第34話
帰っていく親友たちを見送ったロレインは、三つ子の部屋へ向かった。
「さあ、おやつが済んだら皇の狂戦士の訓練を見学に行きましょうね。ヴァルブランドを守ってくれている戦士に対して、感謝の念を新たにするために」
「「「はーい」」」」
三つ子が嬉しそうな声を出す。
同時に生まれたとはいえ、彼らの性格はそれぞれ違っていた。ロレインは三つ子の興味や関心、能力に応じてあちこち連れて行ってやりたかった。
そこで、宮殿の敷地内を三つ子と一緒に見て回ることにした。まだ五歳の彼らは、限られた場所しか探検したことがなかったから。
宮殿内なら安全かどうかを気にする必要がないし、伝統や歴史といった重要なことも学べる。自分たちの恵まれた暮らしを支えてくれる使用人とのふれ合いも大切だ。
三つ子は知らない場所へ行けて、とても機嫌がいい。やんちゃの塊みたいな子たちだが、見学者という立場をよくわきまえてくれている。
昨日行った厩舎には、ヴァルブランドが誇る黒い長毛の馬がたくさんいた。
調教師が放牧場で元気な子馬を訓練している様子にカルは夢中になったし、エイブは馬が草を食む姿をスケッチした。シストは馬の生態に興味があるらしく、ずっと厩務員にくっついていた。質問攻めにされた厩務員は嬉しそうだった。
そのほかにも、宮殿内の部屋を数え切れないほど回った。
貴重な品々が収められた宝物庫、歴代皇帝の肖像画が飾られた展示室、由緒ある古剣などの武器や防具が並ぶ保管庫。舞踏室にはヴァルブランドの神話を表現したタペストリーがいくつもある。三つ子は見るものすべてに歓声を上げた。
「おやつは残さず召し上がってくださいね。より元気になれますよ」
ばあやが穏やかな声で言う。彼女は熱心に三つ子の世話をし、守り役たちから信頼される心強い存在になっていた。三つ子からも心から愛されており、宮殿になくてはならない特別な人だ。
ばあやは食事をとても重んじた。食べることに関心のない三つ子に、折に触れて食べ物の大切さを教えてくれている。おかげで三つ子はひと欠片も残さずに食べるようになり、すっかり血色がよくなった。
「ぜんぶ食べたよぉ」
まだおやつの詰まった口で、カルがもごもごと言った。ロレインは彼の頭を撫でてやった。
カルは訓練の見学を誰よりも楽しみにしている。きらきら輝く瞳が、彼の隠しきれない興奮を伝えていた。
「兄さまと戦士の試合が見れるの、最高!」
あどけなく感情を表現するカルに、ばあやも守り役たちも笑顔になる。
「私もとても楽しみよ」
ロレインの言葉は、まぎれもなく本心からのものだ。いまや宮殿中が、高揚感を感じられる楽しい場所になっている。
マクリーシュでは、婚約破棄後は生きがいもなく生きていた。まさかジェサミンの皇后として揺るぎない地位を保証され、新たな人生を開拓できるなんて思ってもいなかった。
サラが流した勝手な噂は、まもなく払拭されるだろう。ロレインの目の前には、洋々たる人生が広がっている。
(私は何の憂いもない日々を送っているけれど。エライアスの人生は、悪い方へと転がる一方かなあ……)
ヴァルブランドを敵に回すのはよほどの愚か者か、よほどの強者かのどちらかだ。エライアスは後者ではないし、マクリーシュのためにも前者ではないことを祈りたい。
(サラは気に入らないことがあると、周囲に容赦なく怒りをぶつけるし。エライアスに対して、拗ねた子どものように振る舞っているかも。彼は『真実の愛は揺るぎない』と断言していたけれど……サラが自由奔放に生きるのをやめないのなら、二人の関係が致命的な結果を迎える可能性もあるかもしれない)
サラが王太子妃としての教育を受けていないことを、エライアスだってちゃんとわかっていた。
男爵令嬢の成功物語は国民の気持ちを高揚させるけれど、彼女本来の実力には不釣り合いな地位だ。
能力の低さや経験不足を穴埋めするために、二人の『自由恋愛』に憧れる有力貴族の令嬢を、侍女として大勢雇ったと聞いている。
(王太子の結婚は、国家運営に関わる重要な問題。自分への愛でサラがひと皮むけるに違いないと、エライアスは信じていたけれど……)
夫が職務に邁進できるかどうかは妻にかかっている。
ヴァルブランドの宮殿とマクリーシュの王宮、場所は違えどロレインとサラは『自分がどれほど素晴らしいか』を示さなければならない。ほぼ同じタイミングだなんて、皮肉なことだ。
サラとエライアスが思い描いていた未来像は、ロレインがジェサミンの皇后となったことで大きく揺るがされただろう。
こういう状況になった途端に壊れるような愛では、立派な王と王妃にはなれない。二人の間に特別な絆が存在するのなら、きっと乗り越えられるはずだ。
(ああ、あの二人のことを考えると、色んな感情がごっちゃになるなあ。どっちにしろ明日か明後日には情報が入ってくるだろうし。私は私で、自分の役目を果たさなくちゃ)
ロレインがそう思ったとき、シストとエイブがおやつを食べ終わった。
「それじゃあ、訓練場へ行きましょうか」
「「「うん!」」」
三つ子を連れて宮殿内を歩くと、使用人たちがにこっと微笑む。誰に対しても愛嬌を振りまく弟たちは宮殿のアイドルなのだ。
ばあやと三人の女官が数歩後ろをついてくる。誰もがロレインに対して敬意のこもったまなざしを向け、膝を曲げてお辞儀をしてくれた。
宮殿内はどこも活発な雰囲気で、使用人たちの顔は実に生き生きとしていた。
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