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「絶華」発売1ヶ月記念SS【大慶至極】

【絶華の契り 仮初め呪術師夫婦は後宮を駆ける】発売から本日で1ヶ月になりました!

ここまでSS祭にお付き合いいただき、ありがとうございました! ラストのSSは本編終了後の二人になります。


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【大慶至極】

 フワリと、心地よい風が舞い込んだような気がした。

「ほらほら、早く!」
「んなに慌てなくても、茶寮は逃げたりしねぇって」

 同時に、男女の軽やかな掛け合いを聞いた明玉は、考えるよりも早く店の入口を振り返る。

 その瞬間、店表に掛けられた薄絹をかき分けて一対の男女が踏み込んできた。

「あっ」

 見覚えのある顔に、明玉は思わず声をこぼす。そんな明玉にニコリと笑いかけた女性は、かつてと変わらない爽やかさで明玉へ声をかけてくれた。

「こんにちは! 二人なんですけど、いいですか?」

 後ろでひとつに括りあげられた髪は、以前見た時よりもしっとりと艶を帯びていた。服装も簡素ではあるが女性物だ。それでも彼女の腰には変わることなく金の装飾が映える黒鞘の剣が下げられている。

 間違いなく、彼女だった。明玉が『願わくばもう一度』と願った、風のような彼女だ。

「はっ、はい!」

 今日も裏返った声を上げる明玉にニコニコと笑いかけた女性は、傍らに立つ男性の袖をグイグイと引く。

 ──あ、そう言えば『二人』って……

 そこでようやく明玉は女性の傍らに立つ男性へ目を向けた。

 スラリとした立ち姿が美しい、涼やかな男だった。女性と同じく簡素な装いだが、挙措にはどこか気品が滲んでいる。

 もしかしたらどこかの貴族のお忍びなのかもしれない。そう思わせるような出で立ちなのに、女性と視線を交わす男性は親しみやすい空気を纏っている。

 男性も腰に剣を佩いているから、もしかしたら彼らは職場の同僚とか、同門の近しい師弟とか、そういう間柄なのかもしれない。

「ね? もう優先入店札がなくても入れるのよ」
「ほぉーん。時間が経って、ちょっとは客足も落ち着いたのか」
「それでも夕方まで結構客足が絶えないみたい」
「商売繁盛でいいこった」
「ね」

 気心が知れた者同士の砕けたやりとりと、柔らかな雰囲気。

 以前とは違う空気感に思わず見入っていた明玉は、ハッと我に返ると片手で店内を示した。

「お好きなお席へどうぞ! 空いている席なら、どこでも大丈夫ですので!」
「ありがとう」

 明玉の言葉にカラリと笑った女性は、男性の腕を取ったままグイグイと店内を進んでいく。一方の男性は『はー、やれやれ』と言わんばかりの表情を見せながらも、抵抗することなく女性に引っ張られていった。

 明玉は二人の動きを視線で追う。

 女性が男性を伴っていったのは、以前明玉が案内した席だった。あの時と同じ場所に女性が、あの時は空席だった対面の席に男性が腰を降ろす。

「初めて来た時と変わんねぇな。相変わらずいい店だ」
「でしょ? 月餅もお茶も、あの時と変わらず美味しかったわ」
「ほーん。お前は今日も華月青茶といつもの月餅?」
「迷うのよねぇ! 他の料理も美味しいらしいじゃない?」
「いくつか頼もうぜ。腹も減ったし」
「あんたは玄都黒茶?」
「ん」

 ポンポンと軽快に言葉を交わした男女は、揃って明玉へ視線を向けた。また二人に見入っていたことに気付いた明玉は、お品書きを手に取ると慌てて二人の席へ近付いていく。

「本日のオススメは、蓮の実餡の月餅です!」
「いいじゃない。あんた好きでしょ」
「じゃあひとまずそれと、華月青茶と玄都黒茶。棗と胡桃の月餅。それぞれひとつずつ。後から追加注文させてもらってもいいですか?」
「はっ、はい!」

 明玉の手からお品書きを受け取った男性は、女性と似通った礼儀正しい口調で注文を告げた。明玉が裏返った声で返事をしてから下がると、男性は女性にも見えるように卓の上にお品書きを広げる。

