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「比翼」コミカライズ第5話掲載&単話版第4話配信記念SS 【その四肢五体は何を以て成るか】

本日発売「コミックライドアイビーvol.33」にコミカライズ版「比翼は連理を望まない」第5話が掲載されました。加えて各電子書籍サイト様では単話版第4話も配信開始です!

安崎、5話ネームを拝見した時から、この話がしたくて仕方がなかった。本っっっ当にしたかったっ!!

というわけで、今回はコミカライズ第5話読了前提&書籍版終盤(Web版で言うと参※※)のネタバレを含む内容ですので、両方を読了の後にお楽しみください! 多分コミカライズ第5話を読んでからじゃないとよく分からない内容だと思います!


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【その四肢五体は何を以て成るか】


 実は、ずっと疑問に思っていることがある。

「失礼しまーす」
「黄季、いるー……って、うわぁっ!?」

 泉仙省泉部の書庫の中。

 しゃがみ込み、己の周囲をみにみに、まめまめと勤勉に動き回る式人形達をじっと見つめていた黄季は、入口から響いた声に顔を上げた。そこから見えた同期二人は、分かりやすく驚きに顔を引き攣らせている。

「黄季、そんなとこで何してるの?」
「……民銘」

 民銘の後ろには明顕もいたが、ひとまず黄季は民銘に声をかけると、式人形の一体を指さした。

「これ」
「これ?」
「どうやって作られてるのか、民銘は解析できる?」
「……え?」

『真顔の黄季って、暗がりで見ると案外怖いよね』『いや、誰の真顔でも暗がりで見れば怖いだろ』と二人がこの時のことを振り返るのは、まだまだ先の話である。


 ※  ※  ※


「これ、元は氷柳さ……汀尊師のお屋敷で家事をこなしてた式人形なんだけどさ」

 式人形の一体の襟首を摘んで持ち上げた黄季は、なおも真顔を崩さないまま民銘に説明を続けた。

 なお、摘み上げられた式人形はというと、まるで本当に生きているかのようにワタワタと手足を振り回して慌てている。顔は呪符のような模様が描かれた面紗に覆われているから表情こそ見えないが、その動きはとても感情豊かで愛らしい。

 そう、感情豊かで、愛らしいのだ。とても。

「ただの式にしては、可愛いすぎると思わない?」
「か、可愛い?」
「かわ……確かに、作りがものすごくしっかりしてるとは思うけども」

 式、と一言に言っても、その形態、用途は様々だ。『式使い』としても有名であった郭永膳の式『煉虎』は呪力で作り上げられた炎の虎であるし、退魔師が連絡手段としてよく用いる『式文』も、広義で言えば式のうちに入る。

 氷柳が家事代行役として使っていた式は、一見すると人形のような姿をしている。

 背丈は黄季の膝に届くか否かといったところだが、存外力は強い。盥に入れた洗濯物でも、山積みにされた書簡でも安定して持ち運ぶことができる。下級文官を思わせる装束や冠といった造形も細やかで、動きも至極滑らかだ。

 黄季が書庫の整頓を一人で任されたことを知った氷柳が『一人では手に余るだろう』と気を使って召喚してくれたのだが、氷柳の懐に入れられていた札から生み出されたとは思えないほど式人形達は生き生きとしている。『人形』と言うよりも、人形大に縮められたヒトと言った方が印象的には近いのかもしれない。

 この式人形達と黄季は、顔見知りと言える関係にある。氷柳の屋敷でともに家事を片付けていた仲だ。

 屋敷が爆破され、氷柳が居住地を鷭家に移してからはとんと顔を見ていなかったから、てっきり屋敷とともに木っ端微塵にされたのかと思っていたが、実は違ったらしい。その証拠に札から召喚された式人形達は、黄季に気付くと親愛の情を示すかのようにじゃれついてきた後、ビシッと揃って拱手を向けてきた。

