビジネススーツ。合成繊維やらなんやらで作られた日本人の象徴とも言えるスタイル。ある意味で、奴隷でもあるが……。


 奴隷の服装です、とは言えるわけもなく、日本から転移してきました、とも言えない。


 そもそも、このアルティミアの世界に日本は存在するとは思えない。


 とりあえず、適当に誤魔化すことにした。


「えっと……東の最果ての島国って感じですね」


 ヒルデガルドは納得していない様子だったが、それ以上追及してくることはなかった。


 しばらく歩いたあと、俺たちは街外れにある木の壁に囲まれた砦へたどり着いた。


 いかにも中世ヨーロッパの建物風だ。


 弓狭間から兵士が睨みを効かせている。


ロングボウ兵、長弓兵だ。そして、太陽を背に牛の紋章が入った軍旗が風になびいている。


砦は突貫で造られたようで、水掘りではなく、土を掘り起こし、窪ませた土掘りのようだった。他にも簡単に壁に登られないようにと鋭利に尖った木材がびっしりと設置されていた。


そして、いたるところに兵士が寝泊まりする簡易テント、幕舎が砦の出入り口の道を挟むようにして建てられていた。


「あそこが私たちの住むオーデン砦よ」

「あれが……」


壁の外には簡易的な柵が作られていて、門番らしき兵士が立っていた。ヒルデガルドの姿を見て、慌てて駆け寄る。


「隊長、お帰りなさいませ」

「えぇ、ただいま。リザ様は?」

「はい。中で執務を取られております」

「わかったわ。あなたたちはここで待っていて」

「了解しました」


ヒルデガルドは砦の門を通り過ぎ、中へと入っていく。早島と山田はその後ろについて行った。


砦の中では兵士たちが荷物を運び、戦いの準備を進めているように見えた。次々に木箱を運び、ひしめき合っている。それを見ながら階段を上り、渡り廊下を進む。


廊下は木製、天井も床も木製だ。壁には何も飾られておらず、燭台が点々と置かれているだけ。まさに機能だけをとことん追求したような作りになっていた。


それでも窓枠がないため、薄暗く、少し空気もどんよりとしている。 狭い通路には多くの負傷した兵士たちが寝かされていた。その誰もが酷い怪我をしている。


しかし、ヒルデガルドの姿を見たとたんに誰もが敬意を示すように頭を下げ、動けない者は身体を起こそうとする者もいた。


そんな彼らにヒルデガルドは答え、会釈をしながら進んでいく。


「ここが領主の部屋よ」

「えっと……入ってもいいんですか?」

「ええ、大丈夫よ。入りましょう」


 ヒルデガルドはノックすると、「失礼します」と言い、部屋に入っていった。それに続いて早島たちも入る。


 部屋の真ん中に執務机が置かれ、そこに鉄製の鎧を着込んだポニーテールの女性が険しい顔をして座っていた。彼女は早島たちを見ると椅子から立ち上がり、こちらに近づいてくる。


「ヒルデガルド、よくぞ無事で戻ったな」

「ええ、なんとか。でも、もうダメかもしれません」


 それに女領主は視線を落とす。ダメかもしれない、という言葉ですべてを理解した様子だった。重たいため息をついたあと、目頭をつまみながら訪ねてきた。


「戦える兵士はどれくらい残っている?」


 女領主の質問に対してヒルデガルドは言いにくそうに視線をそらせたあと小さな声で告げる。


「半分以下……でしょうか。500人ほどしかいません」


 女領主も自分の手勢がどれだけ残っているのか、大体の予測はしていたようだが、数を聞いて、落胆するかのように力の入った肩を落とし、息を漏らす。


「そうか……」


 ヒルデガルドが尋ねる。


「ミレテソス王国からの増援は? どうなりましたか?」

「使者を送ったが、返事はまだない」

「……つまり、見捨てられた、ということですか?」

「そうかもしれない」

「なんてこと……」


絶望に満ちた表情を浮かべるヨナ。それを見ていた女領主は、諦めてはいない様子だった。


「まだだ。まだ希望は捨ててはいけない」

「しかし…」


どう考えてもこの危機的状況を覆すほどの戦力は有していないことをしっているヒルデガルドは唇を噛み締め、悔しさを露わにした。


女領主もそれを知ってか、地図上にあるオーデン砦を叩いた。


「まだこのオーデン砦がある。ここで耐え忍ぶ。その間にもう一度、使者を出そう」

「わかりました」

 

 ヒルデガルドは胸に手を当てる。それに女領主も決意するように頷く。それからようやく視線が早島に向けられた。


「ヒルデガルド隊長、そこの二人は?」

「はっ。旅人のようです」

「旅人だと?」


こんな時にのんきな奴だな、とおもわれているんだろうか。それとも密偵とでも思われているのか、疑いの目を向けてきている気がした。


早島は顔を引きつらせながらも笑顔を作って、好意的に見せる。好感度は第一印象が重要、っていうし。最初の3秒で決まるという話もなる。


「このまま彼らを街の外に出すのも危険かと思いまして、勝手ながら保護しました」


街の周辺はすでにレイデンの兵士が包囲を始めていた。戦闘状態が続く街から出ていくとなると伝令だと思われても仕方がない。矢が飛んでくるのは間違いないだろう。


それに女領主も納得する。


「なるほど。それもそうだな」


 女領主は強気な姿勢を先ほどまで作っていたが、二人を前に表情を少し緩めた。眉を八の字にして、弱々しく謝罪を口にした。


「すまない。このような状態で、君たちを引き留めてしまうことになってしまった。なに、頃合いを見て、逃げれるように手配しよう。それまでは少し滞在してくれたまえ」


とても、親切な領主だ。今にも滅ぶかもしれないような状況下で、どこの誰かも知らない人間を保護し、その脱出を手助けしてくれるというのだ。女領主が何かを思い出すように俺に歩み寄って来ると手を差し出してきた。


「自己紹介がまだだったな。私はこのノウプの街の領主をしているリザ・フォルテスだ」


 早島はその手を握り返しながら名乗り返す。


「早島誠です。んでこいつは俺の部下の山田有利です」

「え、誰が部下なんすか??」

「だって、俺のあとに会社入ったし」


 早島と山田のやり取りにレベェッカは先ほどまでとは打って変わった優しい笑みを浮かべる。


 そんなこんなで握手を交わした早島たちは、女領主ことリザに案内されて早島たちは客人が泊まるために用意された部屋へと案内された。

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