第42話
「連中には馬車を駆り立て、ひたすら宮殿を目指してもらうことになっている。こちらはゆっくり準備を整えて出発しよう。目指すは奴らの宿泊場所、帝都の外れにある、俺の爺さんが晩年を過ごした城だ」
ジェサミンが張り切った声で言う。
「俺の爺さんはなんというか、ちょっと変わった人でなあ。一見しただけではわからない隠し通路や隠し部屋を、城の至る所に作ったのだ。子どものころに教えてもらって、あちこち探検して回ったものだ」
「持ち主は最高に楽しいでしょうが、宿泊客……国王夫妻とエライアス、そしてサラは気持ちよくくつろぐどころではないですね」
「なあに、強行軍で疲れているから気付きもしないだろうよ。それに戦士たちが、いつも連中を監視しているからな。プライバシーなどあったものではない。ついでにちょっと、隠し部屋から覗かせてもらうだけだ」
肩をすくめた後、ジェサミンはなぜか思案顔になった。
「念のため変装するにしても、俺は前髪を下ろして狂戦士の格好をするだけで済むが。お前の美しさを隠すのは、なかなかの難題だな。変装はお手のものなあいつらに、助力を願うか……」
ジェサミンはそう言った後、壁際に控えている部下たちの方を向いた。
「ケルグ、公爵令嬢たちを呼んで来い。ティオンは三つ子とばあや、他の守り役たちに支度をさせろ。せっかくの遠出だ、思いっきり楽しんだ方がいいからな」
ケルグとティオンが「おおせのままに」と頭を下げ、部屋から出ていく。
「さあ、俺たちも荷造りだ。女官たちに指示をすれば、どんな旅のどんな場面にも対応できる準備をしてくれるはずだ」
「は、はい」
ロレインが自室に戻ると、三人の女官は早速荷造りを始めた。彼女たちは顔を輝かせ、楽しそうに準備を進めた。
「ロレイン、お手伝いに来たわよ!」
「シェレミー! わざわざありがとう」
「いいのよ。あ、パメラも来たわ」
シェレミーがそう言った直後に、レーシアとサビーネもやってきた。全員で笑みを交わし、早速『変装』の打ち合わせに入る。
「そうねえ、化けるとしたら侍女かしら。髪はアップにして、キャップの中に入れてしまえばいいんだし。深めに被って、眉も隠しちゃえばいいわ」
「かつらや髪粉を使うより手間がないわよね」
「顔の印象を変えるメイクの仕方を教えるから、しっかり覚えてね」
「見た目をごまかすための小物も貸してあげる」
やるからには徹底的に、という彼女たちの熱意と知識に、ロレインは後ずさりしそうになった。
いつか約束した街歩きはまだ実現していないが、彼女たちは息抜きをするにあたって変装を駆使していたに違いない。
「ファンデーションは濃い目にしましょう。アイシャドーとチークはオレンジ系がいいわね」
「このブラウンの眉墨で、左右非対称にそばかすを描くの。最後にパウダーをはたくと、より本物っぽくなるわ」
「口紅はナチュラルな感じがいいわね、やっぱりオレンジ系かしら。さっとひと塗りして……さあ、メイクは出来上がり」
「最後に、この大きな黒縁の伊達眼鏡をかけて、できるだけ顔を隠すの」
一時間もしないうちに、鏡の中には別人のようになったロレインが映っていた。
「すごいわ。見た目がこれほど変わるなんて……目を疑っちゃう。やっぱりあなたたち、その道のプロなのね」
ロレインが言うと、すぐに四人分の笑い声が返ってきた。
「公爵令嬢から普通の娘に変わるのって、案外楽しいのよ」
「たまには息抜きしなくちゃ、疲れちゃうでしょ?」
「もちろん護衛はつけるけど、ひと目で貴族だってわかっちゃう格好はしたくないじゃない」
「せっかく街歩きするなら、気後れすることなく自由を味わいたいものね」
「私……あなたたちと友達になれて本当に良かった。色々と落ち着いたら、全員で街歩きに行こうね」
ロレインは四人の令嬢に微笑みかけた。彼女たちが「もちろん」と揃ってうなずく。
「変装の手順はメモしておいてあげる。それから城に入る前に、念のため皇后の指輪は隠しておいた方がいいかも」
シェレミーに言われて、ロレインは左手に輝くレッドダイヤモンドの指輪に目を落とした。
「そうね。革ひもを結んで、首からかけておくわ」
それからも四人はてきぱきと協力して、ロレインのメイクを通常に戻したりメモを書いたりと、数々の準備をこなした。
「エライアスとサラのありのままの姿を見るっていうのは、素晴らしいアイデアだと思うわ」
「陛下の場合は自分が楽しむためじゃなく、純粋にロレイン様のためよね」
「そうそう。あの方はロレイン様のためなら、必要なことはなんでもするし。きっぱり過去と決別するためには、二人の真の姿を見た方がいいもの」
「そうしたらしっかり前を向けるものね。心の痛みに終止符を打って、大切なのは現在と未来だけって思えるようになるわ」
四人の言葉に、ロレインは曖昧に首を傾げた。
「自分では、昔の事なんか少しも気にしていないつもりなんだけど……。うん、でもやっぱり、ちゃんと自分の目で見たいな。みんなのおかげで、何もかも用意が整ったわ。いつも私を支えてくれてありがとう」
「恩なんて感じないで。私たちの友情は一生ものなんだから、お互いに支え合っていきましょ」
シェレミーがはつらつと笑う。残りの三人も温かな笑みを浮かべた。
皇族やそれに準ずる者が使える出入口まで彼女たちを見送る。踵を返したとき、三つ子たちが走ってくるのが見えた。彼らの後ろにはジェサミンとばあやがいる。
「「「姉さまーっ!!」」」
カルとシストが駆け寄ってきて、ロレインの足にそれぞれ抱きついた。遅れたエイブが後ろに回り、ぎゅっと抱きついてくる。
「兄さまが旅行に連れて行ってくれるって。宮殿じゃないところにお泊りするんだよ」
「ばあやも一緒にいてくれるって。家族旅行ってやつなんだって」
「僕たち、お行儀よくするって約束したんだ」
三つ子の顔に笑みが広がる。彼らにとってばあやは祖母のような存在で、ロレインは大好きな姉だ。
「カルもシストもエイブも、旅行は初めてなの?」
「うん、僕ら体が弱いからだめだったの。でもお医者さんが、いまなら何の問題もないって」
カルが誇らしげに言うと、シストとエイブも胸を張った。ばあやが笑いながらうなずいている。
三つ子と一緒なら、エライアスとサラ、そして国王夫妻の様子を見る以外の時間は楽しく過ごせるに違いない。ロレインは順番に三つ子の頬にキスをして、それからジェサミンに微笑みかけた。
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本日はもう一回更新します。サラとエライアス登場までは……!
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