真夜中の秘密

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

この『秘密』があなたには分かりますか?

 真夜中には、秘密がたくさん隠れている。


 ダークヒーローが活躍するのは決まって夜中だし、男女の密事だって夜中に行われることが多い。真夜中に食べるカップラーメンやアイスは罪な味。子供が夜ふかしを怒られるのは、真夜中の闇には大人が隠したい『秘密』がたくさんあるからだ。


 だけど、『大人』と呼ばれる年齢に近付くたびに起きていられる時間は延びて、私が知らない『真夜中』はどんどん短くなっていった。高校生の今でさえそうなんだから、きっと大学生になんてなったらこんな『真夜中』は消えてなくなってしまうのだろう。


「なぁに大人ぶったこと言ってるのよ」


 そんなことをふと話したくなったのは、真夜中に目が覚めて、水を飲みたくてキッチンに降りていったら、バッタリお母さんに遭遇したからだった。


 真夜中だというのに、一人でガッツリステーキなんか食べちゃってるお母さんに。


「まだまだあんたが知らない『真夜中』はたくさんあるんだから。歳に似合わないこと語ってないで、早く寝なさい」


 お母さんはヒラヒラと片手を振りながら、お皿に残っていた最後のお肉を口に押し込んだ。コッテリとした艶を見せるデミグラスソースに浸されたお肉は、ゴクリと嚥下されてお母さんの胃の中に収まっていく。


 ──そういえば、このお肉、一体どこから出てきたんだろう?


 夕飯が終わった後、デザートが欲しくて冷蔵庫も冷凍庫も漁ったけど、こんなに大きなお肉の塊、見当たらなかったのになぁ……?


「本物の『真夜中』を知るのは、あんたにはまだまだ早いのよ」


 お母さんは機嫌が良さそうに笑うと空になったお皿をシンクへと運んだ。そのまま洗い物を片付けるようで、勢いよく蛇口から水が流れ出す。そのお陰なのか、キッチンに漂っていた金気臭いとも生臭いとも言える空気が微かにだがやわらいだ。


「私が大人になったら、その『真夜中』、教えてくれる?」

「さぁ〜ねぇ〜?」


 私はキッチンの扉を開けながらお母さんに問いかける。お母さんはお母さんで、洗い物をしながら私の方を振り返った。食べている間にソースが跳ねたのか、お母さんの服には所々にどす黒いシミが飛んでいる。


「あんたが『大人』になるまで、あんたもお母さんもにいられたら、教えてあげられるかも?」

「何それ」

「んー、ヒ・ミ・ツ!」

「うっへ、歳に似合わないことしないでよ」

「何ぉ〜? 可愛くないわねぇ、反抗期?」

「はいはい、おやすみ」

「へいへい、おやすみなさ〜い」


 じゃれ合うように言い合って、私は自分の部屋へ帰っていった。階段を登る道すがら、外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。こんな真夜中に迷惑な……


 私は自分の部屋まで戻ると、カーテンをたくし上げてチラリと外を眺めた。パトカーはどうやら通り一本向こうの表通りを走っているようで、けたたましい音の割にパトランプの赤い光は見えなかった。うちの塀沿いに建てられた電柱に取り付けられた街頭がパカパカと瞬きながら周囲を照らしている。


 昼間に洗濯物を取り込んだ時に落としてそのまま忘れたのか、外の洗い場にお母さんのエプロンが落ちたままになっていた。下にボールでも転がっているのか、洗い場に落ちたエプロンは球状にふっくらと膨らんでいる。


 ──明日の朝になってから拾えばいっか。先にお母さんが気付くかもしれないし……


 再びやってきた眠気に負けた私は、カーテンを降ろすとベッドに潜り込んだ。そのままスッと眠気の中に意識を溶け込ませていく。


 ……『真夜中』には、秘密がつきものだ。


 お母さんが『真夜中』に隠した秘密を、私はまだ、知らない。




【了】

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真夜中の秘密 安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売! @Iyo_Anzaki

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