第36話
夜の『練習』の時間はさりげなく振る舞おうと思ったのだが、やはり興奮は隠せなかった。ジェサミンを待つ間、ロレインはずっと心臓がどきどきしていた。
「ロレイン!」
大きく扉が開いて、ジェサミンが勢いよく入ってくる。体が大きい上にオーラがあるから、部屋が急に狭くなったように感じられた。
「今日の俺はどうだった?」
ジェサミンが子どものように顔を輝かせる。
「すごく格好良かったです。三つ子と一緒に大興奮しました。もう、ジェサミン様を知る前の自分には戻れません。本当に、忘れられない一日になりました」
「そうだろう、そうだろう。この最強最高の俺様の雄姿を見たら、ときめかずにはいられないだろう」
ジェサミンが少年のように無邪気な顔で笑うので、ロレインもつられて笑ってしまった。
「俺のことを、もっと好きになったか? どれくらい好きだ?」
「とっても好きになりました。ずっと探していた自分の一部が見つかったみたいな……上手く説明できないけど、そんな感じです」
「ふうむ。つまり、心が満たされたということだな」
得意満面の表情を浮かべて、ジェサミンがうんうんとうなずく。彼はロレインを見ながら両腕を広げた。
「さあ、来るがいい」
最初は少し怖かった『練習』も、いまでは二人の間の確かな絆を感じる時間だ。最近ではジェサミンの腕の中に、ごく自然に吸い込まれるようになったのだが。
(きょ、今日は流されちゃ駄目。私のこと好きですかって、ちゃんと聞くんだから)
ロレインは自分に言い聞かせた。背筋をぴんと伸ばし、ジェサミンを見返す。
「どうした?」
こちらの全身にみなぎる緊張感に気づいたのか、ジェサミンが眉を寄せる。ロレインはもじもじしながら「あの、その」とつぶやいた。
赤面しそうになるのをこらえ、これまでため込んできた感情を一気に解き放つ。
「わ、私のこと好きですか? どこが好きですか? どれくらい好きですかっ!?」
「ぐっ!!」
ジェサミンは胸に一撃を浴びたように後ずさった。
「私、自信のなさにかけては専門家なんです。私を好きになって、求めてくれる人なんて絶対に現れないって思ってて。だから、いまが夢じゃないって実感できるように、言葉が欲しいんです……っ!」
ロレインは体が熱くなるのを止められなかった。欲張りな心の声を、もう無視することができない。
「私のこと……好きですか?」
ジェサミンの喉から「うぐぐ」という唸り声が絞り出された。彼は髪の生え際まで真っ赤になって、檻の中の獅子のように落ち着きなく室内を逃げ回る。
「お、おお、俺は言葉よりも態度で示す男だ!」
「それはズルいです」
ロレインは少しためらったが、ジェサミンをぴったり追いかけた。
彼の全身から激しく火花が散っている。汗が噴き出しているし、呼吸が速いし、全身が小刻みに震えている。かなり動揺しているようだ。
「うおっ!」
ジェサミンがローテーブルにつまずく。ロレインは少しよろめいた彼の体をすかさず支え、壁際に追い込んだ。とんだ醜態を見られたことが恥ずかしいのか、ジェサミンがさらに顔を赤くする。
「ま、待て。待ってくれロレイン。扉から入ってくるところからやり直させてくれ。格好をつけさせてくれ。その、二十四歳の世慣れた男らしく……」
いつもの威厳はすっかり消えて、声がおぼつかない。ロレインは体が触れ合うほどに近寄ると、ジェサミンの顔に手を添えた。
「私、女性に慣れていないジェサミン様のことを、もっと知りたいです」
「慣れてないことは……いや、そりゃオーラのせいで、普通の男と比べたら……」
ジェサミンはしどろもどろになって、唇を噛んだ。その姿がどんなに可愛いか、彼はわかっているのだろうか。印象と実態のギャップが凄すぎる。
(か、可愛い……っ!)
ロレインも唇を噛んで、悲鳴とも歓声ともつかない声を押し殺した。
ジェサミンが「ちくしょう」と低く唸る。
「生まれてこの方、女には怖がられるばかりだった。俺としたことが、お前の前では腑抜けで弱虫で小心者になる。どう振る舞えばいいかさっぱり見当がつかんのだ。練習だって、実際は俺自身のためのもので──二十四にもなって、か、格好悪いだろうっ!」
憤然と顔をしかめ、ジェサミンは髪を掻きむしる。ロレインは彼をひたと見つめて微笑んだ。
「それって、とても」
ジェサミンにぴったりくっつく。そして「素敵です」とつぶやいた。
「すごく嬉しい。特別な女性になった気分です」
ロレインは自分の心臓の音を聞いた気がした。いや、ジェサミンの鼓動かもしれない。
「好きって言葉を与えることができるのは、お互いだけ。私が求めているのと同じくらい、ジェサミン様から求められているって、言葉でわからせてください」
「そ、そんなに可愛い顔で笑うな! まともに頭が働かんっ!」
ジェサミンのオーラが荒れ狂っている。本当に自分を制御しきれなくなっているらしい。
ロレインはさらに美しく微笑んだ。誘いかけるように、でも正々堂々と。
「ジェサミン様の自業自得でもあるんですからね。私ばっかり、もう何十回も言いました。今度は私が受け取る番です」
さあどうぞ、と言わんばかりに小首をかしげる。
ジェサミンは「うう」とくぐもった声を漏らし、また頭を掻きむしる。
しばらくしてから、彼は聞き取れないほどの小さな声で何事かをぼそっとつぶやいた。
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