 ──前から思ってたんだけども。

 この式人形、とにかく愛嬌がある。

 家事をこなすだけならば、愛嬌も造詣上の愛らしさも特には必要ないはずだ。

 だがこの人形には、氷柳には欠片も搭載されていない『愛嬌』というものが溢れんばかりに備えられている。

「式ぬい君一号、ちょっといい?」

 それを二人に説明するため、黄季はつまみ上げていた式人形を床に戻してやると、代わりに少し離れたところにいた式人形へ声をかけた。黄季の呼び声に『ん?』と反応した式人形の一体は、棚を拭いていた手を止めるとトコトコと黄季の元へと駆けてくる。

「え」
「え、黄季。汀尊師の式人形に名前つけてたの?」
「いや、昔一緒にお屋敷の家事をしてた時、ためしに呼びかけてみたら反応してくれてさ」
「え? てか『一号』って、黄季この人形達に見分けがついてるのか?」
「そう! そこなんだよ明顕!」

 黄季は思わずズビシ! と明顕に指を突き付けた。指差された側である明顕は、その勢いに思わず『うぉっ!?』と声を上げながら仰け反る。

「微妙に一体一体作りが違うんだよ! 性格にも個性があるの!」
「えぇ?」
「この細かい、外見も中身も絶妙に可愛い式を最初に創ったのが氷柳さんなのか、郭永膳なのか、どっちなのかずっと気になって仕方がないんだよ俺は!」

 そう、実はずっと気になっていた。

 この式人形達を創ったのが、誰であるのかが。

 ──氷柳さんは家事をさせるためにこの子達を使っていた。

 そう考えると、この式人形を作り上げたのは生活に困った氷柳だということになる。実際問題、黄季もずっとそうだと思っていた。『氷柳さんが創ったにしては妙にこだわりが見える可愛い式だなぁ』と引っかかる部分はあったが、状況的にそうとしか考えられなかった。

 だが『あの屋敷のかつての主は郭永膳で、氷柳はそこに半ば強制的に同居させられていた』という話を知った瞬間、その前提が崩れた。

 ──あの郭永膳が自ら家事をするとは思えない……!

 二人はあの屋敷に使用人を置かず、二人きりで暮らしていたという話だ。

 特殊体質である氷柳は、ある程度自らの世話を放棄しても死ぬことはない。だが郭永膳は違う。あくまでそういった部分は『ただのヒト』であった郭永膳は、家事をこなさなければ生きていけなかったはずだ。

 しかし『あの』郭永膳が、自らの手を動かして家事をする姿など想像もできない。

 あの性格から考えても、『郭家次期当主』という肩書きから考えても、『《あの》郭永膳が二人暮らしをするために自ら家事をしていた』など、絶っっっ対にあり得ない。『郭永膳が家事をする』という話と『明日世界が滅びる』いう話を並べられてどちらかが真実だと言われたら、黄季は迷いなく『明日世界が滅びる』の方を信じるだろう。

 ならばあの二人は、他人の手を入れずにあの屋敷でどうやって暮らしていたのか。

 ──郭永膳は『煉虎』の異名を取ったほどの炎術の使い手であり、式使い。さらに言えば後翼退魔師……結界の類を扱うのは得意だったはず。

 つまり、この式人形を最初に創ったのは郭永膳で、氷柳は屋敷を受け継いだ時に式人形達も一緒に引き継ぐことになったのではないか、というのが黄季が立てた仮説だ。

 しかしそれはそれで、色々と腑に落ちない部分がある。

 ──『あの』郭永膳が、こんなに可愛らしい式を作り出すのか? 本当に? 『あの』郭永膳だぞ?

