第28話

「ジェサミン様の弟君!」


 ロレインは思わず叫んだ。

 すっかり仲良くなった四人の令嬢たちの言葉を思い出す。


『陛下の三人の弟君は、まだお小さいの。先代の皇帝陛下は、正妃様を失ってから長い間悲しみに沈んでいらっしゃったから』


『先代様の晩年にようやく、身分の低い妃にお手がついたのよね』


『なんと三つ子ちゃんなの。信じられないくらい可愛いわよ!』


『でも、全員小さく生まれたから体が弱くて。お母様の身分も低いし、次の後継者にするには不安があるのよね』


 三人の子どもたちは何から何までそっくりだった。髪は艶やかな琥珀色で、きらきらと輝く目は光の具合で金色に見える。

 どことなくジェサミンに似ているのは、顔立ちや髪と目の色が父親譲りだからだろう。


(か、可愛い!)


 ロレインはひと目で心臓を鷲掴みにされてしまった。

 三つ子たちは庭を好き勝手に飛び跳ね、塀によじのぼったり、休憩用のあずま屋の階段を一段ずつジャンプしながら下りたりと、お付きの女性たちをはらはらさせている。

 小さなエネルギーの塊である三人に対して、守り役が二人では明らかに手が足りていない。


「恐るべきいたずらっ子たちめ。また守り役をダウンさせたか」


 ジェサミンはそう言いながら、両開き窓を大きく開いた。

 窓枠に手を突いて肩と腕に力を込めたと思ったら、彼は軽々と己の巨体を持ち上げ、窓の向こうにひらりと飛び降りた。

 いくら一階とはいえ、びっくりしてロレインの心臓の鼓動が乱れる。


「来い、ロレイン。誰かが怪我をする前に三つ子を止めなければ」


 ジェサミンが窓の外で両手を広げている。この部屋には、庭に出るための掃き出し窓はない。


「そこの椅子を持ってきて、踏み台代わりにするんだ。それほど難しいことじゃない」


「は、はい」


 ロレインは長い間抑え付けていた冒険心が目を覚ますのを感じた。

 どう考えても『いけないこと』だし、お行儀が悪すぎるけれど──優等生の言動しかしてこなかったいままでの自分と、さよならしたい気分だった。

 急いで椅子を窓辺に寄せる。その上に立つときは胸がどきどきした。窓枠に足をかけて身を乗り出すと、ジェサミンがしっかり抱きしめてくれる。彼はロレインを抱えたまま、大股でずんずんと歩いた。

 ここは壁で囲まれた小さな庭園で、皇族のプライベートエリアだ。ジェサミンは三つ子たちの近くまで来ると、ロレインを芝生の上に立たせた。そしてすうっと息を吸い込む。


「カル、シスト、エイブ! 風邪が治ったばかりで無茶をしてはいけないと、あれほど言っただろうがっ!」


 三つ子が申し合わせたように動きを止めた。そして同時にぱっと顔を輝かせる。


「「「兄さま!」」」


 ジェサミンが芝生にしゃがみ込んで、突進してきた三つ子を大きな胸で受け止めた。


「僕たちいい子にしてたよ」


「でも、もう寝るのはたくさん」


「うん。あきちゃった」


「朝の冷えた空気はお前たちの体に良くないんだ。咳が出て苦しい思いをするのは嫌だろう?」


 ジェサミンの声から、心から弟たちの身を案じていることが伝わってくる。しかし三つ子は「うーん」と不満そうな顔をした。兄さまはちっともわかってない、とでも言いたげだ。

 三人とも、幼いながら強情そうな雰囲気を漂わせている。そんなところもジェサミンにそっくりだ。


「お姉さん、誰?」


 三つのそっくりな顔がロレインを見上げてくる。すぐに芝生に膝をついて、自分の弟になった子どもたちに微笑みかけた。


「はじめまして、私はロレイン──」


「うわあ! お嫁さんだっ!」


 ひとりが興奮気味の声を上げた。


「兄さまと結婚したんだよね」


「そうだよ、みんなが言ってたもん。いい人が見つかったって」


 残りの二人もわくわくした顔つきになる。


「「「かわいいね」」」


 三つ子がロレインを囲むように身を寄せてきた。さっきまでしがみついていたジェサミンのことは、もう目に入っていないらしい。


「そ、そう? ドレスもしわくちゃだし、髪もはねてるし。言いにくいけど、まだ顔も洗ってないし……」


 嬉しそうにスキップしながら、三つ子はロレインの周囲をひと巡りした。


「僕はカル、五歳だよ。三人の中で一番スキップがじょうずなんだ。お姉さん、ボール遊びはできる?」


「ど、どうかしら。あんまりやったことがないから……」


「僕はシスト。お姉さん、石は好き? 僕の部屋に変わった形の石がいっぱいあるんだけど、見る?」


「ぜひ見てみたいわ」


「僕はエイブだよ。そうだ、僕が作ったお話を聞かせてあげる。デールっていうトカゲが出てくる話なんだ」


「わあ、すごく面白そう」


 ロレインは熱心に三つ子たちの話を聞いた。五歳にしては体が小さいし、ほっそりしているけれど、元気いっぱいで男の子らしい。


「ひと目で惚れ込んだか。血筋のなせる業だな……」


 三つ子にぎゅうっと抱きつかれているロレインを見ながら、ジェサミンが深々とため息をついた。


────────

GW中、どこかに行かずともあれやこれやあり。どうしても更新のできない日が出てきてしまいます。

2日に1回は更新できるよう頑張りますので、よろしくお願いします。

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