「茶寮なのに肉料理系の点心まであるんだな。前来た時ってあったか? これ。お前も食う?」
「どうだったかしら? でも、美味しそうね! お腹空いたし、ちょうどいいかも」
「軽くとはいえ、暴れてきたからな」
「あ。いくつか包んでもらって、瑠華さんへのお土産にしない?」
「お。いいな、それ」
「瑠華さんが好きそうなもの、ある?」
「あいつ好き嫌いないから、逆に難しいよな、選ぶの」

 お品書きを間に挟んで、二人は楽しそうに会話を弾ませる。

 そんな二人の様子に、明玉はまたほうっと見入ってしまうのだった。


  * ・ * ・ *


 風を伴って現れた二人は、お品書きに並んだ料理を片っ端から制覇するのかという豪儀さで料理を追加していった。

 お陰様で厨房も給仕も、客足以上に忙しない。だがそのことに対する不満は不思議と感じなかった。

「ん。美味しい!」
「こっちも中々イケる」
「え。ちょっとちょうだい」
「ん。代わりにそっちも寄越せ」
「ちょっと待って。……はい、どーぞ」

 件の二人は変わることなく会話を弾ませながら、運ばれてくる料理を気持ちいいくらいサクサクと片付けていく。

 食べる速度は速いのに、二人の食事姿は不思議と見ていて心地がいい。きっと二人とも食事作法に厳しい家で育てられたのだろう。そう思える品の良さが二人ともにあった。

「んー! 美味しーい!」

 男性が半分に割った月餅を口にした女性が溶け落ちそうな顔で笑う。そんな女性に男性は呆れたように息をつきつつも、追加した菓子が載った皿をさりげなく女性の方へ滑らせた。

「いくら運動後だって言っても、食べ過ぎると太るぞお前」
「大丈夫! その分また運動するから」
「ゲ。それ、俺も巻き込む気満々だろ」
「瑠華さん相手に剣振ってもいいなら、瑠華さんにお願いするけど?」
「わー、瑠華の腕が折られかねないから、仕方がねぇから俺が付き合うわぁー」
「そんな棒読みで言ってくるなら、別に付き合ってもらわなくてもいい」

 ツンッとそっぽを向きながらも、女性は手に取った揚げ菓子を手放そうとはしない。そんな女性を見つめる男性が、そっと目を細めたのが分かった。

 その眩しいものを見つめるかのような表情に気付いてしまった明玉は、思わず息を呑む。

 ──え。もしかして、あの二人って……

 だが男性がそんな表情を垣間見せたのは、本当にその一瞬だけだった。明玉が二人に見入っていたから気付いただけで、きっと対面にいる女性は、男性がそんな表情を浮かべたことに気付いていない。

「拗ねんなって。ほら、こっちも食えよ」
「何よ。『太るぞ』って言ってみたり、『食えよ』って言ってみたり」
「どう言ったって『食べる』の一択だろ、お前は」
「それは……そうだけども」

 顔の位置を戻しながらもブスッとした表情を見せた女性は、茶杯を手に取るとゆっくりと唇を寄せる。

「楽しく食べさせなさいよね。……前に来た時はしんみりしちゃって、あんまり味わえなかったんだから」
「俺がここにいなかったから?」
「そうよ」

 茶化すように言った男性に対し、女性は真剣な声音で答えた。それに面食らったのか、男性は無防備に目を瞠る。

 そんな男性を正面から真っ直ぐに見据えて、女性は真剣な声音のまま続けた。

「元気なのかなとか、ちゃんとご飯食べてるのかなとか、無茶してないのかなとか、……そんなことばっかりグルグル考えちゃって、ガラにもなくしんみりしちゃったのよ」

 女性の言葉に、男性は答えなかった。ただ呆然と、言葉を奪われたかのように女性を見つめ返している。

 そんな男性の視線を正面から受けた女性は、コトリと茶杯を机に置くと背筋を伸ばして男性と相対した。

「元気だった?」

 唐突な質問に、男性はフッと笑みをこぼす。男性はきっと、この問いが『自分がいなかったその瞬間』のやり直しだということに気付いているのだろう。

「あんまり、元気ではなかったな」

 どこか影を含んだ、それでいて幸せを噛み締めているとも分かる、不思議な笑みだった。

 そんな笑みを浮かべたまま、男性は視線を伏せる。対する女性は、真剣な表情を崩すことも、視線を逸らすこともなく問いを続けた。

「ちゃんとご飯食べてた?」
「瑠華に無理やりにでも食べろって世話焼かれてたけど、……お前と再会する直前は、それもきつくて、ほとんど食べれない日もあったな」
「無茶してなかった?」
「無茶しかしてなかったな」
「あんたの傍に、私はいた?」