「あー……」
「まぁ、俺達からしてみれば、どっちもやりそうにないっていう印象があるっていうか……」

 黄季の説明と百面相を受けて、民銘と明顕もようやく黄季が何に悩んでいるのか合点がいったらしい。黄季の表情が伝播したかのように神妙な顔になった二人は、みにみに、まめまめと相変わらず勤勉に動き続ける式人形達に視線を落とす。

「……解析、してみる?」
「できそう?」
「でも俺達じゃ、解析してみたところでどっちが創ったかとか分からなくないか?」

『郭永膳の手癖を知ってるってわけじゃないし、完全自立型なら創り手の呪力が通ってるってわけでもないだろうし』と続けてこぼす明顕に、民銘も眉間にシワを寄せる。

 ──確かに、氷柳さんって郭永膳とは兄弟弟子らしいし、手癖が似てる可能性が高いか……

 氷柳の手癖は把握できている黄季だが、黄季も郭永膳の手癖は知らない。氷柳と郭永膳の術の巡らせ方が似ていれば、解析自体はできても判別が難しいだろう。

 思わず三人ともが真剣な表情のまま黙り込む。

 その瞬間、書庫の外で新たな足音が響いた。

「黄季……」

 次いで聞こえた呼び声に、思わず黄季は真剣な表情のまま顔を向ける。そんな黄季の様子に面食らったのか、戸口から顔を覗かせた氷柳は言葉を全て口にする前に全身の動きを止めた。

 意図せず沈黙の帷が書庫に落ちる。

 そのことにハタハタと目を瞬かせてから我に返った黄季は、慌てて氷柳へ向き直ると拱手を向けた。

「お、お疲れ様です氷柳さんっ!!」
「お疲れ様ですっ!!」

 そんな黄季の声に遅れて我に返った明顕と民銘も、シュバッと氷柳に向き直って畏まる。さらに式人形達も黄季達を真似るように小さく跳ねてから拱手をする様を見た氷柳は、ますます面食らったように固まった。

「えっと、氷柳さん、あの……」

『どこから聞いてました?』と黄季は言外に訊ねる。

 しかしその問いは氷柳には届かなかったらしい。

「……元気がいいのは、いいことだな」

 一行の勢いの良さに無自覚のうちにスッと体を引いていた氷柳は、そのままさらにススッと後ろへ下がった。黄季が『あっ』と思った時には、氷柳の姿は黄季の位置から視認できない場所まで下がっている。

「…………邪魔をした」
「氷柳さんっ!?」

 思わず黄季は反射的に明顕と民銘の間を割るように戸口へ飛びつく。だが氷柳はすでに廊の先の角を曲がって姿を消した後だった。

「ちょっと待ってください氷柳さんっ!」

 ──言いたいことがあるなら、せめてちゃんと口に出してから退出してもらえませんかっ!?

 その一念とともに、黄季は書庫室から飛び出していった。


  ※  ※  ※


『言いたいことがあるならちゃんと言葉に出して言ってください〜!』という黄季の絶叫が、尾を引きながら廊の向こうへ消えていく。走り去っていく足音は二人分聞こえたから、恐らく黄季が飛び出してくる気配を察した氷柳も全力で逃げ出したのだろう。

「……黄季、お前、それ」
「思いっきりお前自身にも跳ね返ってる言葉だと思うんだけども」

 気になることがあるならば、グルグル思い悩まずに素直に真正面から斬り込んでみればいいのではないだろうか。

 恐らく質問者が黄季ならば、氷柳は答えてくれるだろう。多分、きっと。

「なぁ、お前達もそう思うよな?」

 ピョコリと自分達の足の間から廊下へ顔を出した式人形達に、明顕は思わず言葉を向ける。

 そんな明顕を揃って見上げた式人形達は、次いでしみじみと首を縦に振ったのだった。


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※来月(11/20)発売「コミックライドアイビーvol.34」では、『比翼』は休載予定です。次回掲載号は12月発売分になりますのでご注意ください。


・コミカライズ公式HP
https://www.ivy.comicride.jp/detail/hiyoku/

・角川ビーンズ文庫特設ページ(第1話の冒頭が試し読みできます)
https://beans.kadokawa.co.jp/blog/infomation/entry-5854.html

・ライコミ様作品ページ(現在は第2話③まで無料!)
https://comicride.jp/series/de1f0152b002d

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