 最後の問いに、男性はユルリと視線を上げる。

 あの日と同じように、夕刻に差し掛かろうとしている日差しが店の中に差し込んでいた。あの日、一人で席に座す女性の髪を揺らしていた風が、今は二人の髪を同じように揺らす。

「……ああ」

 その風の中に溶かし込むように、男性は小さく声をこぼした。同時にユルリと瞼が伏せられ、微睡むように柔らかな笑みが男性の口元に浮かぶ。

「俺の心の中に、お前はずっといてくれたよ」

 そっと、壊れ物を扱うかのように囁いた男性は、閉じた時と同じ速度で瞼を上げると真っ直ぐに女性を見つめる。

「お前がいてくれたから、俺は今、ここにいられるんだ」
「……そう」

 その言葉に、女性はフワリと微笑んだ。

 男性が浮かべた笑みと同じ温度で、笑っていた。

「良かった」

 その言葉を聞いた瞬間、明玉は反射的に厨房の扉の陰に体を滑り込ませていた。

 何だか、今は、あの二人をチラリとでも盗み見てはいけないような気がしてしまったから。

 同時に、思う。

 ──良かった。

 ジワリと目頭が熱くなるのを感じた明玉は、両手で口元を覆うとそのままズルズルと座り込んだ。

 ──あの人達が今、ここに一緒にいられて、良かった。

 あの二人の関係性を、明玉は知らない。素性さえ分からない。彼らはただの客で、明玉はただの給仕。それだけの関係だ。

 それでも、あの日、思い出とお茶会をしていた彼女の姿を知る者として。彼女の言葉に含まれた寂しさを感じ取ってしまった者として。

 今、あの二人がともにあって、じゃれ合うように言葉を投げ合いながらお茶会ができていることを、嬉しく思う。

 こんな優しい時間が、あの二人にずっとずっと続けばいい。そんな願いが、自然と心に浮かんでいた。

 明玉は目元ににじんだ涙をぬぐうと、そっと扉の陰から二人を見やる。

 すでに元の和気藹々とした雰囲気を取り戻した二人は、変わることなくポンポンと言葉を投げ合いながら料理とお茶に舌鼓を打っていた。もしかしたらもう一回くらい追加注文が来るかもしれない。

 ──さて、私は私の仕事をしよう。

 最後にスンッと鼻を鳴らして涙の気配を完全に掻き消した明玉は、澄まし顔で元の場所に戻った。

 夕刻の優しい風が、店の中を柔らかく吹き抜ける。

 茶寮・小華楼は、いつになく優しい空気で満たされていた。


【了】

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新刊台は3月刊行作品にバトンタッチしたので、常設棚で見かけましたらぜひよろしくお願いします。

「本編気になるけど店頭にない……」という状況に遭遇しましたら、諦めずにぜひお取り寄せ注文をしてください。店頭のタッチパネルやスマホのアプリなどから簡単にお取り寄せすることができます! 店員さんと話すことが苦手な安崎みたいな人間でも問題なくバシバシお取り寄せできますので、ぜひっ!!(恐らく店員さんに名前を覚えられているレベルで取り寄せ注文ヘビーユーザーの安崎)

今回までの記念SSは、1本追加を加えて、5/11開催文学フリマ東京で無料配布のコピー本にしたいなと考えています。「絶華」紹介冊子みたいにできたら良いなと。そちらも合わせてよろしくお願いいたします。文フリ新刊本命は、一昨年のエイプリルフールで限定公開した「比翼」大乱なかったらifの長編です。間に合うか怪しいですが……

ぼちぼち「比翼」と「真紅」の連載も再開させる予定ですので、お楽しみに!

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